OBR1 −変化−


081 2011年10月02日10時00分 


<野崎一也> 


「酷い、な」
 羽村京子が青ざめ、顔をしかめる。
「ああ……」
 一也も眉を寄せていた。指先が小刻みに震えていた。
  北の集落の中ほど、住居と住居の間を走る細い路地に三人ものクラスメイトが倒れていた。みな女子生徒だ。
 全員がすでに死亡者リストにあがっている。
 腹部にナイフが刺さって絶命しているのが結城美夜。
 津山都は、のど元を真っ赤に染めている。
 最後の一人、飯島エリが一番ひどい状態だ。首輪が爆破されたのだろう、頭部と身体が離れている。幸いと言ってよいのか、吹き飛んだ頭部はうつむ き加減で、その表情は見えない。
 一面血の海だ。
 今にも雨が落ちてきそうな曇天の空と相まって、禍々しい雰囲気に包まれている。

 地面だけでなく周囲の板塀にも大量の血糊がついていた。
 きつく広がる火薬と血の匂い。むせ返るようだ。つんと鼻を突くのは死臭、腐敗臭。
 それぞれ目立って整った容貌をしていたわけではないが、15歳の少女として輝いていた彼女たち。その見る影もない状態に心を痛める。
 
「結城」
 美夜の亡骸に、羽村京子が近付いていく。
 そばに、着物姿の人形が落ちていた。
 人形は腰を超える長い髪をしており、いささか気味が悪かった。
 ミディアムヘアの美夜とは髪の長さこそ違うが、おもざしがよく似ており、それもまた気味が悪い。
 京子は人形の長い髪を見、なぜだかぎょっと身体をこわばらせる。
 ややあって、意を決したかのように頭を振ると、口を開いた。
「あたしさ」
「ん?」
「こいつのこと、嫌いだった」
「嫌い……」
「嫌いだったんだ」
 繰り返してくる。確かに、京子は美夜に辛く当っていた。
「なんで?」
「やられるままだったから」
「やられるまま?」
「ああ」
 京子はいったん間を置き、「……こいつ、中学までは姫路に住んでた」話を続ける。
「へぇ」
 美夜とは三年生になるまで同じクラスになったことがなく、普段仲間内の会話で噂に上がるような女子でもなかったため、知らなかった。
 だが、それが何だというのだろう。 

「そこから逃げるように越してきた」
「逃げるように?」
 おかしな表現だ。何か事情があったということか。
「こいつ、あっちで祈祷師だか占い師だかをしてたんだ。結構信者も集めてた」
「何それ?」
「未来を見る力だとか、呪いをかける力だとかあったんだとよ。あたしは信じちゃいないが」
 苦々しい表情で京子が言う。
「霊感とか、そーいうのか」
「まぁ、そんなところだろう。集客や事務的なことはこいつの母親がやってた。……というよりは、母親がこいつに祈祷師をさせてた」
「ああ……」
 大人しい美夜が自分から前へ出る姿は想像できない。
 裏で親が操っている姿は想像できた。
「本人は、そんなことをやるの、嫌がってた。でも逆らわなかったんだ」
「……京ちゃん?」
 ここで、遅い疑問が訪れた。
 詳しすぎやしないだろうか。
「いっとき、うちの親がはまって……さ」ちっと下をうつ。「あたしも、姫路のこいつんチに連れてかれてた。同じ年だったからか、あたしに信心がないからかえって安心したのか、理由は分からないけど、訊けば、気持ちをそれなりに話してくれ、た」ここで京子はふっと笑い、「まぁ、あたしが怖かったンだろうけど」続けた。
 半ば脅している姿がそれこそ容易に想像できる。

「で、結城の母親が何年か前に事故だったか病気だったかで亡くなってさ。もともと結城の父親はあーいうことに反対してたみたいで、強引に終わらせたんだ」
「へぇ」
 父親のほうはまともだったということか。
 表情から考えを読んだのだろう、京子は「まぁ、その意味ではな。でも、この父親もろくでもないぞ。結城に暴力振るってたみたいだし」ちっと舌を打つ。
「かわいそうに……」
 大人しく地味にしていた美夜にそんな背景があったとは、思ってもみないことだった。
「まぁ、それで最後、一部の信者連中ともめてさ、姫路にいれなくなって越してきたンだ」
「なんで神戸に?」
「うちの親せきが不動産屋やってンだ。親父が口をきいてやった」
「へぇ、いいとこあるじゃん」
 しかし、京子は顔をしかめた。
「いや、うちの親もろくでもないからな。神戸でも同じことできないかってのが本音。結城の母親の代わりを狙ったんだ。まぁ、結局……結城の父親が嫌がって、神戸ではやってない」
 何やら複雑だ。

「そんな感じでさ。あいつ、大人に振り回されっぱなしで。やられっぱなしで」
「そ、か」
 まぁ、結城美夜ならそうだろう。
「それが、むかついて」
「ふむ」
 そういえば、彼女が美夜の髪を切ったという話を聞いたことがあった。
 入学したての美夜は腰までの長い髪をしていたが、いつだったかばっさり首のあたりまで切ってきたことがあった。
 それが京子の仕業と聞き、酷いことをすると思ったものだが……。
 ためしに聞いてみると、「ああ、あの髪。髪に霊力が宿っているとか適当なことを言って、あいつの母親が伸ばさせてたんだ。あいつは嫌がってた。邪魔だって言ってた。なのに、母親が死んでも髪は切らないでさ。それがまたむかついて」当時の怒りを思い出したのだろう、京子が顔を赤くする。
「それで、切ってやった」
 文句あるかと言いたげに睨みつけてくる。
 京子はしっかりと自分を持っている。
 美夜のように周囲に翻弄されるタイプとは合わないのだろう。

 ふと、美夜はどうして自分で切らなかったのだろうと考える。
 長い髪を嫌がっていたのなら。母親に強制されていた宗教まがいから解放されたのなら。自分で切ってもよさそうなものだが。
 単にロングへアが気に入ったのか、霊的な意味合いを彼女なりに保持したかったのか、それとも母親への複雑な思いがそうさせたのか。
 良く分からなかった。
 ただ、京子が彼女の意志によらず髪を切ったのは……。
「いいことをしたとは、思えないな」
 言うと、京子は顔をしかめる。
「ずいぶんはっきり言いやがったな」
 不満げな台詞だが、表情は柔らかい。「まぁ、だろうな。悪いことをした」亡骸の美夜に目を落とす。
「あたしも、馬鹿だからさ。間違ってばかりだ」
 まさか自戒が飛び出すとは思っていなかったので、「は?」まともに驚く。
「いや、その反応はないだろ」
 京子が苦笑いをする。


 遅れて、「……も?」複数形で言われたことに気づく。
 また少し遅れて、理解。
 数時間前、矢田啓太郎がプログラムでも人に危害を加えるはずがないと信じる一也に、京子は「それはそれで失礼だ」「矢田だって人間だろ」とさと してきた。
 あのとき、横面を叩かれたような気がした。
 たしかにそうだ。
 闇雲に信じ、美化し、聖人であることを求めるのは、啓太郎を一個の人間として見ていない証拠だし、失礼な話でもある。
 プログラム。彼だって生き抜くために当たり前の権利を行使するはずだった。
 現実に目を向けなくてはいけない。
 そう思っていたのに……。
 結局、矢田啓太郎が小島昴を銃撃する場面を目撃したとき、一也は混乱した。
 その直前に京子とのくだんの会話があったにもかかわらず、混乱した。
 啓太郎が安東涼を助けようとして銃を使ったのは、明らかだった。
 自己防衛ですらない。
 襲われた同行者を助けようとしてやったことだ。周りを助ける。それは、ある意味とても啓太郎らしい行動だ。
 しかし、その手段が銃であったことに、彼が人を傷つけたことに、一也は衝撃を受けた。
 結局、「馬鹿な事をした」と彼をなじってしまった。
 その際に、横にいた京子から「馬鹿はお前だ」ともう一度諭されたのだ。
  
 彼女なりに言い過ぎたと思っていたのだろう。
 だから、「あたしも」と複数形にした。
 愚かなのはお前だけではない。自分だってそうだ、と。

 

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野崎一也 
同性愛者であることを隠していた。ひそかに恋慕していた矢田啓太郎が小島昴を撃つ場面を目撃し、動揺。啓太郎を責めた。

羽村京子
子どもの頃は一也と親しくしていたが、いつからか荒れ始め、疎遠になっていた。