OBR1 −変化−


051 2011年10月02日00時30分 


<西沢海斗> 


 雑木林
の中、放送を聞き終えた西沢海斗にしざわ・かいとは荒く息を落とした。
 右腕を上げ、政府支給の腕時計を眺める。午後0時過ぎであることがデジタル表示から分かる。
 腕時計の画面は焼け焦げ、半ば溶けかかっているため見にくい。
 また、クヌギやコナラなどの樹木が月の光をさえぎり、周囲のほとんどは闇に包まれている。
 リリリ……近くの藪の中から、虫の音が聞こえた。
 今は枝葉の影となり見えないが、今夜は満月だ。涼やかな秋風があたりを撫でていく。
 プログラムでなければ、風情ある情景と言えた。

 
 数時間前、吉野大輝の手榴弾による無理心中に巻き込まれた。
 その際、腕や頬など身体のあちこちに火傷を負った。さらりと流していた髪も一部焼け焦げてしまっている。腕時計の損傷もこのときだ。
 焼かれた身体は熱を持ち、やたらと喉が渇いた。
 感染症か何かを起こしているのかもしれない。
 ペットボトルに口をつけ、水を飲む。
 喉も多少焼けたのだろう、ひりひりと痛み、顔をしかめた。

 ただ幸いなことに、重傷は免れていた。
 それは、友人の加賀山陽平がその巨体を使って庇ってくれたからだった。
 陽平は……死んだ。その場にはやはり親しくしていた但馬亜矢もいたが、彼女もまた即死だった。そして、吉野大輝も。
 周りを巻き込んでの死を選んだ大輝の心理は分からないし、分かりたくもなかった。
 また、分かることで非常に嫌な気持ちになる予感もあった。
 大輝とは普段から上手く行っておらず、よく嫌味や当てこすりを言われていた。
 勉強や運動ができ、容姿に優れる海斗に嫉妬の目が向けられることはしばしばだったが、彼ほどあからさまな者はいなかった。
 嫉妬と言う意味では、木多ミノル(死亡)や小島すばる (場面としては未登場)など他のクラスメイトからも時折受けていたが、彼らは争っては来なかったので、無視していれば事が済んだ。
 大輝は何かにつけ競ってき、正直辟易していたものだ。
「チクショウ」
 爪を噛む。
 死にたいのなら、一人で死ねばよかったのだ。
 巻き込まれた陽平や亜矢のことを思うと、やり切れなかった。

「よう、へい」
 友の名を口に出す。胸が詰まり、瞳が潤んだ。
 加賀山陽平と親しくなったのは二年からなので、比較的新しい友人だ。
 付き合いの期間で言えば、同じバスケットボール部の矢田啓太郎や三井田政信の方が長い。特に政信とは小学校以来だ。
 部活仲間と一緒にいるのはもちろん楽しいし、政信と遊び歩くのも楽しい。
 だけど、最近の海斗がよく一緒にいたのは陽平だった。

 陽平とは趣味の映画が縁で親しくなった。
 海斗は映画が好きでよく観に行っているし、グッズの類もたくさん集めている。
 不動産業で成功を収めている父親から多分に小遣いを与えられていたので、『軍資金』には事欠かなかった。
 母親は身体が弱く、海斗を生んでほどなくして病死している。生活の面倒は家政婦に見てもらってきた。
 海斗には母親の記憶はない。
 父親はその後再婚しなかったので、ずっと父子家庭だ。
 ただ、その繋がりはごく薄かった。もっと言えば、海斗は父親のことを嫌っていた。 
 毎晩のように飲み歩き膨れ上がった醜悪な身体。
 金ぴかの貴金属で自身を飾り立てる下品さ。
 成功者であることに酔いしれ、周囲を見下げる傲慢な態度。
 海斗は、その全てに不快感を抱いていた。
 しかし、その庇護からは出ようとしない自分に矛盾も感じていた。
 父親に反発しているのに、その金は受け取り、中学生身分に不相応な使い方をする。  
 それは、海斗の矛盾であり、狡さだ。
 反発心と行動の不一致は良く分かっていたが、認めたくない気持ちもあり、あまり考えないようにしてきた。
 
  
 比べて陽平は一般のサラリーマン家庭だ。
 当然小遣いも一般中学生並みしか貰っていなかった。
 サービスデイや割引チケットを利用して、月に1、2度のペースで劇場に足を運んでいる様子だった。
 本当はもっと観に行きたかったようだが、とても金が足りないので、行けなかった映画はDVDのレンタルで我慢していた。
 グッズの収集など、とても考えられないような懐事情だったようだ。
 親しくなりたての頃、海斗のコレクションに目を輝かせている陽平に、「映画、おごろうか?」「欲しいのあったら、あげるよ」と声をかけたことがある。
 金銭的に優位に立ちたかったわけでも、彼を下に見ていたわけでない。
 決して悪気はなかった。海斗なりの親切心、友情のあらわれだった。
 今となっては、思慮に欠けた誘いだったと思うが、そのときは分かっていなかった。
 陽平だって、海斗のことを羨ましく思っていなかったはわけがないのだ。
 彼は勉強も運動も苦手だった。
 横にも縦にも大きな身体にコンプレックスも持っていたようだった。 
 能力や容姿、環境……少なくとも物質的には……に恵まれた友人に、屈折した思いをそれなりに抱いていたはずだった。 
 あの誘いは彼にとって残酷なものだったのだと、彼のプライドを傷つけたのだと、今は分かる。
 だが、陽平は不快感は見せず、角が立たないよう断って来た。
 
 妬みや嫉みを抑え込むことができる。
 それは、陽平の強さだ。
 また、彼は中学生としての身の丈を知っており、海斗の金満に追従するのは決していいことではないことも知っていた。
 いつだったか、「僕、バイトOKな高校に行って、そのお金を映画に使うんだ」と穏やかに笑ってもいた。
 第五中学校では、特段の理由がなければアルバイトは禁止されている。
 あれは、陽平なりのささやかな夢、思い描く未来の姿だったのだろう。

 ごく自然な態度で陽平は、中学生身分の金銭感覚を突きつけてきた。
 海斗にとって幸いだったのは、資質の根っこの部分が素直だったことだろう。放蕩息子となる条件はそろっていたのに、金銭感覚以外はごく普通の中学生としてのバランスを保っていた。
 ただし、人は恵まれすぎると腐る。
 何かの映画に出てきた登場人物の台詞だ。
 陽平と知り合う前に見ていた映画だったが、そのときはその台詞を気にも留めていなかった。
 彼と触れ合い、幾らかの大人になった今、台詞の意味が身にしみる。
 また、非常に危なかったのだとも思う。
 若いころから金を持つとろくな大人にならない。
 あのまま高校生となり、成人していたら、金銭に限られていた狂った感覚が他の部分にも及び、愚鈍で高慢な、いわゆる『金持ちのどら息子』になっていたかもしれない。  
  
 
 そんな陽平に庇われ、生き延びた。
 その事実が海斗の胸を引き裂く。苦しくて苦しくて、息が詰まる。
 また、死に際の彼は、なぜだか海斗に礼の言葉を向けてきていた。
 ……逆なのに。
 礼を言わなくちゃいけなかったのは、俺のほうだったのに。
 ぼろぼろと涙が零れる。嗚咽も漏れた。
 穏やかに笑う彼の姿をもう見ることができないのだと思うと、悲しくてたまらなかった。

 野本眞姫まき、但馬亜矢、加賀山陽平。
 親しくしていた友人たちが次々と失われていく。
 海斗とて大東亜共和国の中学三年生だ。プログラムに対する不安感や恐怖感は、巻き込まれる以前から持っていた。
 しかし、実際に体験するプログラムの苛酷さは想像以上だった。
 一刻も早く、この場から逃げ出したい。
 支給武器の千枚通しをぎゅっと握りしめる。その手は小刻みに震えていた。



 
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西沢海斗 
バスケットボール部。同じ部活の矢田啓太郎や三井田政信のほか、加賀山陽平と親しかった。児童公園にて、吉野大輝の無理心中に巻き込まれた。