OBR1 −変化−


050 2011年10月01日22時30分 


<三井田政信> 


「木多、お前……」
 未舗装の
森林道に横たわる木多ミノルの亡骸を見下ろし、三井田政信は目を見開く。
 どきどきと胸が鳴っていた。
 息を整え、彼が飛び出してきた藪の中を調べると、ボウガンの本体が地面に置かれていた。本体からはピアノ線が延びている。
 ピアノ線のラインを踏むと矢が発射される仕組みだったようだ。
 鉄製の矢はミノルの体を貫通し、すぐ近くの樹木に突き刺さっていた。
  
 どうやら、木多ミノルに命を救われたらしい。
 訳が分からなかった。
 ミノルとは普段接点が無かった。
 彼に命をかけてまで救われるような理由が見当たらない。また、政信のミノルのイメージは、楠悠一郎の威を借る狐でしかなかった。
 自らの犠牲を厭わず誰かを救うような質だったとは、とても思えなかった。
 ミノルのディバッグを探り、その中からボウガンの説明書を見つけ、眉を上げる。
「自分で仕掛けた罠に掛かったってことか?」
 獲物がかかろうとしてたのに? その獲物を助けて?
 少し、惑う。

 一度深呼吸をし、樹木から矢を引き抜く。
「これにやられてたら……痛かっただろうな」
 他人事のように呟く。
 矢を握った手は、微塵も震えていなかった。
 引き抜いた矢を地面に投げ、よし、と頷く。
 突然の出来事でさすがに肝を冷やしたが、普段の自分を取り戻せたようだ。
 疲労感もほとんどなかった。
 バスケットボール部、運動部に所属しているとはいえ、それほど真面目に練習には出ていなかったし、喫煙もしているので、運動能力はともかくとして体力にはそれほど自信はない。
 その政信に疲労感が少ないのは、よく休んでいるからだった。
 他の選手が急襲者を恐れ、眠れない夜を過ごしている間も、政信はしっかりと休息をとっていた。
 その間に襲われたら? 
 もちろん、不安はある。
 しかし、ぽりぽりと頬を掻きながら、政信は笑みを浮かべるのだ。
 ……そンときは、そンときっしょ。
 思うのは、「出来るだけ痛くなく殺してほしいな」ということだけだった。
 痛くなく、それとは分からず死ねるのなら、それはそれでいいのかもしれない。そうも、考える。
 
 政信は、プログラムにさほどの現実味を感じていなかった。
 死を恐れずに休むこともできた。
 現実味のなさは今に始まったことではない。政信はこれまでの人生に臨場感や生々しさを持ったことがなかった。
 理由は分からない。
 特殊な環境で育ったわけではない。特殊な経験があるわけでもない。
 ごく一般的な家庭に生まれ、ごく一般的に中学三年生までの人生を歩んできた。
 だけど、そこにリアルはなかった。
 あるのは、舞台に立っているような感覚。
 台本を渡され、演者として他人の人生を演じているような、そんな感覚。

 だから、適当でいられた。
 奔放に振舞い、西沢海斗や矢田啓太郎など部活の仲間に迷惑をかけても、野本眞姫まき や飯島エリなど多数の女と浮名を流し、傷つけても……実は、眞姫の友人の但馬亜矢ともいっとき関係があった……平気でいられた。
 それはプログラムに巻き込まれてからも変わらず、黒木優子にショットガンを向けたときも、人を殺す恐怖心はなかった。
 優子に「現実味が無い」と語ったが、それは嘘ではなかった。
 彼女は政信の緩い態度に半ば呆れていたが、そんな風にいられるのも、その非現実感からだ。
 緩く、適当。
 プログラムに乗ろうと考えたのにも、理由はない。
 別に、誰かと一緒に恐怖を舐めあってもよかった。 
 誰かを守り、過ごしてもよかった。
 その事由を問われたのならば、「そういう台本を選んだから」としか答えようがなかった。
 野本眞姫と坂持国生が政信がどんなふうにプログラムに向き合っていても違和感が無い、その場の気分で行動を変えそうだと話していたが、非常に的を射た見解だったと言える。

 プログラムに巻き込まれた可哀想な中学三年生。
 生き残るためにゲームに乗った少年。
 そこに恐怖はあっても、台本上の感情でしかない。
 だから、平心でいられた。
 ただ、懸念はあった。 
 現実感を得てしまうこと。 
 黒木優子に向けたショットガンの銃口を結局は下げ、草刈り鎌に持ち替えたのも、その危惧ゆえだ。
 極力綺麗な死体を作ることで、死の生々しさから逃れようとしたのだ。
 この心理は、優子に正直に話した。
 そのほうがより普段の自分らしいと思ったからだ。

 適当。不真面目で、いい加減。飄々ひょうひょう としている。マイペース。
 この台本を、政信は気に入っていた。


 ふと思い立ち、木多ミノルの亡骸に手を合わせる。
 森林道に血だまりを作り、横たわるミノル。
 彼はトラップを仕掛け、そして政信を救った。
 その心理は良く分からない。また、今際の台詞として「お前のせいだぞ」とも言っていた。ますます分からない。
 その死に顔がどこか満足げなのも分からない。
 ただ、強烈な印象は残っていた。

 そして、なぜだか、その姿に野本眞姫の姿が重なって見えた。
 彼女はすでに死んだようだ。定期放送の死亡者リストに挙がっていた。
 誰に殺されたのかは分からない。
 それほど真剣な付き合いではなかったとはいえ、交際関係にあった女だ。その死はやはり悲しい。……眞姫を殺したのは木多ミノルだったが、それは政信の預かり知らぬ話だった。
「本当に?」
 遅れて、自分に問う。「本当に、悲しい?」この感情も台本なのではないだろうか。
「それは……嫌だな」
 呟く。
 木多ミノルの行動に驚き、野本眞姫の死を悼む心は本物であって欲しい。そう、思った。

 
 と、突然、背後に冷気を感じた。
 背筋を舐め上がる殺気。
 ばっと振り返る。ほとんど無意識に、ショットガンも構えた。
 
 背後に迫っていたのは、一人の女子生徒だった。
 深い森をバックに、森林道に一歩足を踏み出した状態だ。
 赤茶けたロングヘアー、そばかすの散った白い頬。白地のロングTシャツ、七分丈のタックパンツをサスペンダーで吊っている。
 右の肩口に包帯が巻かれていた。包帯には血が滲んでいる。
 ……
黒木優子だった。
 いつの間に近づいたのか、ほんの数メートルしか離れていない。
 そして、振り上げられた左手に光るのは、裁ちばさみの刃だ。

 彼女の判断は早かった。
 政信が驚く間もなく、優子は踵を返し、木々の陰へと消える。

 一拍の間の後、政信ぱちぱちと瞬きを繰り返した。ただ、目の前にあるのは、苔むした樹木ばかり。
 呆気にとられていた。
 幻でも見たのだろうかと、本気で考える。
 やがて、また死にかけたのだと理解する。気づかなければ、背中を裁ちばさみで刺されていたに違いない。
 政信に気取られたので、優子は退いたのだ。
 隙を見つければ襲う、不利となれば即退く。
 迷いが無く、いっそ清々しいほどに、明快だ。
 ここで、「ひひゃはっ」政信は得意の下卑た笑いを発した。
「カッケー、女」
 手放しの称賛を、つい先ほど現れ消えたクラスメイトに向ける。

 ゆらり、ショットガンを構え直す。
 両足を開き、膝を落とし、重心を下げる。
 今は誰の姿も無い深い森へ銃口を向け、すっと息をのみ、グリップに力を込める。そして確かな反動と同時、銃声があたりに響いた。
 散弾は木々を掠め、森に……彼女が消えた漆黒の闇に呑み込まれた。
「ひひゃはっ」
 もう一度笑い、政信はショットガンの銃口に触れた。
 射撃直後の銃口は熱を持っており、「あちっ」反射的に手をのける。
 火傷、怪我。
 これは、現実のものだ。
 プログラム。クラスメイトと殺し合い、生き延びなくては家には帰れない。
 これも、現実。

 台本なんだろうかだとか、これは本当に自分の感情なんだろうかと、あれこれ考えていた自分が馬鹿らしくなった。
 人が適当だと言うのならば、不真面目だと言うのならば、きっとそうなのだろう。
 木多ミノルの行動に驚き、惑っているのならば、きっとそうなのだろう。
 野本眞姫の死が悲しいと感じるのならば、きっとそうなのだろう。
 例え台本のように思ったとしても、それは三井田政信という存在の人生、心情なのだ。
 いま、政信は確かな現実感を持っていた。
 プログラム開始当初にはなかった感覚だ。
 それは、黒木優子と二度対峙し、木多ミノルに命を狙われ、救われたからだろう。
 野本眞姫の死を考えたからだろう。
 拒否していたはずの感覚は、意外にも心地よく、政信に浸み入ってきていた。



 数分後、政信はディバッグを背負い、森の中を歩いていた。
 銃弾を追い、黒木優子を追う。この台本の結末に何が待っているかは分からない。不安はある。死への恐怖もある。
 ただ少し、楽しみだった。
 沈み、浮き立つ感情。
 その一つ一つを自身のものとして噛みしめながら、現実の中を、政信は進む。



 
−19/32−


□□  バトル×2 1TOP ご意見ご感想 更新お知らせ登録

 
バトル×2
ルール/会場/携帯電話

三井田政信 
バスケットボール部。野本眞姫や飯島エリと同時に交際するなど、いい加減な性格だが、なぜか憎まれない。黒木優子を襲うが、機転をきかされ、退けられた。