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OBR1 −変化−


009 2011年10月01日04時00分 


坂持国生> 


 どうやら夜が明けたらしい。板壁の隙間から白い光が差し込んできている。
 坂持国生は、漁具倉庫 に身を潜めていた。
 南の集落には漁港があった。ここは、港のあちこちにある倉庫のうちの一つだ。
 板とトタン屋根を組みたてた粗末な作り。
 所狭しと、釣り具や漁網、タコ壺、銛などが積み重ねられている。腐敗臭が混じったような磯の香りが強くする。

 女子生徒も含めたクラス一小柄で華奢な体躯。心臓に疾患を抱えており、腕力も体力も乏しい。
 青白い肌、痩せこけた頬。
 支給武器はサムライエッジという半自動拳銃だ。
 遊底の上面を大きく切り取ったデザイン。9mm口径で、比較的反動が小さく使いやすいとのこと。
 また、20発以上と装弾数も多かった。
 床に置き、何かあればすぐに拾い上げられるようにしてある。
 その手には携帯電話がある。
 野崎一也ら普段親しくしていた仲間たちに何度かメールや電話など通信を試みてみたが、回線は遮断されたままだ。
 
 坂持家は、香川県のとある地方の名士だ。官僚の家系とでも言うのだろうか。親戚一族のそれぞれが、県政府あるいは市政府の要職についていた。
 その中でも国生の父親は、とびきりの変り種だ。いや、だった。
 国生の父親は、香川県で行われるプログラムの進行を担う仕事をしていた。
 生徒たちを会場に導き、説明やその後の進行を担う。反吐の出るような仕事、通常の感性を持っていたのなら心が壊れてしまうような仕事だったが、国生の父親は喜々としてこなしており、時には自ら生徒を殺していたようだ。
 
 父親はすでに死んでいる。国生が2歳のときだ。
 プログラムの進行中に対象クラスの生徒に殺されたのだ。
 母親は、葬儀の席で「主人は、お国のために立派に使命を果たしたのです」と言ったらしい。
 人づてに聞いたその言葉の意味を理解したのは、ずいぶんと経ってからだった。
 国生はそんな環境で育ったにも関わらず、母親や親戚一族の影響から逃れ育つことが出来た。
 それは、ひとえに今世話になっている叔母のおかげだった。
 叔母は、父方の親族の中では異質の存在だった。
 つまり、国粋などという言葉からはほど遠い一般的な思想の持ち主だったのだ。
 周囲からは県政府官僚の妻になることを勧められたらしいが、彼女はそれを蹴り、普通に恋愛をし普通に結婚をした。
 今は、脱サラした夫と神戸でパン屋を営んでいる、ごくごく普通のオバサンだ。

 叔母とは昔から気が合った。
 彼女は国生が一般的な思想であることを喜んでおり、そのままの家庭環境で育つことに不安を感じていたため、神戸に招いてくれた。
 国生は生まれつき心疾患を持っており、定期的な通院を余儀なくされていた。叔母はここに目をつけ、「都会の大学病院の進んだ治療を受けたほうが、国ちゃんの為になる」と国生の母親を説得してくれたのだ。
 国生自身も勿論頑張った。
「僕、早く身体を丈夫にして、お国の役に立つようになりたいよ」
 なんて台詞まで言ってのけ、そして、国生は自由を得た。
  
 国生は叔母から普通であることの大切さを学んだ。
「国ちゃんは国ちゃんの人生を生きなきゃダメだよ」
 母親からは「国のために生きろ」と言われた名前だったが、叔母からは「国生自身のために生きろ」と言われた。
 思想統制のひかれたこのご時世では危険思想とも捉えられかねない言葉だったが、母親の言葉よりも深く胸を打たれた。
 いまは厳しくて優しい叔母のもと、家事を仕込まれる毎日だ。
 最近では医師の勧めもあってスイミングスクールにも通わせてもらっている。

 野崎一也や鮫島学と言った友人にも恵まれた。それぞれひと癖あるが、気の良い仲間だ。香川から神戸に来てからの毎日は充実していた。
 しかしその結果、兵庫県のプログラム対象クラスに選ばれる偶然を引き当てることとなってしまったのだが。
「これは、報いだ」
 プログラム説明時にこぼした言葉を繰り返す。
 未来ある若者を死地へ送り、いたずらに手に掛ける。その咎が血族にまで及んだとて不思議ではない。



 と、人の気配を感じ、国生はひゅっと息を呑んだ。
 がたがたと扉を開けようとする音が響く。扉は薄っぺらい一枚板だ。
 プログラムのためだろうか、単純にかけ忘れたのだろうか、この倉庫の鍵はかかっていなかった。付けるべき鍵も見当たらなかったので、身を隠す際に釣り竿をつっかえ棒にしていた。
 口を右手で覆い、零れそうになる悲鳴を呑みこむ。
 ……大丈夫。すぐにどこかへ行く。
 しかし、大きな音がして、扉の一部に穴が開いた。何かとがった金属製の物の先端が見える。
 ツルハシの先だ。
 怯えながらも見当をつける。
 港に来る途中、工事現場があった。そこに土のついたシャベルやツルハシが残っていた。おそらくあのうちの一本だろう。

 もう一度、ツルハシが打ち付けられ、穴が広がった。そして、その開いた穴からぬっと手が伸び、つっかえ棒がおろされる。
 なんで、そこまでして!
 国生は慌てて、物陰に身を隠す。
 同時、ぎぎぎと軋んだ音を立て、扉が開いた。
 誰かの足音がする。続く、何かを拾い上げる気配。
 銃を構えようとした国生の脈がどきりとあがる。
 手元に銃がなかった。
 隠れるときに、入り口付近に置き忘れてしまったのだ。
 くっくと含み笑いがしたかと思うと、その誰かがいきなり銃を撃った。国生のサムライエッジだろう。
 銃弾は国生がいるあたりに着弾したが、幸い、船の部品だろうか、錆び付いた鉄板の後ろに隠れていたおかげで、凶弾に撃ち抜かれることはなかった。
 しかし、思わず上げた声を聞き分けられてしまったらしい。

「……坂持か?」
 呼んだのは、よりにもよって楠悠一郎くすのき・ゆういちろう(新出)だった。
 いわゆる不良グループの一人で、札を二枚三枚つけても十分に釣りのくる荒れ者だ。
 子分の木多ミノルや、プログラム説明時に鬼塚教官に突っかかっていった羽村京子と一緒に悪さばかりしている。
 見えはしなかったが、国生は悠一郎がいぎたなく笑う様を思い描いた。「なんだ、ネズミか。楽勝だな」そんな悠一郎の声が聞こえたような気もした。
 悠一郎らに影でそう呼ばれているのを国生は知っていた。青白く、中学三年生にしては未発達な身体を揶揄されているのだろう。

 隠れていた鉄板はすぐに蹴り上げられ、国生は悠一郎と対面してしまった。
 彫りの深い、整った顔立ち。
 しかし、昨晩からの疲労のせいだろう、頬はげっそりとこけており、すっかり乱れてしまった長い髪と相まって男ぶりをすっかり下げてしまっていた。
 その目はギラギラと光を帯びており、そして、国生の予想通り悠一郎は笑っていた。
 いや、笑おうとしていたと言うべきか。
 優位に立つために余裕を見せようとしていたのだろう。その笑いはぎこちなく、こめかみの辺りがピクピクと波打っていた。
「なぁんだ」
 これ以上ないぐらいに切羽詰った状況の中、国生はほっと息をついた。
 日頃の所業から冷酷にクラスメイトを撃つのかと思っていたが、案外気の小さな男だったらしい。
 これで、身体を縛っていた何かがスッと解け、国生は自由を得た。
 床に落ちていたスパナを握り締め、悠一郎めがけて駆け寄る。その様を見、悠一郎が慌てた様子で銃を撃とうとした。
 しかし、国生は頓着しなかった。
 恐らく身体のどこかに当たるんだろうけど、その時はその時。致命傷じゃなけりゃ、なんとかなる。
 我ながら呆れた無謀振りだったが、自分のそういったところが嫌いではなかった。

 ……身体は、たしかに、弱い。ものすごく、弱い。だけど、心まで弱まってたまるもんか!

 撃たれた弾丸は国生の頭の上を通り過ぎ、積み上げられた網や紐の塊の中に飲み込まれた。その衝撃に埃が舞う。
 次いで発射された弾丸も、銛の金属部分に当たりキンと甲高い音を立てた。
 スパナを悠一郎の腹に思いきり突きつける。細身だが、ステンレス製だ。悠一郎の顔が苦痛にゆがみ、口からあぶくのような唾液がこぼれ落ちる。
 また、落とした拳銃はカラカラと床をすべり、倉庫の端に置かれた重機の下に入り込んだ。
「て、てめぇ」
 ここで、悠一郎の表情が変った。怒り。格下と見ていた相手に不意を付かれたことに対する怒りに、悠一郎の瞳が紅く濃く燃えていた。



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坂持国生
一也や鮫島学と親しい。香川県出身。身体が弱く、日々鍛えているが成果は出ていない。