<加賀山陽平>
一体どれだけの時間気を失っていたのだろう。
陽平はうっすらと目を開けた。しかし、何も見えなかった。視界は白く濁っている。今自分が公園のどのあたりにいるのかも分からない。
幸いと言っていいのだろうか、覚醒したその瞬間から、陽平は全てを理解していた。
思い通りにならない現状にじれ、プログラムの現実に追い詰められた吉野大輝は絶望し、激高し、手榴弾のピンを抜いた。
逆上し、癇癪を最悪の形で起こしたのだ。
……なんて、愚かな。
ため息をつこうとし、激しくむせた。
どうやら熱風で気管を損ねたようだ。
目を瞬いても、視界は回復しない。閃光に眼球を焼かれたのか、どこかの神経が駄目になったのか。
背中がやけにごわごわするので、利き手の右で確かめようとしたら、動かなかった。感覚自体がない。
仕方なく左手で探ると、爛れ、抉
れたような感触を得た。
ついでに言えば、下半身は丸ごと動かなかった。左手だけが稼働している。
……ああ、死ぬんだな。
穏やかに、考える。不思議に、痛みは感じなかった。それもまた死へ向かっている証拠だろう。
地面、衣類、肉、髪の毛。色んなものが焼ける匂いがした。火薬の匂いがした。
きっと、公園は酷い有様に違いない。
誰かに抱きかかえられる。
ふっと甘い香りがした。洒落者の海斗が好んで付けていたコロンだ。
「……よう、へい! 陽平っ」
少しずつラジオのチューナーが合い、海斗の声がうっすらと聞こえた。
聴覚も大分やられているようだ。
彼の悲痛な叫び。海斗もきっと焼かれ、傷を負っている。だけど、人を抱え上げ、叫ぶことができるのだ。致命傷は負っていないはずだ。
安堵する。
生まれて初めて、陽平は自身が巨漢であったことに感謝していた。
今までこの身体のせいで、散々な目にあってきた。
これで筋肉質であればまた違ったのだろうが、肥満体と大人しい性格の掛け合わせは、からかいの格好の的になった。
いっそ苛めに近いことをされていた時期もある。
それを救ってくれたのが海斗だった。
そして今、彼を救ったのは誰でもない、陽平自身だ。
後悔が無いと言えば嘘になる。
自分が盾になるのではなく、海斗を盾にして生き延びる道もあった。
……いや。
ここで、陽平は心の中で首を振る。
海斗はスマートな体躯だ。体格差を思えば、逆の行動をした場合はどちらも命を落としていたことが瞭然だ。
……なら、これで良かった。
自嘲気味に頬を緩め、「た、じまさんは?」訊く。顔面も火傷で引きつっているのか、上手く口が動かせない。
声は掠れ、がらついている。
爆破のど真ん中にいた吉野大輝は即死だろう。では、但馬亜矢は?
「……だめ、だ」
苦しそうな声。
……そうか。
胸が痛む。華やかではあったが、決して人が良いとは言えない彼女だった。いつ彼女の毒を向けられるかと、びくびくしていたものだ。だけど、良いところもあった。彼女の明け透けさは、憧れでもあった。
一瞬の間のあと、「……んな、ことって」海斗の声が落ちてきた。
時間が飛んでいた。差し迫る死に、時を奪われたのだと知る。
もう、猶予はない。
……な、にか。何かを言わなくちゃ。何かを。
遅れて、告げるべきことがあったことに気づく。
ああそうだ。僕には海斗に言わなくちゃいけないことがあった。
少しの間に張り付いたようになっていた唇をこじ開け、陽平は声をおしだす。
「あ……りが、と」
こんな僕と友だちになってくれて、ありがとう。
楽しい時間を、楽しい仲間を、ありがとう。見たことも無かった世界を、ありがとう……ありがとう。
頬に何か温かいものを感じた。
一瞬、白濁していた視界が晴れる。目前に、西沢海斗の顔があった。ぼろぼろと涙をこぼしている。頬に落ちてきたものの正体を知る。
視界はすぐにまた濁り、そして、陽平の命に幕が閉じられた。
−吉野大輝・但馬亜矢・加賀山陽平死亡 20/32−
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