OBR1 −変化−


082 2011年10月02日10時30分 


<野崎一也> 


 そして、気付く。
 ……あたし馬鹿だから。合流してから何度か同じような言い回しを彼女から聞いている。
 自身に満ち溢れた彼女と卑下の言葉がそぐわず、違和感を得る。
 また、一也には彼女が愚かだとは思えなかった。
 彼女は常に明晰だ。
 聡明に、鋭敏に状況判断を下す。物事の真理にも近い。そして、臆することなく胸を張って生きている。
 そんな彼女がどうして自虐の言葉を続けるのだろう。
 謙虚、謙遜。
 そんな単語が頭に浮かぶが、すぐに首を振り否定する。それこそ、彼女から遠い形容だ。
「京ちゃんは、馬鹿なんかじゃないよ」
 試しに言ってみると、「は?」京子が目を丸くし、「何言ってンの? あたしの成績表見たことあるのか? 自慢じゃないが、酷いもんだ」語る。
「え?」
 一也は一也で目を丸くする。
 素行が悪く、授業にもほとんど出ていない彼女の成績は、確かに惨憺さんたんたるものだろう。
 だけど、それと生き抜くための知恵や洞察力は別だ。
 彼女は明らかに後者を持っている。
 そして、プログラムという現状、必要なのは後者だ。
 誇りこそすれ、卑下することなどない。賢しい彼女のこと、そんなことは分かっているだろうに……。

 ここで、思い至る。
 彼女に劣等感を刷り込んだのは誰なのだろう。愚かだと思わせたのは誰なのだろう。
「京ちゃんは、馬鹿なんかじゃない、よ」
 同じ台詞を強い語調で繰り返す。
 いささか苛立ってもいた。「誰がそんなこと言ったんだ? 京ちゃんは、馬鹿なんかじゃ、ない」
 これに、京子は呆気にとられたような顔をした。
 しかし、自分のために一也が怒っていることに気づいたのだろう。
「ありがとう」
 まずは礼を返してきた。そして、「うちの親にずっと言われてて、さ。まぁ、たしかに頭悪いし、逆らってばっかだから、な」女子生徒しては大柄な体躯を震わせ、笑う。
 しっかりと自分を持っている京子でも、親の影響からは逃れられないということか。
 子どもの頃よく遊びはしたが、彼女の両親とは会ったことがなかった。
 これまでの話を聞く限り、あまりいい親とはいえないようだ。

 彼女たちの親の話が出たからだろうか、自分の父母のことを思い浮かべる。
 ともに教師をしており、特に父親は多忙を極めている。
 そのせいもあって、父親に遊んでもらった記憶はほとんどない。
 関係が薄かったせいか、プログラムの今も両親への思いはそれほど募らなかった。
 ただ、彼女たちのように何かしらを阻害された記憶もなかった。
 恵まれてると言えば恵まれているのだろうか。

 ふと、親に浸食される美夜の姿が、京子には自分とかぶって見えたのかもしれないと思った。だから、美夜に辛く当ったのかもとも。
 また、彼女にも弱いところがあるんだな、と思った。
 たとえ親からとは言え、彼女が他人の言葉に浸食されるとは意外だった。
「京ちゃんにも、そーいうとこあったんだ、な」
「なんだそりゃ」
「……ああ、啓太郎ンときと一緒か」
 一人うなづく。
 啓太郎の穏やかな面だけを見ていたのと同様に、彼女には強い姿だけを見ていたということだ。
 察しのいい彼女のこと、一也の独り言が何を指しているのか分かったのだろう。
「なんか、恥ずかしいな」
 頭をかき、「でもま、ありがと、な」もう一度礼を言われた。そして、「なんか色々軽くなった。カズは相変わらずいいヤツだ」続けてくる。
 彼女とて強いばっかりではない。弱い自分も誰かに認めてほしかったに違いない。
 だからこその台詞。
 ただ、そんな姿を見られるのは彼女の本意ではないだろうと思い、「なにそれ」誤魔化し、苦笑しておく。
  

 やはり照れくさいのか、「この人形」京子は話を変えてきた。
 美夜のそばに落ちている子猫ほどのサイズの人形だ。着物姿。髪の長さは違うが、顔の造形や雰囲気が美夜にそっくりで気味が悪い。
「あの頃の、結城みたいだ」
「ああ、長くのばしてたね」
「なんか、嫌だ」
 京子は苦々しげに人形を持ち上げ、路地の奥にある広場へ投げる。
 と、「つっ」右手を逆手で包む。
「ん、どした?」
「指を切った」
 見ると、右手の人さし指から血が流れている。指の腹を軽く切ったようだ。
「大丈夫?」
「たいした傷じゃないが……」
 禍々しげに広場の方を見やる。
 ガラスの破片か小石か何かが人形の衣服に付着していて、それで切ってしまったのだろう。支給の医療キッドからガーゼを取り出し、押し当てる。
 
 ふと、美夜が人に請われ、未来を見たり呪いをかけたりしていたという話を思い出した。
 死してなお、彼女の人形を粗末に扱った京子にその力が……そこまで考え、馬鹿馬鹿しいと頭を振る。
 それに、血はまだ止まらないようだが小さな傷だ。意趣返しにしても、小規模すぎる。
 変なこと考えちまったな……と肩をすくめたその瞬間。
「きゃああああっ」
 唐突に、誰か、女子生徒の叫び声がした。
 びくりと肩を上げ、声がした方を見やる。
 路地の向こう、近代的な家々が建ち並ぶ、比較的新しい建物が多い区画から聞こえてきた。
そう遠くはない。
 声の主が女子生徒なのは確かだが、それが誰なのかは分からなかった。
 京子がちっと舌を打つ。
「なにか、あったようだな……」
 これを合図にしたかのように、ぽつぽつと雨が降り始めた。



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野崎一也 
同性愛者であることを隠していた。ひそかに恋慕していた矢田啓太郎が小島昴を撃つ場面を目撃し、動揺。啓太郎を責めた。
羽村京子
子どもの頃は一也と親しくしていたが、いつからか荒れ始め、疎遠になっていた。