OBR1 −変化−


056 2011年10月02日01時00分 


<安東涼> 


 ここで、ふと思いついたことがあった。
「野崎は?」
「え?」
 反問が返ってくる。
 野崎一也は啓太郎と連絡をとろうとしているようだ。
 啓太郎と涼が合流して早々の通信許可時間に電話をかけてきていた。
 その後は、筒井まゆみとのことがあって虚脱、憔悴した啓太郎が電信を無視する形になってしまっていた。
 今回啓太郎からメールを送られ、野崎一也は野崎一也で喜んでいるに違いない。
 他人とのかかわりを極力切ってきた涼には、そのような友人がいない。
 彼らのやり取りは滑稽に感じるが、羨ましくもあった。 
「数時間おきに30秒しかない通話許可時間をお前のために使ってくれたんだ。それって、野崎の中でお前が一番ってことだろ」
 多少の嫉妬を込め、言う。
 これに、啓太郎は虚を突かれたような顔をする。
「いや、だって、あれは、高志が……もう、死んじゃってるから……。高志が生きてたらきっと僕じゃなく……」
 どもり、否定的なことを言うが、やがて彼の口元がほころぶ。
「ああ、でも、そうか。一也は、僕を選んで連絡してくれてるん、だ」
 大切そうにゆっくりと話し、「ありがと」礼を言ってくる。
「いや、こっちも」
 返すと、「え?」啓太郎がきょとんとした顔をした。
「なんでもない」
 軽く頭を振り、涼は話を切った。

 ……ありがとう。
 口に出すのは照れくさかったので、心の中できちんと礼を言う。
 オレは、誰かの大切な存在になれていた。オレは一人じゃなかった。大切なことに気がつかせてくれて、ありがとう。
 勿論、弟の佑介は大事に思ってくれているだろう。
 だけど、肉親のことだし、涼からしてみれば保護すべき相手としての印象が強い。
 そんな中、大塚恵とのことを思い出させてくれた。
 冷めきった心を温めてくれた。
 それは感謝に値する投げかけだった。
 また、あらためて恵に悪かったと思った。
 さぞかし詰まらない交際期間だったろう。
 せっかく近寄って来てくれたのだ。もっと温かみのある関係を築けばよかった。そんな風にも思う。

 と、涼はひゅっと息を呑んだ。
 心拍が増し、身体が震える。
 ……殺さなくてはならないのに。矢田も殺さなくては、生き残ることができないのに。……こんな状態で、オレは矢田を殺せるのか?
 合流はあくまでも打算からだった。
 終始一人で動くことに不安を感じ、とりあえずの見張り役として引き入れただけだった。
 ある程度参加選手が減ったら殺すつもりでいた。
 だけど今、涼の中に確かな迷いが生じていた。それは忌々しきことだった。

 また、この十数分間の思考や行動にも惑う。
 西沢海斗の殺害を見られたと肝を冷やすことなんてなかったのだ。不審がられる危険を押してまで、彼の不在を誤魔化すことなんてなかったのだ。
 リスクがあるのなら、殺せばいいだけの話だった。
 最後の一人になるために、リスクを抑えるために、矢田啓太郎を殺した。これはプログラムだから、仕方が無い。
 自分への言いわけもたつ。
 なのに、殺さなかった。
 そもそも、啓太郎を手放しで信用している自分に驚く。
 それはプログラムと言う現状、ありえないことだった。啓太郎との同行を決めたのも、見張りの必要性と誰かと一緒に動くリスクを秤にかけたうえでのことだった。
 なのに……。
 気持ちの変化に戸惑い、憂う。

「こんなじゃ、駄目だ」
 確実に生き抜くためには、マイナス要因は排除しなくてはいけない。
 啓太郎に気づかれないよう、小声で決意を落とし、支給のサブマシンガンを引き寄せた。
 後は、構え、引き金に力を込めるだけだ。それでリスクは回避される。
 ……さぁ。
 後押しをするかのように自分を叱咤する。
 啓太郎と言えば、涼の葛藤に気づいているのかいないのか、背を見せ、自身のディバッグを何やら探っている。
 ごくり、唾液を喉に落とし込み、涼はサブマシンガンの銃口をその背に向ける。

 しかし、その手はすぐに下げられた。
 銃を脇に置き直し、ふっと息をつく。
 やがて、向き戻った啓太郎が「どうかしたの?」訊いてくるが、涼は曖昧に首を振ることしかできなかった。


 
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安東涼 
積極的にプログラムに乗っている。生涯補償金を得、官営孤児院にいる弟と一緒に暮らしたい。
矢田啓太郎
 
バスケットボール部。野崎一也らと親しい。