<小島昴>
と、藪の向こうに人影が見えた。男子生徒だ。
びくりと肩を上げ、身体を小さくする。
上目づかいに確かめると、中背の少年が近付いてくるところだった。
それが誰であるかはすぐに気づいた。
「安東?」
目を見開き、まじまじと見つめる。
安東涼だった。
華奢な体躯、さらりとした黒髪、黒目がちの瞳。大人びた細面。右肩から太い注射器に持ち手をつけたような形状のものをさげている。大口径の銃だろうか。
……彼の支給武器であるM3A1サブマシンガンだったが、昴にはその方面の知識がなかった。
涼は、毅然とした表情でしっかりと前を見据えて歩いている。
左のこめかみから頬にかけて肉食獣に引っかかれたような傷跡が残っており、痛々しかったが、気にしている様子はない。
顔面の負傷は戦闘の証だ。
教室でも孤高を保っていた彼はきっとプログラムに乗っているだろう。
自分以上にクラスメイトと関わりのなかった彼のことだ。躊躇
うことなく殺し手に回っているに違いない。
そして、後悔もしていないはずだ。
安東涼は、機械的にクラスメイトを滅していくのだ。ただ一人、誰の力を借りることもなく、生き抜いていくのだ。
そう、思った。
その様を想像すると、身体が震える。
恐怖からではない。憧憬、崇敬からだ。
孤独を恐れない彼に、普段から憧れのようなものは抱いていた。
プログラムに巻き込まれた今、昴はその心情を強めていた。
このまま彼の後をつけようかと考える。涼が冷酷にクラスメイトを殺すシーンが見たかった。彼の強さを見たかった。
……その後は?
分からなかった。
プログラム。最後の一人にならないと家には帰れない。
ただ、涼と争って勝てるとは思えなかった。
運動神経や体格は大差はない。
自分だって藤谷龍二らを殺し、心の準備はできている。
条件的には変わらないはずだった。
だけど、勝てるとは思えない。それは、涼には敵わないという意識があるからだろう。
しかしここで、昴に戸惑いが訪れた。
涼の後ろからもう一人の少年
が姿を現したからだ。
すらりとした長身、短髪、目じりの落ちる人のよさそうな容貌。それは、バスケットボール部の矢田啓太郎だ。
「もうすぐ、北の集落だ」
安東涼が振り返り、啓太郎に声をかける。「ついたら、適当な家で少し休もう」
「うん……。安東も大丈夫?」
啓太郎の顔は真っ青だった。
特段負傷しているように見えないので、単純に疲労によるものだろう。
彼は善良な質だ。
部活で鍛えられ体力こそはあるが、プログラムの緊張感に多大なストレスを感じているに違いない。
涼にも疲労感は見て取れる。
「ああ、ありがとう。正直、きつい、な」
ふっと、彼は重い息を吐く。
「どういう、ことだ」
小声でつぶやく。
昴が信じ難く思うのは、安東涼が矢田啓太郎と同行しているという現実だ。しかもたがいに頼り合っているように見える。
啓太郎が安東に頼るのは分かる。彼は前に出るタイプではない。
ここで意外だったのは、涼もまた啓太郎を頼っている風であることだ。
昴の存在に気づかないまま、二人は目の前を通り過ぎていく。
正面から見据えていた涼の顔が横顔になり、やがて後ろ姿になる。
プログラム前から彼のようになりたいと思っていた。憧れたのは、彼の孤独を恐れない強い心だ。
だけど今、彼は誰かに寄りかかり、生きている。
自分の中で、何かががらがらと音を立てて崩れていく。
裏切られたと思った。情けないと思った。
……あんなの、俺の知ってる安東じゃない。
腹立たしかった。金や銃を渡してくる藤谷龍二に感じたのと同じ憤りを、安東涼からも得る。
「あ、銃……」
足元に置いていた銃に目をやる。
もとは藤谷龍二のものだったサムライエッジだ。
安東なんてぜんぜん凄いやつじゃなかった。……なら?
「なら?」
口に出して、形のないものに問う。
一度深呼吸し、「なら……殺しちまおう」昴は呟いた。
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