OBR1 −変化−


058 2011年10月02日01時30分 


<野崎一也> 


 まじまじと彼女を見つめる。
 身体と制服にしみついた煙草の匂い。
 一也と変わらない、女子生徒としては高い身長、がっしりとした体格。
 肩をこえる髪には茶色い染色が入っており、首のあたりからウェーブがかかっている。
 パーツパーツのはっきりとしたきつい顔立ち。黒縁めがねの奥の眼光が鋭い。
 それは、羽村京子だった。
 死んだ楠悠一郎や木多ミノルなど、素行の悪い生徒の一人だ。気が強く、プログラムの説明時も鬼塚教官に食ってかかったりもしていた。
「京ちゃん」
 思わず、昔の呼び方をしてしまった。
「なんだよ、カズ」
 京子は苦笑いを浮かべ、返してくる。
「京ちゃん? カズ?」
 靖史が藪の中で目を丸くしている。「羽村と野崎って仲良かったっけ」続く質問。
「ああ……」
「うちら、家が近いんだ」
 京子が説明してくれるが、言葉足らずで、「そ、そう?」靖史がきょとんとする。
 家が近いからといって親しいとは限らないだろう。
 品行方正とは言わないまでもごく普通の生活態度の一也と、いわゆる不良娘の羽村京子の接点の説明としては弱い。
 靖史の顔から疑問符が消えないので、説明の継穂を入れる。
 小学校時代、近所の同世代の子どもたちで一緒に遊ぶことが多かった。
 それで、小さなころは彼女と親しくしていたのだ。
 そのあたりを話すと、「なるほど」靖史がやっと得心する。
 
「相変わらず、大胆だな」
 一也が苦笑していると「褒め言葉と取っておく」京子ががっしりとした肩をすくめる。
 彼女は昔からそうだった。
 気が強く、豪放。
 自然、子どもたちの中心にもなっていた。
 ガキ大将。女児に与えられるには不釣り合いかもしれないが、当時の羽村京子を言い表すにはこれほど的確なフレーズはない。
 ただ、女の子としては乱暴だったが、決して荒れていたわけではない。
 しかし、中学に入ってから悪い仲間……楠悠一郎らのことだ……を作ってしまった。そして、生活は乱れ、親や教師を困らせた。一也はごく一般的な学生生活を送っていたので、住む世界が変わり次第に疎遠になった。
 靖史は一也たちと小学校区が違うので、幼いころ二人が親しくしていたことを知らない。親しげに話す二人を疑問に思うのも当然のことだった。

「タカ、死んじまったな」静かに京子が話を変えた。
「ああ……」
 小学校時代、彼女は高志とも親しくしていた。その死は彼女にも響いて届いていることだろう。
「楠も」
 悠一郎の話を出すと、京子はふんと鼻を鳴らし「どうせ、馬鹿な死に方したんだろうよ」突き放したような言い方をする。
 そして、「さ、早くここから離れよう。藤谷が戻ってくるかもしれない」続けた。 



 近くに があり、とりあえずそこに落ち着くことにした。
 川べりは膨らむようにカーブしており、細かな砂利がたまった河原になっている。
 両側は10メートルほどの崖になっており、方々からでたらめな方向に灌木が飛び出していた。夜の水辺はどこか幻想的だった。水に濡れた苔むした岩。流れる水音。水面はきらきらと月の光を返している。
「脱ぎな」
 京子に命令され、ぎょっと身体をこわばらせる。
「別にとって食いやしないよ」
 かかかと豪快に笑い、ディバッグから医療キッドを取り出した。
 肩の傷を診てくれるのか。
 この迫力では文字通り食われそうだと思いながら、上着を脱ぐ。
 龍二に撃たれた傷が痛み、顔をしかめた。
「凄い、血」
 靖史が目を丸くするが、京子はちらと見ただけで「掠っただけだな、大丈夫」鼻で笑った。
 沢の水で傷口を洗い、消毒、包帯を巻いてくれる。
「手際いいな」
「当たり前だろ、アタシを誰だと思ってるんだ。怪我なんて見慣れてるし、慣れてる」
 学校いちの不良娘が胸を張り、眼鏡をくいとあげる。
 と、ここで気づいた。
「京ちゃん、眼鏡だっけ」
「普段はコンタクト。家用のを政府が入れてくれたみたいだが……これ、度があってないンだよな。あんま見えない」
「おいおい」
 先ほどの射撃はそんな状態で行われたのかと、再び肝を冷やす。

「さ、これで終いだ」
 処置を終えた彼女がぱんと背中を叩いてくる。
「貧弱な身体だな。やっぱ、男は体力だよ」
「ほっとけ」
 服を着直し、情報交換をする。 
 京子は他の選手とまともにやりあったのは今回が初めてだそうだ。
 あくまでもその弁を信じればという前提だが、とすればまだ誰も殺していないということだ。彼女に気取られないよう気をつけながら、安堵の息をもらす。
 少し前、この近くで小島昴こじま・すばる(場面としては未登場)を見かけたが、距離があったため会話はなかったらしい。
 一也が安東涼を見かけたときと同じような感じだったのだろう。
 小島昴は地味な男子生徒だ。一也はほとんど話したことが無かった。
 一也は一也で筒井まゆみの亡骸を診療所で見つけた話などをすると、京子の表情が曇った。
「そう、か。殺しても死なないと思ってたんだけどな」
 まゆみは一時、楠悠一郎や京子らと悪さをしていた。
 彼女たちがどのような関係を築いていたかは分からないが、この様子を見る限り、決して険悪ではなかったようだ。
「筒井、グループを抜けるときに、楠と色々あってさ。あいつ、女でも容赦しないから、殴られたりしてたんだけど……。でも、へこたれなかった」
 懐かしむように言う。
 どこか認めていた風だ。

 ややあって、「さ、これからどうする?」京子が話を変えた。
「ん?」
「今は行きがかり上一緒にいるだけだけど、ぶっちゃけ、アタシはあんたらと組んでもいいと思ってる」
「ああ……」
 これからも行動を共にするかという話だろう。
「アタシ、馬鹿だからよく分からないンだけどさ、その方が生き残る目が広がる気がする」
「まぁ、な」
「ああ、一応言っておくけど、最終的にはゲームに乗るからな。人数がある程度減るまではってこと」
 あっさりと宣言され、「は?」目を剥く。
「誰だって死にたくないだろ。アタシだって死にたくない。だから、最終的には乗る。ただ、最初から動き回るのは体力的にキツイだろ。眠るときの見張りも欲しいし。でも人数が減ったら……そうだな、残り7,8人になったら、にしようか。残り、7,8人になったら、アタシ、乗るからね。そんときは、カズだろうが誰だろうが容赦しない」
 そう言って、きゅっと口を結ぶ。強い意志を感じる。
 本気だと分かった。
 子ども時代の京子は、こうと決めたら曲げない性格だった。犠牲も厭わない。
 それは今でも変わらないようだ。 
「もちろん、さっきみたいな場合は、タイミング関係なくやる」
 藤谷龍二とのことを言い、「プログラム。殺し合うのはお互い様。恨みっこなしだ。でも、騙し合いはアタシの趣味じゃない。だから、あらかじめ言っておく」口をへの字に曲げる。
「……京ちゃんらしいや」
 どこまでも豪快な彼女に、苦笑いを向ける。
 すぐそばの岩に座る靖史は、何か不思議な生き物を見るようにしている。
 遅れて、こんな考え方もあったのかと、目からうろこが落ちる。彼女の様に割り切れたほうが気が楽なのかもしれないとも思った。
 事の是非はともかくとして、さっぱりとした物言いは好感に値した。

 ここで、「みんな、強いな」靖史がぽつりと言った。
「中村?」
「こんなこと堂々と言える羽村も、仲間ンとこに行こうと決めた野崎も、強い」
「いや……」
 確かに多少強くはなれた気はするが、京子と並列で語られるとそれはそれで違うようにも思い、ぽりぽりと頭を掻く。
「俺も、そうするよ」
 そう言って、靖史は彼の携帯電話を前に出してきた。
 メールが開かれている。
 読ませてもらうと、木沢希美からだった。『来ないの?』とだけ書かれている。
 ひとつ前の通話許可時間に届いていたようだ。
「これ、マックス怒ってる」
 やや壊れた言葉づかいで、嬉しそうに顔をしかめる。
 希美には大人しいイメージしかなかったが、彼が言うにはなかなか気が強く、怒りっぽいそうだ。
 そして、何事も受け入れ諦めてしまう自身のことを振り返り、きちんと怒れるようになりたいとも語っていた。
 それは、自己主張できるようになりたいということだろうか。

「待ってる人がいるやつは、幸せだ」
 ぽつり、京子が言う。
 彼女らしからぬ台詞に、まじまじと見つめてしまった。
 視線に気づいた京子はふいと顔を横に向ける。もしかしたら、死んだ楠悠一郎のことを考えているのかもしれない。二人は交際していた。先ほどは突き放したようなことを言っていたが、それなりの思いはあるに違いない。
 乱暴で素行が悪く、伝え聞くエピソードにもろくなものがなかったが、良い一面もあったのだろうか。
 人は多面体だ。悪い面だけの人間なんていない。
 まだ15歳と人生経験の少ない一也にも、それは分かる。

 遅れて、昔の彼女はこんな何かを悟ったようなことは言わなかったと思った。
 みんな、少しずつ変化しているんだなとも思う。
 少しずつ大人になっているのだと。
 そして、「ああ、だからか」と一人頷いた。
 だから、プログラムは罪深いのだ。みなが当たり前に享受する変化と言う事象を、無慈悲な死で止めてしまうから。


 
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野崎一也
同性愛者であることを隠している。ひそかに矢田啓太郎に恋慕を抱いていた。