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            <飯島エリ>  
 
 
 日が落ちかけている。台所の闇が増してきていた。 
「火、つけるね」 
 越智柚香(場面としては新出)が支給武器のライターを使い、ろうそくに火をともす。 
 合計三本に灯りをともし、それぞれ燭台の皿の上に置く。燭台は金属製で、柄の部分に凝ったレリーフが施されていた。 
 北の集落の中ほどに位置する教会。 
 ここは、二階建ての住居部分の一階にある台所 
            だ。 
 聖職者の住まいであると同時に、集会所のような役割もあるのだろう。 
 台所は広く、設備も整っていた。 
 その三か所に燭台を置き、柚香が「これで安心」一人頷く。黒縁眼鏡のレンズに、ろうそくの明かりが反射する。 
 ふっくらとした頬、若干丸みを帯びた小柄な体躯。 
 決して太っているわけではないのだが、全体的に丸っこい雰囲気だ。 
 
 ……何が安心なんだか。 
 飯島 
            エリ 
            は心の中で悪態をつく。 
 プログラムと言う現状、灯りをともしたぐらいで安心も何もない。 
 さらりとした長い髪。細身で長身、顔も面長なので、こちらは細長いイメージ。 
 また、日に焼けた健康的な肌をしていた。 
 エリはテニス部だ。 
 柚香も同じテニス部で、彼女はさらに焼けている。 
  
 台所の中心に置かれたテーブルに伏せる形で泣きじゃくっているのは、永井安奈(場面としては新出)だ。 
 先ほどの死亡者リストに彼女の友人だった重原早苗と筒井まゆみの名があがっていた。以来ずっとこの調子だ。 
「いい加減にしな、うるさいよ」 
「ご、ごめんなさい……」 
 安奈が顔を上げ、「私、死んじゃいたい……」弱音を吐く。 
 卵型のつるんとした顔。はっきりとした二重の双眸、やや厚い唇。後ろ髪を自然に肩におろし、前髪を左から右に流しピンでとめた髪型をしている。 
「勝手に死ねば」 
 ていうか、自殺してくれるなら、それはそれでありがたいンだけど。 
 そう思っていると、「駄目だって、エリ」津山都(場面としては新出)にたしなめられ、肩をすくめて返す。 
 都の髪型は女子生徒としては珍しいベリーショートだ。 
 きりりとした太い眉に、男っぽい顔立ち。骨太の肢体をしている。空手部に所属している猛者でもある。 
 スカートが似合わないと授業中も学校指定のジャージですごしていたが、今は制服姿だった。 
 都とは、柚香同様普段から親しくしている。 
 休みに連れ立って遊びに行くことも多かったが、都はいつもパンツルックだった。スカート姿はなかなかに珍しい。 
  
             
 と、テーブルの隅に座っていた吾川琴音 
            が小さく咳をした。 
「大丈夫?」 
 世話好きな都がその小柄な背中をさすってやる。 
 琴音は重度の喘息疾患を患っている。 
「発作止め使う?」 
「ううん、もう大丈夫。あ、ありがと」 
 琴音がどもりながら礼を言う。 
「そか、発作止めってあんまり使うとよくないんだってね」 
「うん。心臓に負担がかかるから」 
 都を頼るように、琴音が言う。 
 テーブルの上には発作止めの気管支拡張剤が置かれている。筒型をしたポケットサイズの吸引薬だ。 
 
  
             
 今エリと一緒にいるのは、もともと親しくしていた越智柚香、津山都のほか、永井安奈と吾川琴音だった。 
 五人で教会に立てこもっている形だ。 
 吾川琴音とはたまたま初期配置が近かった。彼女と合流したのち、通話許可時間を使い、柚香と都を集めた。 
 安奈は柚香と一緒に着いてきた。 
 彼女たち二人も初期配置が近く、プログラム開始早々に合流したそうだ。   
 
 実はエリと安奈は家が近く、昔馴染みだ。 
 ただ、飯島家と永井家はあまり上手くいっていない。 
 安奈の父親は、少し前まで骨董品屋を営んでいた。正品からまがい物まで取り扱っている怪しい店だったが、それなりに繁盛していたようだ。 
 まぁ結局は足が付き、今は塀の中だ。 
 ここで問題になるのはエリの祖父だ。祖父は骨董好きで、安奈の父親にも相当の金を流している。 
 捕縛される前から祖父の浪費にいい顔をしていなかったエリの両親は、それみたことかと骨董品の再鑑定を勧めているのだが、祖父本人が安奈の父親を信頼しきっており、忠告に耳を貸そうとしない。 
 自然、両家の間柄は険悪となってしまっている。 
 まぁ、エリからすれば、安奈自体は単なる大人しい優等生だ。 
 特に害はないので、普通に付き合っていた。害がなさ過ぎて面白みに欠けるので、親しくもしていなかったが。  
 
 
 その安奈の手が自身の首につけられた首輪に伸び、びくりと震える。 
「プログラム……」 
 彼女の呟きが耳に入り、エリは顔をしかめた。 
 そう、プログラムだ。 
 まさか、自分が所属するクラスがプログラムに選ばれるとは。 
 クラスメイトの命が次々と失われていく。そして、彼らの命を奪っているのもまたクラスメイトの誰かなのだ。 
 エリの友人の中でも、すでに佐藤理央と香川美千留が死亡者リストに名前が挙がっている。 
 実際に死体を見たわけではないが、まさか放送が偽りということはあるまい、彼女たちはもうこの世にはいないのだ。 
 
 大人しい美千留はともかくとして、理央が誰かに殺められる姿は想像しがたかった。 
 理央はグループの中心だった。 
 気にいらない相手には……可愛らしい容貌で男子生徒に人気があった尾田陽菜のことだ……には徹底的に辛く当ったが、仲間と見なした者には優しかった。 
 重原早苗に目を付けられていた美千留を積極的に助けており、美千留は理央に恩義を感じていたようだ。 
 エリと理央はその中でもよく気があっていた。 
 陽菜の悪口や毒気の強い噂話に花を咲かせたものだ。 
  
 見やると、安奈がまだ肩を震わせている。 
 エリに言われたのを気にしているのだろう、声を押し殺して泣いている。 
 その様子がまたエリの癇に触る。 
             
 文句を言おうとしたら、「エリ」津山都に名前を呼ばれた。 
 行動を先読みされたのだ。 
 都はきゅっと上がった太い眉を寄せ、立てた人差し指をちちちを動かしている。角が立たないようにしているのだろう、どこかおどけた雰囲気。 
 
 グループでは理央に仕切りを任せていたが、都は世話好きな性格だ。 
 この集団の中では自然、彼女がリーダーとなっていた。 
「大丈夫、誰かが襲ってきても私がやっつけてやるから」 
 空手部の都が正拳突きの真似ごとをし、皆を勇気づけている。 
 また、彼女の発案で、包丁や金づちなど、凶器になりそうなものを集め、台所の床下収納に仕舞いこんでいる。 
 さらにその上に棚を置き、容易には取り出せないようにしていた。 
 エリにしてみれば、だから何なんだという話だが、平和な雰囲気作りに必要という理屈は分からなくもない。 
  
 それぞれの支給武器も、床下にしまいこんでいた。 
 都自体がスプリングフィールドXDという銃を支給されており、その彼女の発案と言うことで、説得力があった。外から襲われた時は、取り出せばいい。 
 扉には鍵を閉めているし、窓という窓には雨戸を下ろしているので、急襲されることはない。 
 津山都に支給された銃の他は、越智柚香の鉈と永井安奈のペーパーナイフが床下収納行きとなっている。 
 エリの支給武器は防犯ベルだった。 
 吾川琴音は果物セットだ。 
 これらは危険がないので、集められていない。 
 琴音の果物セットはテーブルの上に置かれていた。リンゴや梨は刃物が無いので手をつけていないが、ぶどうやみかんなどは大分減って来ている。 
 
 ここで、唐突に「ね、修学旅行っぽくしようよ」柚香が口を切った。 
「何が?」 
 鋭く尋ねると、「えーと、好きな子言い合うとか?」丸い眼鏡の奥で、目をくりくりさせて言う。 
 明るい雰囲気にしたいと言う柚香の意図は分かるのだが、エリには彼女がどこか空回りしているように感じられる。 
 まぁ、いつもいつも厳しいことばかり言っていると、孤立してしまう。 
 ここは乗っておくかと「いいね!」手を叩いておいた。 
「柚香は西沢くんだっけ?」 
「そう! かっこいいよねー」 
 明るい声で柚香が返す。 
 この手の話はもともと仲間内でよくしていた。 
「私も西沢かなー」 
 そう言うエリの頭にちらりと浮かぶのは、西沢海斗ではなく三井田政信だ。 
 彼とは一時期付き合っていた。と言っても、政信は先に野本眞姫(木多ミノルが殺害)と交際しており、エリは浮気相手だった。そんなことは百も承知の割り切った関係で、別れたときも感傷に浸ることなどなかったのだが……。 
 プログラムと言う現状でいま思い出すのは政信の顔だった。 
 そういえば、野本眞姫はさきほどの死亡者リストにあがっていた。政信とのことがあって、彼女とは冷戦状態だった。 
 悪いことをしたな。 
 政信に手を出したことに、罪の意識を持つ。 
 
 遅れて、こんなことを考えている自分に意外を感じ、動揺してしまう。 
 他人の気持ちなんて考えるだけ損だというのが、エリの持論で、実際にそうしてきた。だけど今、エリは後悔の念を確かに抱いていた。 
  
             
 
 
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