OBR1 −変化−


060 2011年10月02日02時30分 


<藤谷龍二> 


 木沢希美とは小学校区は違うが、中学三年間クラスが同じだった。
 龍二は女子生徒と積極的に話すタイプではないが、女の子自体が苦手と言うわけでもない。三年一緒だとさすがに多少は話すようになっていた。
 だからだろう、三年になってすぐ、希美から部活が同じ中村靖史のことで相談を受けた。
 今ちょっと気になっているから色々教えてほしいと。
 結局、龍二が仲立ちする形で希美と靖史は親しくなり、交際に至った。
 それ以来うまくやっているようだ。
 これに関しては、負の感情が湧かないわけでもない。
 靖史とは腹を割った関係ではないが、その穏やかさ、実直さには好感を持っていた。靖史も目立つ生徒ではなかったので、一緒にいて気後れすることも無かった。
 その靖史に一歩先を行かれたようで悔しかったし、自分にはいつ彼女ができるのだろうと憂うこともあったが、まぁ仕方のないことだ。

 希美も地味な女の子だったが、靖史と交際してから輝きを増している。女は恋をすると変わる。よく聞くフレーズだが、確かにそうなのだろう。
 また、きっかけがきっかけだけに、彼女からの恋愛相談は続いていた。
 靖史はもちろん交際相手にも優しいようだが、心の内は明かしてくれないらしい。
 希美は彼の気持ちが見えにくいとよくこぼしていた。
 ただそれは、龍二も同じだった。
 靖史のパーソナルデータ自体は良く知っている。
 両親は写真館を経営しており、その関係で写真に興味を持った。
 その腕前はなかなかのもので、コンクールで入賞したこともある。
 勉強も運動もそれなりにできる。
 歳の離れた姉が一人。牛乳が苦手。
 好きなアイドル、好きなミュージシャン。好きなドラマ、本、漫画。
 だけど、彼が何にたいして心が震え、喜び、怒りを感じるのかは分からない。
 一度、希美から靖史が何に怒るか聞かれたこともあったが、答えられなかった。
 考えてみれば、部活でもクラスでもほとんど一緒にいるのに、靖史が怒っているところ、何かに文句を言っているところ、愚痴を言っているところを見たことがない。 
 穏やかなのはいいことだが、人間味がないと言えばない。

 まぁそれでも彼女は幸せそうだった。 
 その希美が、血だまりの中で横たわっていた。
「だ、大丈夫?」
 思わず声をかけるが、反応はない。
 腹部を刺され苦しいはずなのに、魂が抜けたようになっている。
 ……いったい何が。
 問いかける前に、何があったのか察しがついた。
 彼女の衣類は乱れ、上着が脱がされている。
 小島昴が彼女を襲ったのか。そこには性的な暴力もあったのだろう。
 また、プログラムでは良くあることのかもしれないとも思った。
 プログラムにおいて少女たちは命だけでなく操も危険にさらされる。

「そのダイバーズナイフ、俺の支給武器なんだ」
 昴が顔をしかめる。「脅かすだけのつもりだったんだが、こいつ、暴れてさ。はずみで刺しちまった」嘘には聞こえなかった。
「まぁ、プログラムだしな。仕方ないだろう」
 そう言って肩をすくめる。
 震えや後悔は見えなかった。
 本気でそう思っているのだろうか。
 多少の動揺はあるようで、涼しい海辺にいるのに額に汗はかいていたが……。
「それよりも、ほら。ご褒美だ」
「え?」
 さっきから何度か言ってくるフレーズだが、何のことなのか。
「この女やるよ。やっちまぇ」
「ええっ」
 驚き、軽く仰け反る。
 嫌だと言おうとしたが、「あ? 藤谷?」乱暴に名を呼ばれ、身体が硬直した。



 十分後、龍二は希美のカッターシャツを脱がせていた。
 ナイフを引き抜くと出血が増え、気が動転したが、「続けろ」と指示され手を止めることができなかった。
 嫌でたまらなかったが、昴に銃を突きつけられており、拒否できない。
 希美は希美で抗う力は残っていないようだ。
 力なくされるがままになっている。
 胸が痛む。しかし、その胸のどこかに微かなざわめきは感じていた。
 下着をずらしあげ、乳房をあらわにする。
 どきりと脈が上がった。荒い呼吸は何のせいか。
 さすがに股間が起立することはなかったが、性的興奮を得ているという自覚はあり、自己嫌悪に襲われる。
 恐る恐る希美の乳房に手を伸ばし、その感触を確かめる。
「ああ……」
 俺は、なんてことをやってるんだ。
 自責。しかし、その悔みは「相変わらず、自分を誤魔化してやがるな」昴によって砕かれる。
「え?」
 顔を上げると、昴がにやにやと笑っていた。

「お前、強制されてると思ってるだろ」
「小島……くん?」
 実際そうではないか。
「違う。お前はやりたいから、こんな酷いことをやってるんだ」 
 わざとだろう、昴は酷いことと言った。
「ち、違う」
 思わず否定するが「違わない」すっぱりと切られる。
「違わない。俺は命令はしたが、嫌だと言いたきゃ言えたはずだ。逃げたきゃ逃げりゃよかったはずだ。だけど、お前はそうしなかった。それは、お前がレイプを望んだってことさ」
「違う!」
 声を荒げるが、昴は蔑んでみてくるだけだった。
「前から言おうと思ってたんだが、お前、勘違いしてないか? 万引きだって、盗撮だって、お前がやったんだぞ。西沢の靴を隠したのも、お前だ」
「だって、それは……小島くんが」
「さっきから言ってるだろ? 拒否したきゃできたはずなんだ。最初からそうだ。お前の初めての万引き? ……初めてだかどうだか怪しいもんだが。まぁ、その万引きだって、別に写真をとったわけじゃないから、とぼけることもできた。……とにかく、実際にやったのはお前だ」
「ち、ちが……」
 もう違うとは言い切れなかった。

 充分な心理的ダメージを与えたことは分かったのだろう、昴は満足げに笑った。
 そして、「もひとつ教えてやろうか? 俺は木沢をレイプしてない。木沢が着替えようとしたところに通りかかって、もめただけだ」さらに追撃。
「そ、そんな……」
 目の前がくらくらとした。
「お前が、やった、んだ」
 一言一言区切り、「流されやすい奴って、みんなこうだなよな。誰かに誘われたから、言われたからって、人のせいにしやがって。誤魔化しやがって。ばっかじゃねぇの?」乱暴に唾を吐く。
 彼の苛立ちが感じられた。
 突きつけられる現実。
 否定は返しているが、それが事実だと思ってしまうのもまた彼に流されているのだろうか。
 
 遅れて、罠にはめられたのだと思った。
 希美をレイプさせること自体が目的ではなく、この時間を持つことが目的だったのだろう。
 これまでの万引きや盗撮の強要と同じだ。
 それは、希美ではなく、龍二を精神的にいたぶるためだ。
「ど、どうして?」
 どうして、俺を追い詰める?
 心の中を読まれたのか、昴が「決まってるだろ。お前のそーいうところがむかつくからだ」答えた。
 なんでそこまで。
 龍二の眼に涙がにじむ。
 恐怖とは違う感情で、身体が震えた。

 
 突然、頭上で誰かの悲鳴がした。
 この辺りは、急斜面の下に広がる海岸線だ。悲鳴はその斜面の上からした。
 驚き、見上げると、小柄な少年の姿が見えた。
 彼が斜面を滑り降りてくる。ほとんど崖に近い形状なので、飛び降りたと言ってもいいのかもしれない。
 高さ20メートルほど。
「危ないっ」
 思わず目を瞑る。
 ざざざっと土を切る音の後、どんっと落下音。
 恐る恐る目を開けると、中村靖史が立っていた。
「藤谷いっ」
 怒声を上げ、駆けよってくる。
 やはり降りた時に痛めたのだろう、右足を引きずっている。

 靖史は勢いそのまま掴みかかってきた。
「お前、なんてことを!」
 顔面は紅潮し、目がつり上がっている。
 これが怒り心頭に発するというのだろうか、こめかみの血管が膨れ上がりぴくぴくと波打っている。憤り、殺気立っていた。
「ち、違う」
 また否定の台詞を出したが、言葉はうつろだった。
 実際、希美の服を脱がせ、乳房に手をやったのは龍二自身だ。
 昴の言明が真実であったと嫌でも知らされる。

 やがて、靖史が怒っていることに気づく。
 ……中村が、怒ってる?
 いつも穏やかな靖史とは思えない表情だ。掴みかかられ、激しく揺さぶられながら、龍二はそのことに驚いていた。
「中村っ」
 少し離れたところで彼の名を呼ぶ男子生徒の声がする。
 見上げると、斜面の上に野崎一也と羽村京子の姿があった。
 さすがに靖史と同じルートは取れないのだろう、「あっちから降りれそうだ!」京子の声が続く。
 迂回のため、二人の姿が消える。
「めんどくせぇことになってきたな」
 背後で昴が舌を打った。
 続いて、撃発音。
 中村靖史の胸元に赤い穴が開き、彼が仰け反った。
 そのまま、ぐらりと揺れ、倒れる。赤い血が周囲に飛沫した。
「え?」
 振り返ると同時、銃発が続く。
 今度は逸れ、すぐそばの地面で石が跳ねた。
 さらに一発。
 龍二のわき腹に命中する。
 悲鳴を上げたところに、さらに数発。至近距離から撃ち込まれる。

 どうと、靖史の横に横倒しになった。
 すでに彼の血があたりに赤い池をつくっており、ばしゃりと跳ねた。
 まずいことに、痛みは感じない。
 ぼんやりと目の前の景色を見やるが、急速に視界が濁り、それも叶わなくなる。
 差し迫る死。呆気ない死。
 それもまた、流されての結果なのかもしれなかった。


 
−藤谷龍二死亡 17/32−


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