OBR1 −変化−


064 2011年10月02日03時00分 


<吾川琴音> 


 寝室には寄り添うようにベッドが二つ置かれており、壁の一面がクローゼットになっている。
 琴音がドアを開けると、ベッドの上に膝を抱えて座っていた飯島エリがびくりと肩を上げ、顔を上げた。
「あ、ごめんなさい」
 驚かしてしまったことを謝ると、「ううん……」彼女は軽く首を振り、うつむく。
 怒りは通り過ぎたのだろう、今度は勢いを失っている。
「服、取りに来ただけだから、すぐに出てくね」
 刺激しないよう、そろそろと自分のディバッグから服を出す。

 ここで、はっと息をのんだ。
 こうしている間に越智柚香が毒入りの果物に手をつけたら?
 あんなにも親切な彼女を殺してしまったら?
 そんな懸念が琴音に息をのませた。
 毒の可能性を伏せていることの罪深さは元々感じていたが、どこか他人事のようにも思っていた。
 それが酷く恥ずかしいことだと、今更のように気づく。
「駄目だ」
 こうしている間にも、柚香が命を落とすかもしれない。
 慌てて立ち上がろうとしたところで、息苦しさを感じた。
 またしても喘息発作の予兆だ。
 さっきあったばかりなのに……。
 激しくせき込む。
 発作止めの薬は心臓に負担がかかるため、多用は制限されている。
 なんとか自然におさまらないかと、無理やり呼吸を整えようとしていると、琴音の首筋に誰かの手がかかった。
「なっ」 
 振り返ろうとしたが、抑え込められ、身動きが取れない。
 そのまま床に組敷かれてしまう。
 弧を描いた腕がベッドの足にあたり、痛みに呻く。

「うるさい、うるさぁいっ」
 落ちてくるのは少女の声だった。 
 身をよじり、身体の向きを変える。
 果たして、首を絞めているのはエリだった。
 顔は紅潮し、極度の緊張と恐怖が見て取れる。口元にはあぶくのような唾液。振り乱した長い髪。
 明らかに度を失っている。
「だ、誰か、やばい誰かが来るじゃないっ」
 追い詰められた顔。
 部屋の中で咳をしたとて外に音が漏れることなんてないはずだが、そんな理屈もこの様子では届かない。
 
 エリの両手をがりがりと掻き毟る。
 生への渇望。
 飛びそうになる意識の中、琴音は迫りくる死に抗っていた。死を願っていたはずなのに、抗っていた。
 と、琴音の脳裏に安奈の顔が浮かんだ。
 彼女は死にたいと言っていた。
 彼女に先を越されたら、自分は死ねなくなるかもしれない。
 抵抗の手が緩む。
 ……死ねる。これで、楽になる。
 願う自殺の形ではなく、首を絞められ苦しみの中に放り込まれてはいるが、これで安奈よりも先にプログラムと言う恐怖から逃れられる。
 そう思った頃、騒ぎを聞きつけたのだろう、階段を駆け上がる音がした。
「な、何してるの!」
 津山都の悲鳴のような声。
 その後ろに越智柚香の顔も見れる。
 そして、永井安奈。三者三様、驚いたような顔をしていた。

 息苦しい。
 喘息発作なのか首を絞められているからなのか分からないが、とにかく苦しかった。
 そんな中、柚香が無事であったことにほっと胸をなでおろす。
 ついで、言わなくてはと思った。
 果物に毒が混じっていることを伝えなくてはと。
 エリの肌に爪を立てていた右手を外し、柚香の方へ向ける。
 手が自身に向けられていることに気付いたのか、柚香が眉を寄せる。
「ど、くが……」
 毒入りの可能性を言いそびれ、そのまま伏せ続けてしまった。
 それは、琴音の気弱から生じた罪だ。
 罪は償わなくてはならない。罪は重ねてはいけない。
「ど……」
「うるさい!」
 しかし、エリに邪魔をされてしまう。
 首に掛けられた両手の力が増した。琴音が言葉を発したことでさらに恐怖に駆られたか。
 眼球内の血管が切れたのか、額かどこかを切り血が目に流れ入ったのか、視界が真っ赤に染まる。
「ど、く……」
 必死の思いでメッセージを繰り返す。しかしそれも長くは続かなかった。

 

−吾川琴音死亡 14/32−


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園芸部。結城美夜や木沢希美と親しかった。
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気が強く、佐藤理央と一緒に尾田陽菜をいじめていた。死んだはずの理央の携帯から「みやこにころされた」とメールが入り、動揺している。
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テニス部。理央やエリと親しい。実は黒木優子とも親しかったが、優子は陽菜と親しかったため、理央やエリを警戒し、校内ではあまり仲よくしないようにしていた。
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理央やエリと親しい。空手部。教会のまとめ役。
永井安奈 
死んだ筒井まゆみや重原早苗と親しくしていた。優等生で教師受けがいい。