OBR1 −変化−


074 2011年10月02日07時00分 


<桐生青磁> 


 鬼塚に誘われ、担当教官専用の休憩ブースに移る。
 ブースならパネルで仕切られており、防音もされているので、会話を聞きとられる心配がない。
 ということは、さらに危なっかしい会話になるということだろう。
 何を聞かされるにせよ、面白いことになりそうだ。心配するでもなく、そんな予感に胸躍らせるあたり、自分らしいと苦笑する。
 鬼塚に認められ、取り入ることができれば、こんな瞬間が多くなるのかもしれない。
 それは、魅力的な話だった。

 ブースにはポットやお茶の用意がそろっている。
 鬼塚がドリップでコーヒーを淹れなおし始めた。
「プログラムってなんで続いているんだと思う? 利権、補助金云々は抜きにして」
 例によって質問から始まる。
 どこか人を試すような話の運びにもすっかり慣れてきた。
 しかし、プログラムの利潤にまつわる理由を抜くとなると、リアリストの桐生にはかえって難しい。
「この国では一度始めたことはやめにくいから……ですか?」
「それもある、な」
 ということは、鬼塚の言いたい話は別にあるということか。
「というと?」
「これも下らない話さ、メンツだ」
「メンツ?」
「権力者、プログラム……戦闘実験第六十八番プログラムの立ち上げに関わった連中のメンツだ」
「権力者の、メンツ」
「そう、周囲が対面を気にしなくちゃいけない権力者、さ」
「表立って動けば、そのご本人や取り巻きの心証を害するってわけですか」
「そういうことだ」
 コーヒーカップに口をつけ、「うん、さっきのよりは旨い」鬼塚がうなづく。
 鬼塚が求めていたところまで、まずまず思考を及ばせることができたようだ。 
 
 プログラム創生に関与した権力者たちの対面が、継続理由の一つとなっているということか。
 考えてみると、得心がいった。
 制度がどういう理由で作られたのか、正確に推察することは出来ないが、それなりの思想があって作られたのだろう。
 ……桐生からしてみれば、正気の沙汰ではないが。
 今となっては、誰の目にも悪制度であることは明白だ。
 経済危機、少子化問題が叫ばれる昨今、若い労働力をわざわざ削る制度に何の意味があるのか。
 戦力を上げたいのなら、さっさと徴兵制を導入すればいいのだし、『戦略上必要なデータ』とやらは軍費にかける予算を上乗せすればいい。
 プログラムはいち制度に過ぎない。
 なくなっても、いま現在権力の中枢に席を持っている大多数には……入る利潤が減り、多少懐が痛む者もいるのだろうが……関係のない話だ。
 だが、何かをやめるということは、その制度が間違いだったと認めるということだ。プログラム制度の立役者たちの面子を潰すということだ。
 それが……なかなかに難しいであろうことは、若輩の桐生にもわかる。
 
 閃くものがあった。
「久留米千歳も、ですか? 久留米もその面子の一つだと」 
「鋭いな」
 苦笑される。
「久留米の祖父も軍人で、プログラム制度創設に関わっている。ただ、久留米に子はいない。久留米が死ねば、名門軍家が途絶えるってわけだ。これで、気にしなくてはいけない体裁がまた一つなくなる。久留米に寄っていた連中はいるが、そいつらにプログラムは関係ないからなー」
「また……?」
 言い回しが気になった。
「プログラム創設に直接関わった政治家、軍人、高級官僚……。もちろん、6,70年前の話だから、その連中はみんなもう死んでる。まぁ、死んでも権力がその弟子や子どもに引き継がれて、守らなくてはいけない対面とやらは、続いていくがなぁ。だけど、はじまって数十年だ。その間に権力の持ち手があっち行きこっち行きして、もう一部しか残っていない」
 ここで一度口を閉じ、「エイコセースイってやつだな」わざとらしく棒読みで言う。
「栄枯盛衰、ですか」
「少し前にテロにやられた軍人がいただろ。西陣藤永」
「ああ、いましたね。プログラム狂いのじいさん」
 西陣藤永はプログラム制度に入れ込んでおり、さまざまな特殊実験を成功に収めていた。
 そのためだろう、反プログラム組織に狙われ、数年前に命を落としていた。
 政権への影響を鑑みて、しばらくは西陣の死は伏せられていた。そして、情報統制と同時にテロ組織の主だったメンバーを順次捕縛、組織を解体した。
 軍としても政府としても、それなりに大きな事件だった。

 思い出したことがあった。
「例の三カ月プログラムも、西陣でしたっけ」
「そのプログラムの開催前に死んじまったけどな。企画はそうだ」
 5年ほど前、秋から冬にかけて行われた京都プログラムのことだ。
 陸軍士官学校の学兵が数人関わったこともあり、軍内ではよく知られている。 
 その企画を立てたのが、やはり西陣藤永だった。
 鬼塚がカップをテーブルの上に置き、話を続ける。
「西陣も、祖父方がプログラム設立の主要メンバーだった。創設メンバーの関係者の中でここ数年まで残ってたのは、この二人くらいだ。で、そのうち一人が死に、残る一人も風前のともしび、というわけだ。……まぁ、魑魅魍魎が跋扈ばっこしている政治や軍の世界で、よく何十年も残ったと見るべきなのかも、しれないがなー」
「はぁ」
 なんだか大きな話になってきた。
 と、気になったことがあった。
 丹後ももおだ。
 ここまで話に出てこない。
「丹後先生も面子の一つですか?」
「あれは別枠だ、な。プログラム周りの利益をすすってるだけだ」
 嫌悪感がにじみ出ている。
 いつも飄々としている彼にしては珍しく感情をあらわにしているので、おやと眉を上げる。

 そういえば、先ほど久留米千歳の状態を知らせてきたコーヒーの彼は、丹後が入院している病院にいるらしい。
 丹後が入院しているのは京都。久留米は東京の病院のはずだ。
 となると、久留米の情報は別の者からコーヒーの彼を経由して鬼塚に伝えられたということだ。
 いったい彼は何者なのか。
 何のために丹後の病院に詰めているのか。
 鬼塚との関係は?
 疑問がいくつかわいて出る。
 そもそもコーヒーの彼が丹後の病院にいると言ったのは鬼塚だ。
 思い返してみれば、蛇足な話だった。では、鬼塚がわざわざ教えてきたのはなぜなのか。

 遅れて、最後の疑問の答えだけが分かった。
 ……試すためだ。
 この情報から桐生が何を導き出すのか、試されている。
 鬼塚と目があった。
 にやりと笑われる。
 思考を読まれているのだろう。
「食えない人ですね、ほんと」
 悔し紛れに軽口をたたくと、「楽しそうでなによりだ」目を細められる。
「会話が危なっかしくて、ひやひやしてますよ」
 わざとらしく口を尖らせてみる。
 実際、懲罰ものの会話ではある。
 
「まぁ、久留米が落ちれば、気にしなくてはいけない面子はなくなるってわけだ」
 鬼塚が話を戻した。「すぐにプログラムをどうこうって話にはならないだろうがな。ただ、何年かすれば、プログラム制度を廃止しようとする波が盛り上がる可能性は、ある」
「波、ですか」
 機運という意味あいで使っているのだろうか、言葉のチョイスに少し違和感があった。
「昔、歴史の波って言ったヤツがいてな」
「文化人か何かですか?」
 尋ねると、「そんなところだ」笑われる。
「もちろん、正義感からじゃないけどなー。別の権力者が、プログラム制度設立に関りのない権力者が、人心を掌握しようとしてやるんだ」
 いよいよ危なっかしい会話になってきた。
「はぁ」
「それまでに5年かかるか、10年かかるか。あるいはもっと長くかもな」
 思わずまじまじと見つめる。
「期待してるように、聞こえたんですが」
 ずばり訊いてみると、「そんなわけないだろう。久留米千歳殿の快癒を祈ってるさ」くっくと笑って返される。
 とても本心の台詞には聞こえない。
 ただ、鬼塚はプログラム補助金で生きながられている島の出身だ。
 役人、体制側の人間であり、現在はプログラム担当官という任務にも就いている。
 そして、彼の後ろ盾であろう丹後ももお議員はプログラムに積極的に関わっている。
 彼のバッグボーンや経歴を考えれば、矛盾した態度だった。
 

 プログラム狂いの軍人、もと陸軍最高幹部、守銭奴の政治家。
 一人は死に、残り二人は程度に差こそあれ病に伏せている。 
 角島、補助金、プログラム担当官、歴史の波、権力者の面子、テロ組織……。
 何が何だか分からなくなってきていた。
「ほんと、何かんがえてるンすかね」
 半ば呆れぎみに、口に出してみる。
「だから言ってるだろう」
「は?」
「この国の行く末さ」
 結局のところけむに巻かれ、桐生は口をへの字に曲げた。



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桐生青磁 
陸軍所属の技術官。今回のプログラムでは分析官兼担当補佐官。鬼塚教官のプログラムは二度目。
鬼塚千尋
 
陸軍出向中の役人。角島の出身とのこと。