OBR1 −変化−


077 2011年10月02日08時30分 


<小島昴> 


 休み時間が嫌いだった。

 誰も話しかけてこないから。話しかける相手がいないから。
 毎日毎日、休み時間のたびに、小島昴 は自分が一人ぼっちだと思い知らされる。
 神戸第五中学校は食事班が決まっていたので昼食は一人ではなかったが、食事後は時間を持て余していた。 
 決して、人との会話が苦手というわけではない。挨拶や事務的な会話、当たり障りのない話なら誰とでもできる。クラス替えのたびに携帯電話のアドレス欄はきちんと増えていく。
 だけど、そこから友人関係に伸ばすことができない。
 誰も昴に電信してこないし、昴からもかける用事がなかった。

 引っ込み思案でもない。
 周囲に嫌われている様子もない。
 苛めを受けているわけでもない。
 単純に、友だちがいないのだ。
 昔はそんなことはなかったように思う。
 小学生のころは普通に友だちがいた。むしろ輪の中心だった。
 それがいつの頃からか、一人ぼっちになっていた。
 クラスが変われば、卒業すれば、すぐに忘れられてしまう存在。むしろ、同じクラスのときでさえ忘れられている存在。
 それが小島昴だった。
 なんでだろう?
 振り返るが、分からなかった。理由が分かるのならば、こんな風になっていない。

 
 もちろん見渡せば、皆が皆友人に囲まれているわけではない。
 楠雄一郎の使い走りをしていた木多ミノルや、独善的な性格で嫌われていた吉野大輝、他人を寄せ付けない雰囲気の安東涼など友人の少ない者は、クラスにも数人いた。
 しかし、木多ミノルは素行の悪い生徒グループの一員だった。彼には曲がりなりにも仲間がいる。
 吉野大輝には放送部に仲間が……やはり好かれてはいないようだったが……いた。
 安東涼は一人だったが、気にする素振りはなく、休み時間は本などを読んで過ごしていた。
 ここで昴が気にかかるのは、安東涼だ。
 ……あいつは、一人でいるのが怖くないンだろうか。
 不可思議に思う。
 昴は孤独が怖かった。否、一人ぼっちだと周囲に思われるのが怖かった。
 休み時間に一人でいると、孤独がばれてしまうので、前は意味もなく廊下を歩きまわって時間を潰していた。
 最近はもっぱらトイレの個室にこもり、携帯電話をいじって過ごしている。

 携帯電話といっても、電話やメールをしているわけではない。
 昴には、そんなやり取りをする友人はいない。
 携帯サイトの掲示板を覗いたり書き込んだりしているのだ。
 アクセスしているのは、『ぼっち』が集まるサイトだ。
 一人ぼっちを縮めて、『ぼっち』。
 ここ何年かでよく聞くようになった言葉だ。
 なんだか可愛らしい響きで、フレーズ自体は気に入っていた。
 ネットで見る『ぼっち』たちは一様に一人でいることを嘆き、自虐に浸っている。
 ただし、ひたすらに暗いわけではない。追い詰められている風にも見えなかった。書き込みにはときにユーモアがあり、くすりと笑わされることもある。
 彼ら彼女らとネット上で接しているときは、気鬱が消える。
 一人じゃないんだと思える。
 あの種のサイトがなければ、とっくの昔に不登校になっていただろう。
 そんな自覚があった。

 ただ、このままではいけないということも、分かっていた。
 ぬるま湯のような馴れ合い。 
『こんなところに入り浸っているから、いつまでもぼっちなんだよ』
 誰かのコメント。
 本当にその通りだと思う。
 でも、やめられない。 
 ネットはネット、リアルはリアルだ。精神安定に必要というのなら使えばいいが、ある程度でとめて置くべきだし、ネットとリアルを切り分けておかないと取り返しのつかないことになる。
 そんなことは分かっている。
 それでも、やめられない。

 また、昴は『ぼっち』仲間たちが必ずしも自分のような状態ではないことも知っていた。
 彼にとって不幸だったのは、さかしかったころだろう。
 ネットに氾濫する情報をそのまま飲み込むのではなく、咀嚼し自分で考え判断する分別を昴は持っていた。自分も含めた世の中をしっかりと見据える目を持っていた。
 昴が見ているのは、一人ぼっちだ孤独だと嘆く彼らのうち何割かには、実はそれなりに友人がいるという現実だ。
 彼らなりにさみしさを感じてはいるのだろうが、昴からしてみれば、自虐を楽しむという遊びをしているようにしか見えない。
 出来れば、出来ることならば、そのポジションにいたかった。
 だから、昴はネットでそのように振舞っていた。
 自虐する書き込みの端々に余裕を見せ、実は一人ではないのだと匂わせる。

 社会的成功者なのだと充実した毎日を送っているのだと装うよりは、現実に寄っているのかもしれないが、虚構は虚構だ。
 焦りとともに、幾度となく現実世界に出ようとした。
 休み時間のたびにトイレの個室に籠りきりでは、友だちなんてできない。
 まずは、教室にいるところから始めなくては。
 そう何度も考える。
 だけど、教室で一人所在なくしているだなんて、とてもできなかった。
 かと言って、安東涼のように本を開くこともできない。
 いや、本でなくてもいい。携帯電話をいじっていればそれでいい。個室トイレから場所を移すだけだ。
 だけど、できない。
 幸いと言っていいのか、昴はクラスで空気のような存在だ。
 昴が一人でいたって誰も気にしないはずだった。
 それでも、できない。
 涼の真似ごとができないのは、プライドの高さゆえだろう。
 一人ぼっちの姿を他人に見られたくなかった。

 友だちは作れない。一人の姿は見せられない。
 憂鬱な毎日だった。

 ぼっちたちは言う。
『そんなの気になるのは学生の間だけだ』
『あれって、中学ならではだよな。高校になったら誰も気にしない』
『社会に出たら、皆ぼっちだ』
 それぞれが言う期間、期限はさまざまだったが、どうやらこの情けない気持ちからいつかは逃れられるようだ。
 だけど、今はできない。
 分かっていても、明晰に色んなことが見えていても、できないことはできないのだ。昴は聡くはあったが、器用ではなかった。


 涼には憧れた。
 彼のようになれたら、と何度となく思ったものだ。
 ただ、決して彼のようにはなれないことも分かっていた。
 自分は一人には耐えられない。
 堂々巡りの毎日。
 そんな中、藤谷龍二の万引きを目撃した。
 ……好機だった。弱みを握った自分の誘いを龍二は断りはしないだろう。そう思い、休みの日に彼を遊びに誘った。
 そう、昴としては遊びに誘ったつもりだったのだ。
 見たい映画があったので、龍二を誘った。ただそれだけだった。
 しかし龍二はそうは取ってくれなかったようで、おずおずと金を渡してきた。
 あの時の憤りを、昴は今も忘れていない。
 そんなつもりはなかったのに、搾取されていると勝手に思っている彼がなんだか苛立たしくて、怒り任せに金を受け取ってしまった。 
 映画、食事、カラオケ。
 以降、半ば自棄になって、龍二を財布にしていた。



「……畜生、あの野郎」
 北の集落近くの藪の中に身をひそめながら、昴は苛々と爪を噛む。
 華奢な中背、つるりとした丸顔、切れ上がり気味の細い双眸にやや長い髪がかかっている。
 ……映画代がほしいンなら、金がほしいンなら、金だけ取るにきまってるだろ。取り上げる相手を、なんでわざわざ映画に誘うんだよ。なんでわざわざ買い物に誘うんだよ。
 龍二の態度にはずっと不満を感じていた。
 苛立ちをこめて金こそは受け取っていたが、そこに映画や買い物を介していたのは、いつかは昴の気持ちを分かって欲しかったからだ。

 昴としては単純に友だち関係がほしかった。
 だけど出来たのは、主従関係だった。
 何を間違えたのか、どこから間違えたのか、賢しい昴にはおおよそ分かっていた。
「スタートが悪かったンだろうけど、さ」
 切なげに、だけど舌うちも加えながら、呟く。
 万引きを目撃されたところから始まった関係だけに、龍二が昴は搾取する側だと思いこんでしまっていた。
 弱みを握ったから親しくなれるという昴の期待も、おかしなものだった。
 また、龍二の勘違いを修正するだけのコミュニケーション術を昴が持ち合わせていなかったのも不運だった。
 昴は賢かったが、不器用だった。

 
 数時間前の出来事だってそうだ。
 合流したとき、龍二はすでに傷ついていた。
 ズボンが朱に染まっており、昴なりに彼の体調、傷の具合が気になった。「大丈夫か?」と声をかけたのは本心からだった。
 なのに、龍二は彼の支給武器を渡してきた。
 サムライエッジ。手のひら大の自動拳銃だ。
 命綱であろう支給武器をいとも簡単に引き渡してくる。
 その奴隷根性や危機感のなさが腹立たしかった。
 だから、すでに組み敷いていた木沢希美を使って、彼に加虐することにした。
 流される彼を精神的に痛めつけることにした。
 まぁ、その結果として、龍二のほか、木沢希美や彼女と交際していた中村靖史まで殺す羽目になってしまったのだが。
 彼らを殺したとき、誇張して粗暴に振舞った。
 もともと昴はぶっきら棒な話し方だが、意識してその度合いを高めて喋った。
 冷徹な殺し手を装う。奪う側であることを強調する。でないと、人を殺したという事実に押し潰されてしまう。
 ……自分の弱さが嫌になる。

 プログラム。
 みな、クラスメイトの誰がプログラムに乗るか戦々恐々としているだろうし、友だちのことを心配しているだろう。
 しかし、その関心の輪に自分は入っていないという確信があった。
 一度、吉野大輝がメールで集合をかけてきたが、これは無視していた。
 大輝の意図など見え透いていた。
 彼は自分よりも下の者がほしかっただけだ。メールでは女子生徒がたくさん集まっているように書かれていたが、騙りに違いなかった。
 まぁ、正直なところを言えば、メールが届いたという事実だけはうれしかった。
 大輝本体には何の感慨もないが、メールを弾いた彼の指先にだけは感謝してもいいと思う。
 
「指……」
 膝をつき、藪の中で小さくなりながら、昴は自身の手をじっと見つめる。
 人殺しの手だ。
 そう、思う。
 足が震える。心拍が上がっているのがよく分かる。
 ただし、これはプログラムだ。
 そこが逃げ道だった。
 プログラムは合法的に殺人が許されている。
 なら、仕方がない。
 生き延びるためには、仕方がない。
 
 さらに言い訳となるのは、これまでの環境の差だ。
 クラスメイトらはみな、友だちや恋人のいる恵まれた人生をこれまで過ごしてきた。それは、自分にはなかった快事だと、昴は思う。
「あいつらは、人生を楽しんでた」
 ……なら、もう、いいだろう? 後は俺に譲ってくれ。そんな楽しみがなかった俺に譲ってくれ。



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小島昴 
地味で目立たなかった。藤谷龍二の万引き現場を目撃し、以来彼をゆすっていたらしい。龍二、木沢希美、中村靖史を殺害
した。