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OBR1 −変化−


041 2011年10月01日19時00分 


<野崎一也> 


 私物の携帯電話をしまおうとしたところで、「お、サメからだ」野崎一也 は眉をあげた。
 鮫島学にメールを送ったのだが、彼もメールを送信していてくれたらしい。
 メール受信を知らせるアイコンが点滅している。
 開封すると、『坂持と一緒に北の集落へ向かう』という、いかにも学らしい味もそっけもない本文だった。ちなみにタイトルもない。
 まぁ、彼なりにアクセスを試みてくれているのは分かる。
 先ほどの通話許可時間も、学からの着信履歴が残っていた。
 あのときは一也は一也で矢田啓太郎に電話をかけていたので、取れなかった。
 お返しと言うわけではないが、次の通話許可時間を待って、一也はメールを送っておいた。どうやら送り合う形となったようだ。
 まずは彼の安否を尋ね、一也自身は無事であること、中村靖史と同行していること、今は会場中央部の丘におり、頂上を目指していることなどを打っておいた。
  
「何だって?」
 すぐそばにいた中村靖史に訊かれ、「サメ、坂持と一緒にいるんだって。北の集落へ向かっているみたい」答える。
 きゅっと上がった太い眉、くりくりとした二重の大きな瞳の少年だ。肩幅が狭く、華奢な体型。 その右肩には重原早苗(黒木優子が殺害)に付けられた傷がある。
 血は止まっているが、赤く染まった制服が痛々しい。
 丘は、カエデやブナといった雑木に覆われており、すでに紅葉が始まっていた。先ほど少し雨が降った。腐葉土の地面は色を強めており、枝葉には水滴が残っていた。
 夕刻から夜へ向かうその狭間、まだ空はうっすらと明るかった。
 雲は消え去っている。どうやら晴れ渡った夜空となりそうだ。
 丘の頂上へ続くであろう上がりこう配の坂道 を、慎重に進む。
 道には明らかに人の手が入っていた。
 進む先に何があるか分からないが、少なくとも人の行き来はあったようだ。
   

 診療所で入手した質問権付き携帯電話を使い、プログラム開始以来感じていたこの島への違和感を鬼塚教官にぶつけた。
 本来ならば、非常に勿体のない権利の使い方だろう。
 プログラムを有利に運ぶための質問をしてこない一也に、鬼塚教官も意外を感じ、また面白がっていたようだ。
 そして、彼にこの丘に向かえと指示をされた。  
 顎先をあげ、丘の頂上を見やる。
 あたりは深い森になっているが、頂上には広場のようなものがあるようだ。
 鬼塚は多くを語らなかったが、おそらくあの広場が目指すポイントだろう。
 振り返ると、中村靖史の痩躯。

 どうしてついてくるんだろう?
 疑問。
 丘に向かうと決めた後、一也が最初にしたのは、靖史への断りだった。
 この丘で何かを得ることはできるのだろうが、それが生存に結びつくことはないはずだった。無駄な移動により命を危険にさらす可能性すらある。
 靖史には木沢希美という交際相手がおり、彼女は北の海岸にいるらしい。
 診療所は海岸へのルート上にあったし、医療物資獲得という彼にとってのメリットもあった。
 だけど、この丘には何もない。
 さらに、診療所から海岸への道筋を考えたとき、遠回り極まりない位置にあった。
 だから、別行動を取ろうと申し入れた。しかし彼は「俺も気になるから」とついて来たのだ。

 一人になるのが怖いのだろうか。単純に付き合いがいいのだろうか。理由はよく分からない。
 普段靖史とはそれなりに親しくはしていたが、文字通り『それなり』でしかなかった。
 彼の心の内は想像がつかない。
 合流したとき、靖史は希美から最初の通信許可時間に連絡があり、彼女がいる北の海岸に向かうつもりだと言っていた。
 しかし、今は北の海岸へ向かう様子は見られない。
 希美から連絡は来ているようだが、靖史は取ろうとしなかった。
 つい先ほどの通信許可時間も、着信を無視していた。
 靖史の言動には矛盾があり、気にはなったが、尋ねることはできなかった。
 それは、一也の言動も、外から見れば食い違いがあると自認しているからだった。
 一也が矢田啓太郎に会うために診療所を訪れたことは、靖史も把握している。
 だけどそこで入手した質問権付き携帯電話で、一也が啓太郎の居場所を訊くことはなかった。
 今も、矢田啓太郎と連絡を取ろうとはしなかった。
 靖史はそこに違和感を持っているはずだった。

 一也は同性愛者だ。
 そして、矢田啓太郎を好いている。
 この秘密の思いを啓太郎は気取っており、気味悪がっており、だから、診療所で待っていてくれなかったのではないか。
 そんな懸念が生じたことから居場所を訊けず、島の疑問を解くという脇道に逸れている。
 葛藤こそあれ、一也なりに矛盾のない行動だったのが、横から見ていれば不思議に違いない。靖史は怪訝な顔をしていた。
 ただ、彼は疑問の追及はしてこなかった。
 きっと、靖史の不可思議な行動にも、彼なりの理由があるのだろう。矛盾などないのだろう。そう思い、一也も靖史の心の深い部分に踏み込むことを躊躇していた。


 と、靖史が立ち止まり、諦めたようにふっと笑った。
「ありがとう」
 礼を言われる。
「え?」
「野崎っていいやつだな」
「なにが……?」
 戸惑っていると、「気になってたろうに、俺がどうして木沢ンとこに行かないか訊いてこなかっただろ。電話を取らない理由も」続けてくる。
「ああ……」
「訊かれたら俺、嘘をついてた。きっと、俺、適当にごまかして、それで、ごまかしたことで、情けない気持ちになってた」
 少し向きを変え、すぐそばの木の幹を撫でる。
 ちょうど夕日を背にした形になったので、彼の表情は陰り、読み取りにくくなった。
「だから、そっとしていてくれて、助かった」
 切なげな声色。

 やがて靖史は、丘の頂上を目指し、歩き出す。
 彼の背を追う形となった。
 ぱきり、靖史のスニーカーが枝木を踏む。
「俺さ、怖いんだ」
 歩を緩めることなく、靖史が再び口を開く。
 サイドから後頭部にかけて長さを残したショートレイヤー。襟足が軽く跳ねている。
 今まではそっとしておいたが、今度は積極的に彼の語らいに耳を傾けるべきだと感じた。目の前のクラスメイトは、何かを打ち明けたがっている。
 ずっと隠していた思いをやっとで口にしている。
 だから今度は、正面から聞かなければいけない。
「怖い?」
「そう、怖いんだ」
「木沢が?」
 木沢希美は、簡単に手折れてしまいそうな小柄で華奢な女の子だ。
 また、このカップルはどちらかと言えば彼女のほうが靖史に惚れているように見えた。告白も希美からしたと聞いている。
 プログラムと言う現状、パートナーを信頼しきれない気持ちも分からなくもないが……。

 しかしここで、「違う、よ」土埃に汚れてしまっている制服の背中が、否定を示してくる。
「違う、んだ」
 靖史は同じフレーズを繰り返し、「怖いのは、俺自身なん、だ」強い口調を投げてきた。
 受け止めた台詞の重みに、はっと息をのむ。
「怖いんだ。木沢を殺してしまいそうで、怖いんだ。だって、そうだろ? これはプログラムだ。たった一人しか生きて帰られない。……俺、怖いもの。死ぬの、怖いもの。だから、怖いんだ。木沢を殺してしまいそうで、怖いんだ」
「中村……」
「だから、木沢のところに行けないんだ」
 前を進む肩が震え、「俺って弱いよな」落とされた。
 そのまま、ざっざと歩みを早める。背中のディバッグが揺れる。
 暗くなってきたので、二人は懐中電灯の電源を入れた。白い光の輪が坂の上を丸く切り取っていく。

 そうか、そうだったのかと、一也は重く息を吐く。
 靖史の矛盾の理由が分かった。
 そして、合流したときに彼が、一也と親しくなって鮫島学が変わったという話をし、「俺も変われるかな」と切なそうに言っていた理由も。
 あのときから、心の闇を振り払いたいと、プログラムに打ち勝ちたいと考え、思い悩んでいたのか。

 そのまましばらく、無言の行軍が続いた。深い森 を縫い歩く。
 やがて沈黙に耐えきれなくなる。
「中村」
 意を決し、靖史に声をかけると、「無理しなくていいよ」彼は振り返らずに首を振った。
「野崎にとっては、まだそのときじゃないンだろ? 無理しなくていいよ」
 図星を刺され、掠れたうめき声をあげる。
「俺が話したのは、そのタイミングになったからだ。野崎は野崎のタイミングでやれば、いいんだよ」落ち着いた声色。
 目前の背中が、急に大人びて見えた。

 遠く、梟か何かの鳴き声が聞こえる。
 図星だった。
 一也が抱える闇は、プログラム以前からのものだ。
 自身が同性愛者であることはかろうじて受け止めていたが、劣等感、引け目、負い目を拭うことはできない。『ヘンタイ』と指さされることが怖くてたまらない。
 それは、プログラムを経た今も、靖史の告白を聞いた今も、変わらない。
 もちろん、誤魔化すことはできる。「矢田に受け入れてもらえるかどうか、怖くなって」と濁して話せばいい。
 プログラムという現状、友人との合流を怖がるのは自然な心理だ。
 実際、そんな気持ちは一也の中にもある。
 決して嘘はついていない。
 だけど、一番の根っこは隠したままだ。
 そして、この心優しいクラスメイトは、一也が心の内を話せない理由がプログラム以前からのものであると、おそらく気づいている。
 だから、こうして声をかけてくれているのだ。

「話す相手は俺じゃなくたっていい。委員長でも坂持でも矢田でも。野崎は野崎のタイミングで誰かに話しなよ」
 靖史は一也の友人たちの名をあげ、「でもさ、喜んでくれると思うよ」続けた。
「喜ぶ?」
「うん。だって、嬉しいじゃん。友だちがさ、悩みを打ち明けてくれるのって」
 靖史の言い様に、何かしこりのようなものを感じた。
「中村?」
 前を向いて進む靖史の肩がぴくりとあがった。
「鋭いね、野崎」
 くすりと笑い、「藤谷がさ、最近変なんだ。もともと明るい奴じゃないけど、ずっと沈んでてさ」ため息をつく。
 靖史と同じ写真部の藤谷龍二のことだ。
 大人しい性格の少年で、一也はほとんど話したことが無かった。 
「どうしたんだって訊いたんだけど、答えてくれなくて」
 憮然とした話しぶりのあと、「それがどんなことか分からないから、無責任には言えないけど、友だちが悩みを話してくれるのって、嬉しいことだと思うよ」軽く伸びをする。

「まぁ、話したくないのなら話さないままでもいいんだろうけどさ。でもやっぱ、周りは嬉しいもンだよ」
 ここで、靖史は立ち止り、振り返ってくる。
 月星に照らされた靖史の丸顔。すっきりしたような悲しいような苦しいような複雑な色が見える。
「中村?」
「さ、着いたみたいだよ」
「え?」
 疑問符を返すと、靖史はゆっくりと手を挙げ、進む先を指さした。


 
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野崎一也 
同性愛者であることを隠している。矢田啓太郎に恋慕抱いている。
中村靖史
 
木沢希美と交際している。なぜか彼女の元へ行かない。