OBR1 −変化−


043 2011年10月01日19時30分 


<野崎一也> 


 ややあって、中村靖史 がふっと笑った。
「野崎は、ちゃんと怒れる人だったんだね」
 しみじみと語ってくる。
「え?」
「いつも淡々とした感じでさ、あんま気持ちを見せる奴じゃなかったからさ、ちょっと驚いた」
 たしかに、同性愛者という秘密を抱え、感情を押し殺すことが習い性となっていた。
 また、靖史の台詞に切ないような侘しいような複雑な音色を感じ、戸惑う。
「中村?」
「ちょっと、羨ましいな」
「羨ましい……」
「うん、俺さ、いつも木沢に言われてたんだ。俺って、何でも受け入れて何でも割り切って、それで、その中で自分の悪いところを見つけて満足しちゃうって。私たちまだ15なんだから、もっと不満に思っていいんだよ、もっと怒っていいんだよって」
 彼は交際相手の木沢希美のことを懐かしむように言う。
「怒る……」
「そう、怒る。きっとそれが、俺に足りてない感情なんだ。分かってるんだけどね、でも、なんか訳知り顔しちゃうんだよね。だから、さっき野崎が怒ってるの見て、羨ましかった」
 くすりと笑い、「でもさ、ちょっと言い訳していい?」口をとがらせる。

「ん?」
「いつも思うんだけどさ、まわりが先に怒っちゃうんだよ。木沢は態度の悪いコンビニの店員だとか、自転車の路駐だとか、タバコのポイ捨てだとかに毎日忙しく怒ってるし、プログラムについても野崎が先に怒りだしちゃったし」
 先ほどの一也自身のことはともかくとして、木沢希美には大人しいイメージしかなかったので、少々驚く。
「忙しく、怒る」
 なんだかそのフレーズが可笑しくて、頬がほころんだ。
「そう、木沢は忙しく怒るんだ」
 靖史もにやりと笑う。
「俺だって腹立つことあるんだよ。でもさ、まわりが先に怒っちゃうんだもん。そしたら、なんかさ……怒れなくなっちゃうんだよね。でも、それじゃいけないんだ」
 悩み事を打ち明けるてい ではあるが、話し口はおっとりとしている。
 彼の穏やかな雰囲気に呑まれたのか、ささくれ立っていた気持ちが休まるのを感じる。
 また、靖史を見ていると誰かを思い浮かべると考え、すぐに矢田啓太郎だと気づいた。
 彼の穏やかな佇まいは、一也が想う矢田啓太郎のそれに似ている。

「だから、ちゃんと怒れる野崎はエライと思う」
 靖史はしみじみと言う。
「いや……」
 一也はゆっくりと首を振った。「どんなときでも、自分を振り返られる中村のがエライよ」彼の言葉を借りる。
 気持ちが落ち着いてきていた。
 身体の火照りは消え、怒りは冷静な青となっている。靖史のおかげだろう。
 その中で、思いついたことがあった。
「ああ、そうか。そう言うことか」一也は一人頷く。
「ん、どうかした?」
「要するに、俺たち二人を合わせればいいんだ。怒って、自分のことも振り返って。んで、プログラムのことを考える」
「考える?」
「俺さ、そもそも、プログラムの前後とか背景を考えたこと、なかった」
「前後、背景……」
「そう、プログラムの前後とか背景。プログラムって、金かかりそうだろ? 銃やら物資やら何やら用意して、会場の住人を強制撤去させて、その人たちを収容する場所確保して。人件費もかかるだろうな。……で、いざプログラムが終わったら、あたりは血の海で。銃やなんかであちこち壊れてて。ヤケになった誰かが家に火をつけたりしてて。今度は死体のけたり、壊れた場所直したりでお金がかかって。優勝者の生涯補償もあるし」
 
 一旦唇を舐め、「そーいうこと。俺さ、そーいうことを考えたことはなかった」静かに懺悔する。
 そして、「俺って、駄目だなぁ」正直なところを口に出した。
「どうして?」
「だってさ、それって税金だろ。俺ら……俺らはまだ金稼いでないから、親たちか。親たちが必死で働いた金を結構な額取り上げてさ。そんな金で、プログラムって行われているわけだろ。それってどうなのよ、ってこと。で、もっとどうなのよってのが、俺はそんなことを今まで考えたことも無かったってこと」
「野崎……」
「国だって、不況、不況で金ないのにさ。こんな馬鹿な制度に金をかけてる場合じゃないはずなんだ。俺たちはさ、何やってんだよって、怒ってなきゃいけなかったんだ。どうすべきなんだろうって、考えてなきゃいけなかったんだ」
「考える」
 何か大事なことのように靖史が復唱した。

 間が生じた。
 一也はぐっと伸びをし、意識的に身体と気持ちをほぐした。 
「あー、なんか、いっぱい話した」
 つとめて冗談っぽい雰囲気で話す。
 喉がからからに乾いていた。支給のペットボトルに詰めた水を口にする。
「だね」
 靖史はくすりと笑った後、顔を引き締めた。「これから、どうなるんだろう」
「それは、俺たちのこと? この国のこと?」
 尋ねると、「両方」 靖史はため息をつく。

 
 と、気づく。
「あれ、この花束……」
「どうかしたの?」
 石碑にささげられた花束。その花束の包装紙に違和感を持った。
「これって、チェーン系の花屋のだ」
「ああ、ほんとだ。でも、それがどうしたの?」
「いや……」
 軽く首を振り、考え込む。
 不釣り合いに整備された島とは言え、チェーンの花屋まであるのだろうかと思ったのだ。少なくともここまでの道中、コンビニエンスストアやファーストフード店は見かけなかった。
 とすれば、誰かが本土から持ってきたということだ。
 ……誰が?
 考えるが、答えは見えない。

 仕方なく、ゆっくりと首を振る。見渡せば、深い森の環に囲まれた広場に、月星の光が降りそそいでいる。少し、風が出てきていた。角島の夜は思っていたよりも冷えるようだ。
 一也はぶるると身体を震わせ、両手で自身を抱いた。


 
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野崎一也 
同性愛者であることを隠している。矢田啓太郎に恋慕抱いている。
中村靖史
 
木沢希美と交際している。なぜか彼女の元へ行かない。