OBR1 −変化−


010 2011年10月01日05時00分 


坂持国生> 


 悠一郎が制服のポケットから折りたたみナイフを取り出し、ナイフの刃を起こした。
 その瞳が怒りに燃えている。
 国生は、自分の不利を見て取り、ちっと舌を打った。とりあえず銃は落とさせた。だけど、身長にして2、30センチ、体重にして30キロ以上の違いはどうしようもない。筋肉量は比べるまでも無い。 
 香川での死んだような人生から、やっとのことで逃げ出すことが出来、人生を掴み始めている自分を感じていた。
 そして、とあるきっかけで、『人生の役割』も得ようとしていた。
 ……なのに、俺の人生ってこれで終わり……?
 そう思った瞬間のこと、悠一郎が身体を曲げ嘔吐した。
 さっきの一撃が効いたんだ!
 その隙を狙い国生は悠一郎に掴みかかった。後ろに回り、羽交い絞めに。逃げようとは思わなかった。逃げたって国生の足ではすぐに追いつかれてしまう。
「戦うしかないんだ!」
 決意を固める。

 悠一郎は両腕を振り回し対抗してきた。右手に持った折りたたみナイフの刃によって、国生の痩せこけた身体に次々と傷がつく。
「つっ」
 痛みに、絞めいていた腕を緩めてしまった。
 ここで身体の自由を得た悠一郎が、あざけ るような笑みを浮かべ、折りたたみナイフを両手に持ち替え、振り下ろしてくる。
 このとき退いていたら、命はなかっただろう。
 しかし、国生は退かなかった。
 何かを感じ取ったわけではなかった。ただ、敵に背を向けて死ぬのが嫌だっただけだ。
 だから、悠一郎の懐に飛び込んだ。
 結果としては、この行動が国生の命を救ったことになる。

 勢いそのままに、国生の額が悠一郎のあごに当たったのだ。
 この時、国生は生まれて初めて自分の身長が低かったことに感謝した。身長差がなければ違う形で衝突していたに違いない。
 追突の衝撃で、目の前にチカチカと星が舞った。
 しかし、悠一郎のダメージはもっと大きかったようだ。
 声にならないうめき声をあげ、悠一郎が仰向けに倒れた。その拍子に、ナイフの刃が国生の肩口をざくりと切り裂く。
「ぎっ」
 ここで退いてもいけない。
 床に落ちていた銛を両手で掴み、振り上げる。銛は、大型の魚類や水生動物の漁の際に用いられる槍のような漁具だ。切っ先は鉄製。殺傷能力は十分だ。
 心臓のあたりを狙い、振り下ろす。
 皮膚を突き破り肉を切り裂く音、その感触。気持ち悪かった、背筋に冷たいものが走った。
 悠一郎の身体が一度バウンドする。
 
「て、めぇ」
 苦痛に顔しかめた悠一郎の右拳が、国生の鳩尾に入る。
 呼吸が止まり、一瞬目の前が真っ白になった。
 非力な国生のこと、銛は浅く入っただけだった。
 悠一郎が起き上がろうとする。
 これを抑え込み、さらにもう一撃と銛を引きぬこうとしたが、抜けなかった。銛の先端は、釣り針のように返しがついている。簡単には抜けない構造なのだ。
 仕方なく、今度は逆に全体重……といっても、40キロそこそこしかないのだが……をかけ、押しいれた。
 悠一郎の目が大きく見開かれる。
 血を吐く。
 そして、「なんで、てめぇ、なんざに……」最期の言葉を残し、悠一郎は動かなくなった。


 たっぷり10分は、息を乱していただろうか。
 国生は地面に膝を付いた。そのかたわらには、血の海で目を見開いている楠悠一郎。
 病弱で非力な国生と、素行の悪い生徒たちのリーダー格で体格の良かった悠一郎。
 おそらく悠一郎は侮ったのだろう。「ネズミごとき、楽勝だ」そう思い、油断したのだろう。彼は、窮鼠きゅうそが猫を噛むことを知らなかったに違いない。
 しかし、人を殺したという事実は重く、勝利を喜ぶことは到底できなかった。

 とにかく、ここから離れなければならない。
 今の戦いで何度も銃声がたった。近くにいる者には聞かれたに違いない。
 やる気になった別の誰かにまた襲われでもしたら、ひとたまりもない。ものの5秒で殺されてしまうだろう。
 この戦いで、なけなしの体力は使い切ってしまっていた。
 国生はよろよろと立ち上がった。
 折りたたみナイフは置いて行くことにした。悠一郎の怨念が篭っていそうで、気持ち悪かったからだ。

 思いついて、漁具倉庫の入り口に置いてあった悠一郎のディパックの中身をさらす。
 ほとんど空になった乾パンの缶、半分ほどに減ったミネラルウォーターの2リットルボトル。首から下げることができる、地図やコンパスの入ったビニール製のパスケース。
 そして、何かの空箱。
 箱を取り出す。開けると、説明書らしい紙片が入っており手書きで『悪魔か天使か、好きなほうを選べ』と横書きしてあった。
 眉を寄せ、説明書を読み始める。
「これは……」
 こんなものがあるのか? どこに?
 バックの中身を全部外に出して見るが、目当てのものが出てこない。
 ……そうか。
 立ち上がり、悠一郎の死体のそばに寄ると、悠一郎の身体をさぐりはじめる。

 彼の制服のポケットから出てきたのは、携帯電話ほど大きさのスチール製の機械だった。説明書を読みながら、電源スイッチを入れると、ブンッと鈍い音がして、液晶スクリーンが立ち上がった。
 黒地にポツンポツンと明かりが二つ点滅する。
 一つの明かりは赤っぽく、もう一つの明かりは青っぽかった。
 説明書を信じるのならば、赤青の明かりは、それぞれリタイアした者(赤)とまだ生きている者(青)を表しているという。
 おそらくこの首輪から出る信号をキャッチする仕組みなのだろう。

 寸借は半径50メートルまでしかないが、充分すぎるほどの機能だった。
 たしかにそう、悪魔にも天使にもなれる。
 差し詰め、楠悠一郎は悪魔になったのだろう。
 このゲームにおいて、乗っている乗っていないに関わらず、他の生徒の位置を事前に掴むことができるのは途方もないほどのアドバンテージだった。
 国生は先ほど悠一郎が正確に自分の隠れる位置をつかめたのか疑問だったのだが、これで謎は解けた。
 折りたたみナイフ、この探知機。
 折りたたみナイフは悠一郎の私物で、探知機が彼の支給武器だろう。

 ただ、過剰な有利を防ぐためか、探知機には10回の使用回数制限があった。
 さらに、探知開始から10分で電源が自動で落ちる仕組み。
 つまり、10分間の探知を10回だけできるようになっているのだ。
 すでに悠一郎は2回使っていた。そして今の1回。残りは7回だ。大切に使わなくてはいけない。
 いつまでもここにいては危険だ。国生はゆっくりと立ち上がった。同時にクラクラと眩暈がする。
 自分の身体の弱さが恨めしかった。



 とりあえず南の集落から出るため、歩を進める。
 足取りは重く、引きずるようだ。呼吸も荒い。
 と、心臓のあたりが締め付けられるように痛んだ。
 ……あ、まずい。
 国生は心臓に疾患を持っている。これは、発作の予兆だ。
 私物のスポーツバッグから発作止めの口腔内スプレーを取り出し、噴射する。深呼吸を繰り返していると楽になった。
 ほっと息をついた瞬間、「坂持」誰かに声をかけられ、国生の決して強くはない心臓が飛び上がった。
 拳銃……サムライエッジを握り直し、ばっと振り返る。
「サメくんか……」
 細身の眼鏡をかけた理知的な佇まいに、少し茶の入った短髪、すらりとした中背。
 日頃から親しくしている友人の一人、鮫島学だった。
 すぐそばの茂みから出てきたようだ。
 プライドが高く、多少扱いづらいところがあるが、気心は知れている。有能なクラス委員長……人望があるとは言い難い性格ではあるのだが……でもある。
 
 彼となら行動を共にできる。
 通信許可が出たら、野崎一也らとも連絡が取れるだろう。
 国生はほっと息をついた。

 使用制限から、国生は探知機の電源を切っていた。
 国生は、確かめるべきだった。
 探知機の電源を入れ、周囲の状況を確認すべきだった。
 なぜなら、学が出てきた茂みの奥には、香川美千留かがわ・みちるの死体が横たわっていたのだから。



−楠悠一郎・香川美千留死亡 27/32−

香川美千留 佐藤理央らと一緒に尾田陽菜に辛く当っていた。


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坂持国生
一也や鮫島学と親しい。香川県出身。身体が弱く、日々鍛えているが成果は出ていない。