OBR1 −変化−


046 2011年10月01日21時00分 


<桐生青磁> 


 やがて、鬼塚は「俺は……この島の出身なんだよ」話し始めた。
「そうだったんですか」
「ここで12まで過ごした。俺は早産の子どもでなー。診療所が整備されていなかったら、生きていなかったかもしれないんだとよ。今では丈夫になったが、小さい頃は身体が弱くて。ずっと診療所に通ってた。親には良く言われたもんだよ。……千尋、お前は死んだ子どもたちのおかげで生きているんだよ、プログラムのおかげで生きているんだよってな」
「教官……」
「ヤな話だよなぁ」
 鬼塚は桐生の台詞を借り、「ほんと、嫌な話だ。だって、そんなことを言われたら、プログラムなんて必要ないって言いにくくなっちまうじゃないか」手をひらひらと振る。

「……難しい話ですね」
「そうだ、な。難しい話だ。思うに、続き過ぎたんだろうなぁ」
「は?」
 意味が分からず問い返す。
「プログラムは、1947年に始まった。そのころ力のあった権力者の一団が、そいつらなりの思想を持って……国民からすれば迷惑な話だが、まぁ、とにかく、始めちまったんだなぁ。で、それを見て見ぬふりをした別の権力者たちは、プログラムがまさかここまで続くとは思っていなかったんだろーな。こんな無茶苦茶な制度、どうせすぐ破たんする。そしたら、責任追及して、そいつらを追い払ってやろうってな。まぁ、よくある政治的な駆け引きだ」
「はぁ」
「だけど、続いちまった。続けば、プログラム補助金のような、補佐、補完的な制度が足されていくし、国民はそういうもんだと諦めてしまう。人は何にでも慣れるからな」
「慣れる……」
「受け入れるっていった方がいいか。ほら、プログラム中の中村靖史も言ってたろー。なんでも受け入れちまうって。あれがこの国の国民性だ。……だいたい、プログラムつっても、大多数の国民には直接は関係のない話なんだ。巻き込まれた子どもたちとせいぜいその親たちが悲しむだけ。他人には何の痛みも無い。遠い空の向こうの出来事だと、現実から目をそむけて、目を瞑って生きていけば、それでいいんだ」
 なかなかにシビアな話をしているはずだが、鬼塚の口調には緊張感がなく、真剣みに欠ける。
 
 ふと、先ほど聞いた野崎一也の音声記録を思い出した。彼は、「俺たちは怒ってなきゃいけなかった。考えてなきゃいけなかった」と言っていた。
 彼の言葉には、プログラムから目をそむけて生きてきたことに対する悔いが含まれているのだろう。

「それに、プログラムは金を生むしな」
「銃器や物資に関連したメーカーとかですか」
「察しがいいなー」
 にやりと鬼塚が笑う。
 またしても、試されたのだ。
 強く生きるんだセイジと、冗談めかした思考で自分を励ましながら「物が動けば、運輸業、保険業も出てきますね。我々が使っているパソコン、通信機。人材も……ですか」続ける。
 考えてみれば、間接直接に、プログラムに関わっている業界は多い。

 と、ここで、「鉢植えの中って見たことあるか?」唐突に鬼塚が訊いてきた。
「は?」
「一回、鉢を割ってみろ。根っこがびっしり詰まってて驚くから」
「はぁ」 
 戸惑っていると、「続き過ぎたんだ」話が戻った。「続いてるうちに、プログラムは根を下ろし、地中を這って、這って、這って、この国を、国民を絡め取っちまった」
 プログラムで利益を確保する企業。
 プログラムに依存する角島のような脆弱な地方政府。 
 それが間違いだと、みな気づいている。気づいてはいるが、知らないふりをしている。
 勿論当然のことだが、プログラムが無くたって人は生きていける。
 企業は他の儲け口を探せばいいだけだし、島は他の過疎の島と同じように不便を受け入れればいいだけだ。
 それで企業や島が破たんしたとして、それはそれで自然の流れなのだろう。

 だけど、排気ガスが空を汚すことを知っていても、人は車に乗りつづける。農薬が及ぼす人体被害や環境被害を知っていても、人は虫のついていない食べ物を好む。
 エコカーがある。無農薬野菜もある。
 でも、排気ガスも農薬も、決してなくならない。
 そこに利便や利権があるからだ。
 一度しゃぶった飴の甘さを、人は決して忘れない。
 たとえその代償として、少年少女の死を身近に感じなくてはならないとしても……。


  
「そう言えば」
 桐生には、他にも気になっていたことがあった。
「うん?」
「どうして、野崎一也らをわざわざ慰霊碑に行かせたんです?」
 尋ねると、「興味、だなぁ」肩をすくめて返してきた。
「は?」
「野崎は島に違和感をもっていたようだし、補助金について彫り込まれている慰霊碑を見たらどんな反応をするか、興味があったんだ」
 一旦ここで置き、「いい反応だったな。野崎は、なかなか興味深い」新しい玩具を手に入れた少年のように、目を輝かせる。
 あからさまに楽しそうだった。
「それなら、電話の時に直接話してやったらよかったでしょうに」
 どうしてこんな回りくどいことを。
 そんな風に考えていると、「それじゃぁ、面白くないだろ」にっと笑った。
「俺はヒントを与えるだけだ。後はあいつらが自分で考える。自主性。素晴らしいじゃないか」
 鬼塚は両手を大きく広げる。そして、「本当は、鮫島学が行ったら面白いと思っていたんだがな。思わぬ伏兵って奴だ」続けた。

 それで、『質問権付き携帯電話』かと、桐生は心の中で独りごちる。

 質問数は限定されるが、参加選手の問いかけに教官が答える鬼塚独自の支給武器だ。
 前回桐生が任務についたプログラムでも鬼塚は支給武器に混ぜていたが、他の教官が指揮するプログラムでは見ないものだ。
 前から変わった支給武器だなとは思っていたのだが、生徒の動向に関与する目的で支給していたのか。
 そこまで考えて、さらに疑問が生じた。
 関与したいのなら、もっと違う方法があったはずだ。
 この仕様だと、支給された生徒の意思に依り過ぎていて、慰霊碑を見せたいと言う鬼塚の意図を反映させにくい。
 支給武器としての配布もそうだ。
 鮫島学に行かせたかったのなら、最初から彼に支給すればよかったのだ。
 それぐらいの作為は、教官の立場なら容易だろう。
 実際、作為を行わなかったことにより、支給武器をランダム配布にしたことにより、慰霊碑を見たのは鮫島学ではなく、野崎一也となった。

 その野崎一也にしたってそうだ。
 彼が入手した質問権付き携帯電話のそれまでの所持者、木沢希美や筒井まゆみは、島のことを気にかけていなかった。
 他の質問権付き携帯電話の所持者である黒木優子も、プログラムを有利に進める用途でしか使ってきていない。
 島の有り様を疑問に思っていた野崎一也に渡ってやっと、生徒を慰霊碑に向かわせることができた。

 遅れて、試しているのだと思った。
 桐生に様々な試しを向けてくるように、彼は生徒たちを試しているのだ。
 続けて、思った。
 もしかしたら、鬼塚は運命すら試しているのかもしれない。
 作為を極力避け、期待する返りを得ることができるか。
 そして、野崎一也の手に質問権付き携帯電話が渡り、やっと期待がこたえられた。だから、なんだか楽しそうなのだ。
 
 だけど……何のために? この男は一体何を考えている?
 根本的な疑問だった。
 また、彼の話とプログラム担当官という立場もそぐわない。国を憂いてはいるようだが、口調や態度は軽く、それすら楽しんでいる風でもある。
 まさか、野崎一也たちを救いたいわけではあるまい。
 それこそ、もっと違うやり様があるはずだ。
 ちらりと、鬼塚を見やる。
 鬼塚は素知らぬ顔だ。よくよく掴みにくく、食えない男だった。

「……あのときと逆だな」
 ふと、何かを懐かしむように、鬼塚が言った。
「また、意味不明なことを」
 半ば呆れながら桐生は返す。
 やがて鬼塚は立ち上がり、「さ、休憩は仕舞いだ。仕事仕事」右腕を一度ぶんと回した。
「何を考えているんです?」
 慌てて、尋ねる。
「あいつらと、同じことだよ」
「は?」
「この国の、未来さ」
 冗談めいた言い回しで芝居じみた台詞を投げ、鬼塚はデスクへと戻っていく。けむ に巻かれたのだ。
 その後ろ姿を桐生は唖然として見つめていると、鬼塚が振り返り、にやりと笑った。
「ああっ、もう!」桐生はソファから立ち上がる。
「分かりましたよ、着いていきゃいいんでしょっ」
 食らいついてやろう。そうすれば、答えが見えるかもしれない。
 悔し紛れの思考。しかし何よりも悔しいのは、そんな思考すら、おそらくは鬼塚の たなごころ の上ということだった。



 
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