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OBR1 −変化−


044 2011年10月01日19時30分 


<桐生青磁> 


 桐生青磁きりゅう・せいじ
分析官 は、ヘッドフォンを外し、拳をバキバキと鳴らした。
 デスクチェアから立ち上がり、ぐっと伸びをする。
 中肉中背、短く刈り込んだ黒髪。丸顔に、丸い大きな瞳、大ぶりの口。どこか人好きのする容貌だ。
 少し、揺れを感じた。波が荒れているのだろうか。
 角島つのじま 近海に停泊している哨戒艦艇しょうかいかんていあわじ』。
 この船に今回のプログラム作戦本部が敷かれている。
『あわじ』は、島を会場にしたプログラムの作戦本部として用いられることが多く、専用の設備のほか、ヘリ甲板も備え付けられていた。
 大型モニターや数台のパソコン、サーバなどが設置され、雑然としている。
 機材の熱気に加え、護衛の兵士の他、コンピューター専門の技術官、事務官、通信官と、とにかく人口密度が高く、空気がよどみ勝ちなので、ファンを大車輪で動かしている。

 桐生の主な任務は、プログラム中の情報分析だ。
 首輪に仕込まれたGPSや盗聴器から、分析官それぞれに決められた担当生徒数人の動きを分析し、レポートする。
 桐生の本職は陸軍の技術官で、27歳。プログラム関連任務には技術スタッフとして何度か就いたことがあるが、分析官としての職務は今回が初めてだ。


 何気なく周囲を見渡すと、鬼塚千尋おにつか・ちひろプログラム担当教官の姿が目に入った。
 自身のデスクに座り、教官専用モニタを眺めている。
 他の人員はみな軍服か作業服姿……桐生も灰色の作業服姿だ……だが、鬼塚だけスーツ姿だった。
 すらりと背が高い。スーツに黒ふち眼鏡とフォーマルな服装こそしているが、あごひげを蓄え、やや長い髪には明るいブラウンの染色、片耳にはメタリックな素材を折り曲げた幅広のイヤーカフス、そして何よりもどこか飄々とした佇まいからから、自由人のように見える。

 プログラムは専守防衛陸軍の管轄だが、個々の運営形態はプログラムごとに違う。各種の専門家や現地の地方官僚なども加わって行われる場合もある。
 プログラム会場を取り仕切る担当教官が陸軍所属でないことすらある。
 今回の鬼塚は、軍事を取り扱う国防省の役人だ。
 現在は、出向という形で陸軍に所属している。また、担当教官であると同時に、このプログラムの情報分析部の部隊長も兼ねていた。
 これまでにも数回、プログラム担当官の職務についたことがあるようだ。
 正確な年齢は知らないが、桐生より少し上、せいぜい30そこそこだろう。
 鬼塚はいわゆるキャリアではない。
 仕事はできるようだが、他の担当教官の年齢を考えれば、異例な若さだ。
 今回のプログラムの総責任者は、関西に力を持つとある政治家だ。その政治家に後ろ盾でもしてもらっているのだろうか。
 そんなことを考えながら休憩ブースに行き、ドリップ式のコーヒーを二ついれる。

「どうぞ」
 鬼塚のデスクへ向かい、コーヒーカップの一つを差し出すと、「すまんなー」彼が顔を上げた。
 気安い雰囲気。
 桐生が前回就いたプログラム任務は、鬼塚が総括したものだった。
 どうやら、そのときの働きぶりか何かを気に入ってもらったようで、この任務は鬼塚からの指名だった。
 本来の任務のほか、鬼塚の補助官のようなこともしている。
 鬼塚は正式な副官を置いていないので、なかなかの抜擢とも言える。
 まぁ、本来の副官とは違い、指令権も何もない秘書官的な役回りなので、体のいい雑用係と言うのが実態だが。

 鬼塚のデスクは、ファイルや書類で雑然としていた。
 その中に、各生徒の履歴をまとめたファイルが二冊あった。
 プログラム対象生徒は事前にそれまでの経歴や学業成績、人間関係などが調べられ、その情報がファイル化される。
 ファイルは生徒それぞれに作成されており、作戦本部の書類棚に仕舞われているのだが、鬼塚はそのうちの二冊を取り出していたようだ。
 一冊は鮫島学のものだ。
「教官のお気に入りですね」
 鮫島学のファイルを手に取ると、「お気に入りって、なんだ」鬼塚が苦笑した。
 親しげな空気感。
「お気に入りでしょう、説明の時もわざわざ睨みつけたりして」
 桐生も気安く話す。
 桐生は、上官相手でもあまり緊張しない。
 もちろん、立場はわきまえているつもりだが、どうやらこの距離感ゆえに傍に置いてもらえている節があるので、好きにやらせてもらっていた。 
 

「あれは、外部通信しないよう、釘を刺しただけだ。鮫島は、海外サイトにアクセスした犯歴があるからなー」
 間延びした口調は、鬼塚の特徴だ。
 大東亜共和国の情報通信は、大東亜ネットと呼ばれる国内限定のイントラネットだが、技術的には一般人でも国外アクセスが可能だ。
 もちろん禁止されており、処罰もされるが、いたちごっこになっていた。
 鮫島学は、過去に海外サイトへアクセスした咎で捕縛され、思想統制院送りになっている。
 まぁ彼も特段危険思想、反政府心はないようなので、すぐに解放されている。
「今のところ、何かをやらかすような素振りはありませんが」
「ああ。だが、いつ何をしでかすか分からん。気をつけろ」
 コーヒーカップの縁を指でなぞり、担当教官は言う。
 前述の通り、生徒のプログラム中の情報分析は、数人いる分析官で担当を分けて行っている。
 鮫島学は要注意人物としてマークしているため、彼の情報分析は鬼塚教官自ら担っていた。情報分析は間違いが無いよう、担当者が重複して設定される。鮫島学の場合も通常通り、鬼塚のほか、桐生がサブ的な役割で入っていた。

「気をつけろと言うわりに、なんだか楽しそうですね」
 感じたことを口に出してみる。
「そうか?」
 口角を上げ、笑う。
 本来ならば、鮫島学は担当教官にとってやっかいな生徒だ。
 それを楽しそうに見ている理由が分からない。
 鬼塚とは前回のプログラム任務も含めて、事前準備等で何度か下について仕事をしているが、掴みどころのない男だった。
 食えない、と言ってもいいのかもしれない。


「こちらは、野崎一也ですか」
 もう一冊のファイルは、野崎一也の経歴をまとめたものだった。 
 デスクの上には彼の追加情報が記された用紙も置かれている。鬼塚に指示されて、急遽桐生がレポートしたものだ。  
 また彼の目前にあるモニターには、現在地や心臓パルスなど、野崎一也の情報が表示されている。デスクにはヘッドフォン。
 どうやら、彼の音声記録を聞き直していたらしい。

 数時間前、野崎一也は『質問権付き携帯電話』を使用した。その際のやり取りで、鬼塚は彼に興味を持ったようだ。 
 野崎一也には兄弟はおらず、両親はともに中学校教師をしている。学業成績は中の上。校内トラブルの記録はなく、現在所属しているクラスでも友人は多い。
 思想統制院に収監された記録があるが、すぐに解放されている。
 統制院は、危険思想の芽を早期に摘むための再教育施設だ。
 近年の大東亜共和国では、景気の低迷により、国民の不満がくすぶっている。
 以前ならば国の威光で抑え込むことができたのだが、それも難しくなってきており、思想統制院は設立された。
 ただ、出来て間もない制度のせいか、収監対象選定の精度が低い。かえって国民感情をあおる結果となってしまっている。
 野崎一也も冤罪に近い形だったようだ。 
「プログラム補助金について、中村靖史と色々話してましたね」
 野崎一也は、桐生の分析担当生徒の一人だ。
 中村靖史は元は担当ではなかったが、野崎一也とずっと行動を共にしている関係で、彼も桐生の担当に変更されていた。
 このように、プログラム進行に合わせて、分析担当は変わっていくことになっている。
「元々は知らなかったようだが、なかなか鋭いことを言っていたなー」
 なぜだか嬉しそうに鬼塚が返してくる。

 プログラム会場の選定は、意外に難しいものだ。
 連鎖火災の問題や遮断される交通網の問題から基本的に都市部はさけられるし、戦闘が行われた場合に甚大な被害が出そうな施設があるエリアもふさわしくないとされる。
 また、広範なエリアの一部を会場としようとした場合、囲いの電流フェンスなどの設置に費用がかさむ。
 もちろん、『都市部での戦闘データを採る』『特殊施設での戦闘データを採る』など名目が立てられることもあるが、事前の折衝や安全対策、後処理に膨大な時間と費用がかかる。
 自然、角島のような過疎の島に白羽の矢が当たることが多くなるのだが、住民感情と言うものもある。
 居住区が殺し合いの場になることを歓迎するような者はいない。
 逆らえば罪に問われるので、表だって拒否することはできないが、力のある有力者に働きかけるなど……もちろんそれなりの付け届けが必要だが……避けようはある。 

 そんな中で、角島の存在は稀有なものだった。
 積極的にプログラムを誘致する道を選んだのだ。
 その理由がプログラム補助金だった。
 この補助金は本来、プログラム中に破壊された建物などの原状回復費に充てられるものだが、角島のようにプログラム制度に協力的な地方政府には増額して支給される。
 大した額ではないが、死に体となっている島には有難い金だろう。
 このあたりの仕組みは一般には知らされていない。
 桐生も、プログラム運営に関わるようになってから得た知識だった。


 
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