OBR3 −一欠けらの狂気−  


030   1980 年10月01日17時00分


<三原勇気>


 目が覚めたとき、三原勇気体育館の床に仰向けに寝かされていた。
 現実はすぐに追いついてきた。
 プログラム。友を裏切り、恋人を裏切り、そしてついにクラスメイトを手にかけてしまった。かつての一本気で正義感の強い勇気は、もうどこにもいない。
 半身を起こした後、ひとしきり身体を震わせる。
 腕時計を見るとデジタル数値は17:07となっていた。
 窓から差し込んでくる光が陰っている。あと数時間もたてば、夜が降りてくるのだろう。

 フローリング材の床には、様々な競技で仕様できるように数種類のラインが引かれていた。
 集会や式典で使われるステージも見える。双葉中学の体育館は社会教育施設としての機能もあるため、観客席も設置されていた。
 勇気は、入り口から10数メートルのあたりに寝かされていた。
 気を失ったのは校舎一階の廊下だったはずだ。その次の記憶がこの体育館だ。おそらく律がここまで運んでくれたのだろう。
 あの小柄な律がどうやって……周囲を見渡すと、壁に台車が立てかけられているのが見えた。

 なるほど、と頷くと同時、正面扉がゆっくりと開かれた。
 藤鬼静馬だった。左肩にマシンガンとディバックを左肩に掛けている。右肩は負傷しているらしく、巻いた布が赤く染まっていた。
 親しくしていた友人と視線が合う。
 二年前、静馬が越してくるまで、勇気は学業、スポーツすべてにおいてトップを独走する優等生だった。容姿にも恵まれ、友人は多く、裕福な家庭。誰もがうらやむクラス委員長。

 そこに、東京から静馬がやってきた。
 運動能力には欠け、見目が特段整っているわけではないが、当時12,3歳にして勇気にはない都会的で落ち着いた雰囲気を身にまとった少年だった。
 学業では科目によっては勇気を上回った。
 また、転校生には美術の才があった。手先の器用な勇気は造形も特異だったが、それはあくまでも一般中学生のレベルでしかなかった。
 勇気の美術課題を見ても、美術教師は目を見張らない。静馬の課題には目を見張る。静馬は、全国的な美術コンクールで何度も賞を取っていた。
 芸術で身を立てる。凡夫たる勇気には想像も付かない世界だが、それが静馬の未来にはあるようだった。

 二人の優等生が反発しあわなかったのは、争いを好まない互いの質もあるだろうが、共通の友人となった雨宮律の存在が大きいだろう。
 おっとりとした性格の律がうまく二人の接着剤となってくれた。
 その律の姿が見えなかった。 
「律は?」
「律は?」
 二人の台詞が重なる。静馬は律からトランシーバーのような支給武器で交信を受け、体育館に呼ばれたということだった。

 ああ……。深くため息をつく。
 あれは、静馬とのものだったのか。
 数時間前、律が誰かと交信しているのを見かけ、不信感を募らせた。プログラムとういう状況下、不信感は呆気なく殺意へと育った。そして、律と後姿が似ている堺篤志を殺めてしまった。
 得心はしても、律が支給武器を隠していたことへの不信感は拭えなかった。ということは、何かきっかけがあれば、あの噴火のような殺意に身が襲われるということだ。
 先見には拒否感が付いてはなく、そのことに驚きも戸惑いもなかった。

 自分は、今プログラムに乗っている。自覚、自認。
 となれば、先手必勝だ。
 向けた銃口の先で、藤鬼静馬が驚いたような、裏切られたような顔をした。
「三原が……?」
 まさか勇気がプログラムに乗ると思っていなかったのだろう。
 その静馬もマシンガンを持っている。躊躇をしてはいけない。握っているグリップに力をこめようとしたその瞬間、『あるもの』が目に飛び込んできた。
「えっ」惑う。

 勇気の視線の先、静馬の後方の観客席の陰に、雨宮律の姿が見えた。
 身を潜め、勇気らの様子を伺っているようだった。
 ……どういう、こと、だ。
 この戸惑いが命取りとなった。

 静馬がマシンガンを構えると同時、爆音と共に銃弾が勇気の身体に叩き込まれる。
 赤い血が視界に散った。
 噴出する血液は生暖かく、気持ちが悪かった。傾げ見た手のひらは血でべっとりと濡れている。この赤い色は、己のものか、あるいは手にかけた堺篤志のものか。
 痛みは感じなかった。
 そして、痛みを得ないことに驚き、恐怖する。心を削り取っていく慄然。「ああ、俺は死ぬんだ」と思い知らされ、がくがくと身を震わせる。

 激しく咳き込む。飛び散った唾液には血が混じっていた。
 自分の中でなにか張り詰めていた糸のようなものがぷつんと切れた。
 意識が、ゆっくりと閉じていく。

 
 なぜ、律が観客席にいるのか。
 なぜ、興味深げに勇気と静馬を見ているのか。
 幼馴染への疑問。しかし長くは続かなかった。

 ……生きたい。死にたくない。怖い、寂しい。
 感情の濁流に、身体が木の葉のように舞う。

 気がつけば、両手を前に伸ばしていた。馬鹿みたいに震えている。その震える双手で、握りこぶしを作った。閉じ、流れいく命を必死で繋ぎ止めようとする。 
「お、れは……」
 震えが弛緩に変わった。ゆっくりと腕が床に落ち、そして。



−三原勇気死亡 02/10−


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バトル×2
三原勇気
律の幼馴染。成績優秀でクラス委員長をつとめる。一本気な性格だったがプログラムを経て次第に変化しつつある。