OBR1 −変化−


037 2011年10月01日18時00分 


<加賀山陽平> 


「眞姫が……」
 青ざめた顔で、
但馬亜矢が息をついた。瞼が小刻みに震えている。涙をこらえているのか。
 つい先ほどの定期放送で、野本眞姫まきの死亡が告げられたところだ。
 友人の死は衝撃を伴って彼女に届いたのだろう、一回り小さくなったように見える。
「順調に減ってるな」
 
吉野大輝がデリカシーのないことを言う。
 ここまで場の空気が読めないのも珍しい。
 ただ、彼の顔も蒼白だった。
 定期放送の度にプログラムの現実を突きつけられる。彼はそれらをまともに受けているようで、時間と共に切迫の色が濃くなってきている。

 
陽平は西沢海斗のほかに、写真部の二人、中村靖史や藤谷龍二と親しくしていたが、彼らはまだ無事のようだ。
 どちらも基本的には穏やかな質だったが、藤谷龍二はプレッシャーに弱い。大輝と同じく、追い詰められるとどうなるか分からないタイプだ。
 ……大丈夫かな。
 心の中でつぶやく。
「残念だったね」
 眞姫がどこで命を落としたのかは分からなかったので、とりあえずジャングルジムに向かって手を合わせる。
 日は落ち、あたりはうす暗い。
 
児童公園の周囲は住宅地になっていたが、家々が黒い塊になりつつあった。
 ただ、風が出、雲が動き始めていた。隙間にうっすらと星の光も見える。どうやら、闇夜は避けられそうだ。
「……ありがと」
「辛いよね……」
 慰めの言葉のつもりだったのだが、「実は、そうでもないんだ」亜矢がぽつりと返してきた。
「え?」
 強がりにも見えなかった。
 公園の地面を足で一度蹴り、「あたしら、友だちってほどでもなかったから」目を伏せる。
「それって、どういう……」
 意味が分からず訊く。
「ほら、クラスが分かれると切れる関係ってあるじゃない。卒業したらもう連絡取り合わないっていうかさ」

 普段の彼女たちを思い浮かべる。
 気の強い女二人、言いあいは日常だった。じゃれ合っているのか喧嘩をしているのかよく分からなかったが、あれはあれで親しさの表れだと思っていた。
 また自分にはとてもできない人間関係だった。
 陽平は人との距離を詰めることができない質だ。
 どうしても壁一枚できてしまう。
 海斗とあんな風に言いたいことを言い合いたいな、そんな風にも思っていたものだ。
「仲良かったのに」
「仲は……いいんじゃないの? でも、ケイゾクセイはない」
 亜矢が切なそうに笑う。
「女子が全部そうってわけじゃないけど、私らみたいな女は群れる相手を選ぶからね。つり合いを見るんだ。眞姫と私はつり合ってた」
 確かに、どこか似通った雰囲気の二人ではあったが。
「つり合うから一緒にいた。……それだけなんだよ」
 だから悲しくはないと亜矢は言う。
 ではなぜ目を潤ませているのか。それは、喪失感や悲哀が彼女の中から形作られたからではないのか。
 考えたが、口には出さなかった。
 そんなことは、亜矢自身が十分わかっているだろうから。

「だからさ、西沢と加賀山が一緒にいるとこ、ちょっと羨ましかったよ。なんか穏やかでさ。ずっと続きそうでさ」
「そ、そう?」
 予想していなかったことを言われ、まごつく。
 亜矢は、続きそうというところに力を込めて話していた。
 先ほども継続性云々と言っていた。
 彼女にとって思い入れのあるフレーズなのだろう。
 ややあってそのままではいけないと、「僕は、但馬さんたちが羨ましかった。何でも言い合える感じが」続けた。
「へぇ」
 虚を突かれた顔のあと、亜矢は微かに口元をほころばせた。
 何か彼女の大切なものを撫でたのだと分かった。
 そして、そんなことができた自分が少し誇らしかった。
 ……やるじゃん、僕。


「お前ら、何話してるんだ?」
 完全に蚊帳の外に置かれていた吉野大輝が割って入ってきた。
 声に怒気があった。目が角ばっている。
 集団のすべてを掌握したいのに上手く行かないことに、焦り、じれているのだ。
「おい、亜矢と話すなと言ったろ」
 そんなことを言われた覚えはない。
「誰が亜矢だよ。あんたなんかに、そんな風に呼ばれたくない。だいたい陽平が誰と話そうが勝手でしょ」
 鋭く亜矢が切り捨てる。
 遅れて、下の名前で呼ばれたことに気づく。
 大輝への嫌味で言ったのだろうが、あまり良い切りかえしとは思えなかった。
 案の定、大輝の彫りの深い顔が真っ赤に染まった。
 握りしめられた拳がぶるぶると震えている。
 
 と、亜矢がぴょんと飛び上がり、「西沢!」歓喜の声を上げた。
 彼女の視線を追う。
 児童公園は、低木で造られた生垣で囲われていたが、その向こうに制服に身を包んだすらりとした中背が見えた。
 手足が長く、頭が小さい。
 きゅっとあがった眉、涼やかな目元。さらりと風に揺れる柔らかな艶髪。
 それは確かに、
西沢海斗にしざわ・かいと(場面としては新出)の姿だった。
「おおい」
 遠く、手を振ってくる。
「海斗っ」
 陽平も思わず跳ね、手を振り返す。
 いつ命を落とすか分からないプログラム。会いたくて会いたくてたまらなかった、大切な友人だ。
「遅い!」
 亜矢が嬉しそうに不平を言う。
「ほんと、いつ来るかと思ってたよ」
 陽平も後に続いた。 

 唐突に、背後に冷気を感じた。
 びくりと肩を上げ、恐る恐る後ろを振り返る。
 そこには、仁王立ちの吉野大輝の姿があった。
 表情険しく、海斗を見つめている。ただ、真っ赤になっていた顔色はいつの間にかおさまっていた。むしろ、血の気が引いて見えた。蒼白だ。
「……西沢」静かに、大輝が顎先を上げる。
 そして、海斗へ手招きをした。
 穏やかな表情で言う。
「よく来たな、待ってたぞ」
 後半がやけにくっきりと聞こえた。
 彼は放送部で鍛えられている。もともと良く通るいい声をしているのだが……。

 遅れて、「あっ」陽平は失策に気づく。
 連絡を取り合っていたことがばれてしまった。
 正確には、亜矢や陽平ではなく、野本眞姫の依頼で彼はここに来たのだが、同じことだ。
 また、海斗が公園に向かっていることを黙っていたのは事実だ。
 それは、大輝にとって屈辱的なことだろう。

 しかし、外国人のようにゆったりと両手を広げ、大輝が歓迎の意を表する。
 三人並んで海斗を迎える形だ。
 違和感。
 この三人に海斗が混じれば、リーダーは明らかに彼になる。覇権は新参者のものだ。集団を牛耳りたい大輝が海斗の来訪を喜ぶはずがないのだ。
 なのに彼は穏やかに海斗を迎えようとしている。
 それは不可思議なことだった。確信めいた疑念。どきどきと胸が鳴っていた。騒ぐ何かを感じる。
 海斗と大輝の仲は、もともと決して円満ではなかった。
 大輝は、目立つタイプの男子生徒にあからさまに対抗心を燃やす。
 このクラスでは主に、鮫島学と海斗がその対象になっており、二人は辟易していたものだ。
 なのに、この態度。海斗もまた違和感を持ったのだろう。やや面食らいながらも、近づいてくる。
「陽平、怪我はないか?」
 その目には、光るものがある。
 ああ、海斗も僕に会いたがっていてくれたんだ。
 陽平の双眸も涙に滲んだ。
「……但馬も」
「私はついでかよ」
 亜矢が苦笑する。漫才のようなやり取りに、陽平の頬も緩む。
 その間に、向き合う距離まで海斗が近づいてくる。
 海斗、亜矢、陽平の三人で手を握り合った。友人の手が暖かいことに、ほっとする。
 幸せな時間。
 しかし、その時間に、気を取られていたようだ。
 
 気づけば、大輝の右の掌に何か黒く丸いものがあった。
 つい先ほどまで何もなかったはずの掌に現れた異物。まるで、手品のようだった。遅れて、それが手榴弾だと認識する。彼の支給武器だ。
 はっと息をのむ。
 大輝の表情が変わっていた。
 先ほどまでの穏やかさはなくなり、かわりに憤怒が乗っている。目は吊り上がり、こめかみでは血管がぴくぴくと波打っている。怒気が滲んでいた。
 ただ、口元は歪み、どこか悲しげでもあった。何かを諦めた様な、泣き笑いにも見える。
「チクショウ!」
 彼の左手が手榴弾のピンを掴む。
「あ……」
 亜矢がぽかんと大輝を見上げ、気の抜けたような声をこぼす。
「馬鹿にしやがって!」
 大輝が吼え、ピンを引き抜く。安全レバーを外す。

 一瞬の判断だった。
「海斗!」
 陽平は西沢海斗を引きずるようにして、駆けだした。
 ここから、時間がコマ送りに感じた。一歩、また一歩、足を進める。飛沫する汗、「え、え?」海斗が惑い声をあげる。
 背後で爆音。
 振り返ると、光が追ってきていた。大輝の掌を中心に、閃光があたりをじわりじわりと白く染め上げていく。
 ここで、陽平は意を決した。いや、既に心組みはできていた。
 光から隠すように、彼に覆いかぶさる。
 背面に叩きつけてくるような熱風を得る。ふわり身体が浮き上がり、足が空蹴りになり、そして。そして、仰け反るような体勢で、虚空へと吹っ飛ばされた。




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