<吾川琴音>
琴音が教会に併設された家屋の食堂に戻ると、「どうだった?」制服姿の津山都
が尋ねてきた。
美夜のことだ。
無言で首を振って返すと、「そう……残念だったね」慰めてくれたが、どこかほっとしたような素振りが見えた。
まぁ、そんなものだろう。
琴音、都、飯島エリ、越智柚香、永井安奈。
今いる五人だけでも気心が知れているとは言い難い。
これ以上危険な要素は増やしたくないに違いない。
普段、正義感の強い都には好印象を持っていた。
仲間の佐藤理央らが尾田陽菜を苛めるのを「やめなよ」と止めているところも見たことがあった。
まぁ、結局止めることはできなかったようだが、それでも好感はもっていた。
しかし、プログラムとなり仮面が取れたのか、本音と本性が見え隠れしはじめていた。
「ふん、だから声なんてかけるなって言ったんだ」
飯島エリ
が冷たく突き放す。
いっそ、彼女の方が分かりやすい。
エリは洗い髪だった。長いストレートの髪についた水滴をタオルでふき取っている。
シャンプーの香り。
棚の奥からカセットコンロが出てきたので、ずんどうにお湯を沸かしたのだ。
風呂に湯を張るまではしていないが、湯で髪を洗い、身体を拭ける。
「だいたい、結城みたいな暗い奴、仲間になんてしたくない」
エリが苛々とテーブルを指先で小突く。
その音に驚いたのか、エリとは離れた位置に座っていた永井安奈がびくりと肩を上げた。
目に涙が潤んでいる。
「んだよ」
エリが安奈を睨みつける。
安奈は「ご、ごめんなさい」身体を震わせ、「結城さん、様子変だったけど……大丈夫だったの?」続けた。
なんて答えていいのか分からず黙っていると、越智柚香
が「ちょっと混乱しちゃってるみたいだった」とかわりに答えてくれた。
「そか、プログラムだものね……おかしくなっても仕方が無い、か」
「おかしいって程でもなかったよ」
本当は明らかに気が触れてしまっていたが、雰囲気の悪化を避けたいのだろう、柚香が誤魔化す。
しかし、安奈には効果が無かった。
「私たちもいつかはおかしく……」
つるりとした卵型の顔に影を落とし、「そ、そんなことになる前に」途中で口を閉じた。
……そんなことになる前に?
安奈の言葉が胸に刺さる。
……そんなことになる前に、自分でケリを?
息が詰まった。心拍が上がっているのが分かる。
合流して以来ずっと、安奈は悲観的だ。
成績優秀で教師受けもよい彼女だが、優等生タイプは案外精神力が弱いものだ。プログラムの恐怖に押し潰されそうになっているのか。
しかしそれは琴音も同じことだった。震えを抑えるために、両手で自身の身体を抱く。
「うっとうしいな」
エリが顔をしかめ、安奈が顔を伏せた。
気が強いエリが怖いのか、安奈は彼女と常に距離をとっている。
今もテーブルをはさんで対角線上にいた。
「ちっ」
腹立たしそうにエリが舌を打つ。
気が立っているのがよくわかる。ぴくぴくとこめかみのあたりが波打っている。
もともと短気な性格だが、合流した当初から比べても余裕がなくなっていた。
特にここ半日は、見えない何かに追い詰められているかのようだ。
苛立ち紛れか、エリが籠に入れてあったぶどうを一粒取り、口に運ぶ。
これを見た琴音の身体がどきりとこわばった。
籠に入っているぶどうや梨、りんごなどの果物セットは、琴音の支給武器だ。
そのままだと戦力的には外れ武器の範疇だが、付けられていた説明書によると、実はこの中に一つだけ毒が仕込まれているらしい。
何に入っているかは知らされなかったので、琴音にも分からない。
しかし、積極的には食べるようにしていた。
……自殺するため。
喘息持ちで体が弱く、覇気にも欠ける自分のこと。
プログラムで優勝できるとはとても思えなかった。
なら、誰かに殺されるのを待つよりも、自分で幕を引きたい。そのほうが恐怖が少ない。
そう思い、毒が仕込まれているかもしれない果物を口にし続けてきた。
毒入りの可能性は、みなには伏せていた。
最初に言いそびれてしまい、そのあとは言い辛くなり、そのままになってしまっている。
毒で他の選手を蹴落とす。
そんな期待が心のどこかにあることは否定できない。
ただ、積極的に優勝を目指しているわけではなく、むしろ自己リタイアを狙っているのも事実だった。
エリや安奈、他のメンバーが果物を食べるたびに肝を冷やす。
……言わなくちゃ。毒のことを言わなくちゃ。
そう思うが、黙っていたことを責められそうで言い出せなかった。
恐る恐る自分でも食べ、無事だったことを残念に感じながらもどこかほっと胸をなでおろす。
そんな時間をずっと過ごしてきた……。
と、飯島エリの「いい加減にしてよ!」という金切り声で我に返された。
エリは続けて、「もう、やってらんない!」手に持っていたタオルを床にたたきつける。まるで火山の爆発のようだ。
食堂の隅に置かれた燭台の光に、憤怒の表情が映る。
「え、なに?」
惑っていると、エリにきっと睨まれる。
彼女はそのままばたばたと音を立て、食堂から出て行く。
「エリ!」
そのあとを柚香が追い、二人が階段を駆け上がる音が続いた。
二階の寝室にみなの荷物を置いてある。そこにでも向かったのか。
「エリ、柚香っ」
津山都はおろおろとしているだけで何もできないでいる。
これでは説明を求めてもまともに返せないだろう。
仕方なく、部屋の隅に座り込みぐずぐずと泣いている永井安奈に声をかける。
「ごめん、私ぼんやりしてて」
いったい何があったのか尋ねると、「私が、悪いの……」安奈が涙声を返してきた。
「私、また気弱なことを言っちゃって……それで怒らせちゃった、の」
「ああ……」
ややあって、「私、さいてーだね。みんな、明るくしようと頑張ってるのに」安奈が言う。随分自虐的だ。
「そ、そんなことないよ。飯島さんは越智さんが行ってくれたから大丈夫」
「吾川さん……」
潤んだ目で見つめられる。
「私だって怖いもん。永井さんは悪くないよ」
続けて慰めると、「ありがとう……。吾川さんは、優しいね」安奈が泣き笑う。
正直なところ、戸惑っていた。
彼女の様な優等生が頼ってくるとは思っても見なかったのだ。
自分なんかに頼られても。頼りたいのは、むしろ自分だ。普段しっかりしているのだからプログラムでもそのままでいて欲しい。
そんな風に考えてしまうのは、琴音自体に余裕が無いからだろう。
ただ、くすぐったいような感覚もあった。
……私なんかが、永井さんを力づけられるなんて。
少し誇らしく、さらに言えば、優等生の彼女が弱みを見せてくれたことで、気持ちが近くなったような感覚も得る。
弱い者同士、肩を寄せ合う道もあるのかもしれない。
しかし、「ああ、私、死んじゃいたいっ」と安奈の声が続き、胸をつかれる。
浮かびあがろうとしていた何かが沈んでいく。
安奈は、少し前にも自殺をほのめかしていた。
もしかしたら、彼女に先を越されてるかもしれない。先に自殺されてしまうかもしれない。そうなると、死が具体的に身に迫り、尻込みをしてしまうかもしれない。
距離が詰まったように感じていたからだろうか、彼女の言葉が重く響いていた。
結局思考は元の暗闇へ戻り、懸念は焦りとなってしまった。
震える手を果物かごに伸ばし、琴音はみかんをひと房口に運ぶ。
*
10分ほどして、柚香が上階から戻ってきた。
「エリ、大分落ち着いたよ」
優しい口調に、「ほんと? ありがとう」安奈が礼を言う。
「さ、元気出して」
にっと笑う。
柚香だって怖いだろうに、つとめて明るくふるまってくれている。
周囲に気を配り、明るい雰囲気も振りまいてくれている。
教会内が危ういながらも平穏を保っているのは、彼女のおかげだろう。
教会に集まったメンバーを当初束ねていたのは津山都だった。
彼女の指示で、狂気になりそうな刃物や銃器は食堂の床下収納に仕舞ったりもした。
が、今事実上のリーダーは柚香だった。
正義感が強く頼りがいがあった都にはもともと好印象を持っていたが、プログラムからこっち、正直なところ失望することが多い。
逆に、琴音の中での柚香評は上向きだった。
少しの間の後、「お湯、次は吾川だよね」柚香が言ってくれる。
くじで決めた順番に湯を使っており、次が琴音の番だった。
「ありがと」
二階の寝室へ、着替えを取りに上がる。
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