OBR1 −変化−


080 2011年10月02日09時00分 


<小島昴> 


 昴は、緩やかに死へ向かう。
 誰も。誰も、俺のことなんて気に掛けない。
 死ぬ時ですら、俺は『ぼっち』なんだ。そう思うと、惨めだった。
 一滴ひとしずく 、涙が頬を伝う。
 プログラム。
 一人を殺せば、一人が死ねば、それだけ優勝に近付く。本来、昴の死は、彼らにとって意味があるはずだ。
 ……なのに、誰も俺の死を気にかけてくれない。
 別段、死を悼んでほしいわけではない。救ってほしいわけでもない。
 ただ、最後ぐらい誰かに注視されたかった。
 ゆるゆると一人で逝くのは嫌だった。せめて誰かの視界に入ったまま死にたかった。
 なのに……。
 教室でも一人、プログラムでも一人。死ぬときも一人。
 情けなくて情けなくてたまらなかった。

 入らない力を振りしぼり唇をかみしめていると、「不思議な、連中」また女子生徒の声がした。羽村京子ではない。もっと女の子らしい声だ。
 誰かが近寄ってくる気配。
 ふっと甘い香りがした。
 そして、ずっと、胸元に衝撃。
 その拍子に閉じていた瞼が開く。目の前あったのは、黒木優子の顔だ。
 少し腫れぼったい一重の瞳。白い頬にはそばかすが散っている。丸まった鼻先。ふわふわの赤茶けた髪。
 視線を落とすと、昴の胸元に包丁が突き刺さっていた。彼女に刺されたのだと分かる。やはり、痛みは感じなかった。
 感覚を損ねているのだ。
「なんで止めを刺さないンだろ、ほんと不思議な連中」
 呆れたように彼女が言う。

 次々と登場するクラスメイトに目が回りそうだった。
 そして、普段の彼女の姿が脳裏をよぎる。
 ごく普通の女の子。普通に友だちがいて、普通に明るくて。勉強、運動。彼女に何か得意な領域があるとは聞いたことはないし、実際何をとっても平均値だった。
 どこにでもいる普通の女の子。それが、黒木優子だったはずだ。
 その彼女が覚悟を決めている。
 意外だった。
 驚いたのは、彼女がプログラムに乗ったことではない。
 ずっと孤独だったからだろうか、昴はクラスメイトに幻想を抱いていなかった。誰だって死にたくない。それは彼女だって同じことだろう。
 昴が目を疑ったのは、彼女が腹を決めていることだ。
 同じプログラムに乗るとしても、もっと迷い乱れるタイプだと思っていた。
 だけど彼女は何かをあきらめ、ふっ切り、二本の足で地面を踏みしめ、プログラムに乗っている。
 いっそ、潔いほどに。
 そこに、意表を突かれた。

 そんな昴の心情に気づくはずもなく、優子はがさがさと藪をかき分け、何かを取り上げる。昴のサムライエッジだった。
 銃に特段思い入れはない。
 奪われる感覚もなかった。
 彼女に使われるのならば凶器として本望だろうとすら思う。 
 もう一度、視線を胸元の包丁に戻す。
 まるで何かの栓のようにも見える。昴のぽっかりと空いた胸の孔を、彼女の包丁が埋めたのだ。
 目の前が霞んできた。
 いよいよ最期が近いのだろう。
 おぼろとなっていく世界の中、昴は黒木優子の顔を見上げていた。
 彼女は少し戸惑った顔をしていた。
 恨みごとを言わず、助けも求めず、恐怖におののきもしない昴に違和感を持っているのかもしれない。
 それは、彼女の関心を惹いたということだ。
 
 優子は包丁を引き抜くと、一度ぶんっと一度振るった。そしてそのまま立ち去っていく。
 結局、最後の最後まで昴は一人ぼっちだった。最後の最後まで誰かに寄り添うことはできなかった。
 だけど……だけど。



−小島昴死亡 09/32−


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小島昴 
地味で目立たなかった。藤谷龍二の万引き現場を目撃し、以来彼をゆすっていたらしい。龍二、木沢希美、中村靖史を殺害。一人ぼっちを恐れない安東涼にあこがれていた。