OBR1 −変化−


040 2011年10月01日18時30分 


<飯島エリ> 


 ひそかにどきどきと胸を鳴らしていると、「吾川さんは?」柚香が吾川琴音に声をかける。
「わ、わたし?」
 頬を赤らめ、「や、矢田くん……」小声で返してくる。
 矢田啓太郎のことだ。
 決して外見が目立っていいわけではないが、優しく穏やかな彼は女子生徒の間で人気がある。

 と、「私は、野崎」津山都がやけにはっきりとした口調で、野崎一也の名をあげた。
「え、あ……へぇ」
 柚香の戸惑い声。
 エリも戸惑っていた。
 彼女から好きな男子生徒の名前を聞いたのは、これが初めてだった。いつもは、「恋愛なんて柄じゃないから」と答えないのだ。しかも自分からだ。
 プログラムと言う現状、いつ命を落とすか分からない現状で、隠していた本心を明かしてくれているのか。
 それはそれで、友人としては喜ばしいことだった。
 ただまぁ、意外な相手ではあった。
「野崎かぁ」
「何、その反応」
 都が苦笑する。
「いや、そこかぁというか、そこに行くんだぁというか」
 柚香もぽりぽりと頭を掻く。「地味だよね」柚香と二人で頷き合っていると、「ひどいなぁ」都が軽く笑った。 

 野崎一也は、友人である鮫島学や生谷高志(安東涼が殺害)が目立つタイプなので、その陰に隠れがちで、エリには彼に対して特段の印象が無かった。
 また、生谷高志が好いていた尾田陽菜ひな を佐藤理央と一緒にいじめていた関係で、エリは生谷高志とは険悪だった。
 自然、一也とも距離があり、話したこともほとんどない状態だ。
 それは、陽菜いじめには参加していなかったが、理央のグループである都も同じはずだが……。
「言われてみると、見た目わるかないね。悪い子でもなさそうだし」
 柚香を追って「だね」フォローを入れた後、「でも、地味だよね」と二人で声をそろえ、くすくすと笑いあう。
「ひどいなぁ」
 都が苦笑いを続けた。

 永井安奈は相変わらずぐずぐず泣いているので、柚香は声をかけなかった。気を使っているのだろう。
 安奈は昔馴染みだけに、周囲に気を使わせているのが腹立たしい。
「いい加減にしな。せっかくいい雰囲気なのに」
 ざっくり切って捨てると、「……だって、プログラムなんだよ? 私たちだっていつかは」
 安奈は怯えた様子で、周囲を見渡す。
 彼女と眼が合い、どきりとエリの脈が上がった。安奈の瞳は黒目がちで、吸い込まれるようだ。その黒から恐怖が滲み出ているように見えた。
 安奈は途中で口を閉じていたが、言いたいことは分かった。
 この五人で争うことを彼女は恐れているのだろう。

 重い何かが押しかかってくる。
 それは、みな同じことだったのだろう。一旦は明るくなっていた顔色が澱んでいく。
 


 数分後、飯島エリは二階へと続く階段をのぼっていた。支給の懐中電灯の明かりに、上階の暗がりが白く切り取られて見える。
 プログラムは長い。状況が変わるまで交代で休むことになっていた。
 後ろから、小さくせき込む音がする。
 吾川琴音だ。
 振り返り睨みつけると、彼女は「ご、ごめんなさい」首をすくめた。
 怯えた様子に腹が立つ。
「状況が変わるまでって何さ」
 一人呟く。
 どうあがいても最後の一人になるまでプログラムは続くのだ。
 仲間を集めたことで孤独感は癒えたが、絶望感は一緒だった。
 人と関わることでかえって増しているような気すらする。
 琴音たちの所作の一つ一つに苛々する。元々周囲に厳しいエリだが、普段はここまでではなかった。恐怖心から余裕がなくなっているのか。

 沈黙に耐えられなくなったのか、「永井さん……死んじゃいたいって」珍しく琴音から話しかけてくる。
「実際に死んでくれたら、ありがたいけど」
 ……ついでにあんたも死んでくンない?
 軽く睨みつけていると、泣きそうな顔で彼女は手に持っていたぶどうを一粒口に運んだ。
 気伏せっている様子のわりに、食欲は落ちていないようだ。果物セットにも積極的に手をつけている。
 ただ、彼女は食い気があるキャラクターではない。
 病弱で運動制限もかかっており、昼休みなどを見る限り小食だった。少し、違和感があった。

 まぁ、だから何だというのだ。
 肩をすくめ、エリは階段の先、二階の闇を見やる。
 琴音の食欲などどうでもよかった。食べたいのなら食べればいい。死にたいのなら、死ねばいい。
 そんなことよりもエリが気にかかっているのは、安奈の台詞だった。
 彼女の「私たちだっていつかは」という呟きが耳をついて離れない。
 そう、この五人だっていつかは争う。
 エリはそっと制服のポケットに手を這わせた。
 棒状の感触を確かめる。実は、教会の台所で入手した鞘付きの果物ナイフをひそかに忍ばせているのだ。
 反対側のポケットには、支給武器の防犯ベルが入っている。
 危険物を床下収納に仕舞うという津山都の案に逆らっていることになるが、エリは気にしていなかった。
 ……私たちだって、いつかは。
 安奈の台詞を心の中で復唱する。
 そう、自分たちだっていつかは殺し合う。最後の一人まで殺し合い、その一人だけが家に帰ることができる。それが、プログラムのルールだ。
 
 もちろん、積極的にゲームに乗りたいわけではない。
 クラスメイトを手に掛けることに、人を殺めることに、抵抗はあった。
 だけど、死にたくはない。この果物ナイフは、主に身を守るために手元に置いている。
 プログラムは確実に進行している。
 つい先ほど、近くで爆発音があった。
 また誰かが死んだのだ。
 その見当はついていた。吉野大輝らだ。プログラムが始まって早々、この近くの児童公園で、吉野大輝と但馬亜矢に声をかけられた。
 大輝もクラスメイトを集めている様子で、仲間にならないかと言われたのだ。
 独善的な彼には元々悪印象を持っていたので、にべもなく断ったのだが、彼らがまだあの公園にいたとすれば、爆発と距離感もあう。
 大輝には普段の学校で何度か粉をかけられており、辟易していたので、彼が死んだのであれば、せいせいするいうものだ。
 ただ、心には鉛を落とされていた。
 襲われたのか、集団自殺を図ったのか、それとも内部崩壊したのか。
 仲間を集めたところで、結局のところプログラムは進行するのだ。
 それは、この教会のメンバーとて同じことだろう。
 
 エリが柚香たちを集めた心理には、大輝に声をかけられたことがそれなりに影響をしている。
 あのときは、大輝のように仲間を集めれば気も紛れると思ったのだ。
 しかし……。
「ったく、なんでプログラムなんかに」
 苛立ち紛れに壁を小突く。


 階段を上がりきったところで、上着のポケットの中で携帯電話が小さく振動した。
 ぎょっと身体を強張らせる。
 じゃらじゃらとストラップをつけた二つ折りの携帯電話。
 琴音に見られないように隠して開くと、画面にメールの着信履歴が表示されていた。
 いつの間にか通信許可時間となっていたのだ。
 ごくりと唾を飲み込む。
 エリの携帯電話には、プログラム以来二通のメールが届いている。これで三通目だ。許可時間の度に一通ずつ着信している。
 着信ボックスを調べる手が震える。
「ああ……」
 ため息が零れた。
 ボックスの送信者欄には同じ名前が並んでいた。佐藤理央(安東涼が殺害)だ。
 これで都合三通、理央からメールが届いたことになる。
 彼女はすでに死んでいる。
 どういうことかと何度もメールアドレスを調べていたが、確かに彼女のアドレスから発信されていた。

 今までの二通は空メールだった。しかし……タイトルを見たエリの目が見開かれる。三通目にはタイトルが付いていた。
「殺された」
 琴音に聞こえないよう、声をひそめて読み上げる。
 メールタイトルはこの四文字だった。そして、メール本文には『みやこにころされた」と平仮名で打たれていた。
「みや、こ」
 階下にいる津山都だ。空手部の頼れる仲間。
 死者からの電信、告発。
 エリは現実的な性質だ。もちろん、そんな状況を信じるようなことはない。だけど、心乱れてはいた。
 メールが届くたびに、追い詰められる。
 いったい誰がこんなことを……。
 振り返ると、吾川琴音も携帯電話を開いていた。
 琴音は、木沢希美や結城美夜と親しくしていた。彼女たちと交信をしたのだろうか。それとも……。
 初めて、エリは琴音を畏怖した。
 怯えた目で彼女を見つめる。その様を、琴音は不思議そうに見返してきた。


 
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飯島エリ 
佐藤理央(安東涼が殺害)らと親しかった。三井田政信と一時期交際していた。尾田陽菜(黒木優子が殺害)苛めに積極的に参加。