<小島昴>
昴は、緩やかに死へ向かう。
誰も。誰も、俺のことなんて気に掛けない。
死ぬ時ですら、俺は『ぼっち』なんだ。そう思うと、惨めだった。
一滴
、涙が頬を伝う。
プログラム。
一人を殺せば、一人が死ねば、それだけ優勝に近付く。本来、昴の死は、彼らにとって意味があるはずだ。
……なのに、誰も俺の死を気にかけてくれない。
別段、死を悼んでほしいわけではない。救ってほしいわけでもない。
ただ、最後ぐらい誰かに注視されたかった。
ゆるゆると一人で逝くのは嫌だった。せめて誰かの視界に入ったまま死にたかった。
なのに……。
教室でも一人、プログラムでも一人。死ぬときも一人。
情けなくて情けなくてたまらなかった。
入らない力を振りしぼり唇をかみしめていると、「不思議な、連中」また女子生徒の声がした。羽村京子ではない。もっと女の子らしい声だ。
誰かが近寄ってくる気配。
ふっと甘い香りがした。
そして、ずっと、胸元に衝撃。
その拍子に閉じていた瞼が開く。目の前あったのは、黒木優子の顔だ。
少し腫れぼったい一重の瞳。白い頬にはそばかすが散っている。丸まった鼻先。ふわふわの赤茶けた髪。
視線を落とすと、昴の胸元に包丁が突き刺さっていた。彼女に刺されたのだと分かる。やはり、痛みは感じなかった。
感覚を損ねているのだ。
「なんで止めを刺さないンだろ、ほんと不思議な連中」
呆れたように彼女が言う。
次々と登場するクラスメイトに目が回りそうだった。
そして、普段の彼女の姿が脳裏をよぎる。
ごく普通の女の子。普通に友だちがいて、普通に明るくて。勉強、運動。彼女に何か得意な領域があるとは聞いたことはないし、実際何をとっても平均値だった。
どこにでもいる普通の女の子。それが、黒木優子だったはずだ。
その彼女が覚悟を決めている。
意外だった。
驚いたのは、彼女がプログラムに乗ったことではない。
ずっと孤独だったからだろうか、昴はクラスメイトに幻想を抱いていなかった。誰だって死にたくない。それは彼女だって同じことだろう。
昴が目を疑ったのは、彼女が腹を決めていることだ。
同じプログラムに乗るとしても、もっと迷い乱れるタイプだと思っていた。
だけど彼女は何かをあきらめ、ふっ切り、二本の足で地面を踏みしめ、プログラムに乗っている。
いっそ、潔いほどに。
そこに、意表を突かれた。
そんな昴の心情に気づくはずもなく、優子はがさがさと藪をかき分け、何かを取り上げる。昴のサムライエッジだった。
銃に特段思い入れはない。
奪われる感覚もなかった。
彼女に使われるのならば凶器として本望だろうとすら思う。
もう一度、視線を胸元の包丁に戻す。
まるで何かの栓のようにも見える。昴のぽっかりと空いた胸の孔を、彼女の包丁が埋めたのだ。
目の前が霞んできた。
いよいよ最期が近いのだろう。
朧となっていく世界の中、昴は黒木優子の顔を見上げていた。
彼女は少し戸惑った顔をしていた。
恨みごとを言わず、助けも求めず、恐怖に戦きもしない昴に違和感を持っているのかもしれない。
それは、彼女の関心を惹いたということだ。
優子は包丁を引き抜くと、一度ぶんっと一度振るった。そしてそのまま立ち去っていく。
結局、最後の最後まで昴は一人ぼっちだった。最後の最後まで誰かに寄り添うことはできなかった。
だけど……だけど。
−小島昴死亡 09/32−
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