OBR1 −変化−


036 2011年10月01日17時30分 


<加賀山陽平> 


 西沢海斗は、この児童公園を目指して移動中だ。
 先ほどの通話許可時間に、海斗からメールが来ていた。
 野本眞姫にお願いされ、向かってくれているそうだ。
 本当は、陽平自身が彼を呼びたくて、許可時間に電話をかけようとしたのだが、大輝に遮られてしまっていた。
 彼が公園にやってきたらイニシアチブを奪われると警戒したのだろう。
 西沢海斗が公園に向かっている話は、まだ大輝にしていなかった。
 到着したらひと悶着あるかもしれず、気がかりだったが、海斗に会いたい気持ちも勿論ある。

「海斗もこっちに向かってるから」 
 告げると、「西沢が来たら雰囲気変わるよね」期待したような口調で但馬亜矢が言う。
「野本さんは?」
「眞姫は来ないんじゃないかなぁ」
 物憂げな表情。
「どうして?」
「最近、喧嘩したところだしね」
「またぁ?」
 苦笑する。
 気の強い女同士、二人は詰まらないことでよく喧嘩をしていた。それでも一緒にいるのだから、深刻な仲たがいではないのだろうが。
 思ったことを話すと、「そういうのとは、違う」亜矢が切なげに笑う。
「どゆこと?」
 訊くが、答えてくれなかった。

 と、「おい、何をしている」鋭い声がかかった。
 見やると、いつの間にか吉野大輝が水飲み場から帰って来ていた。
 睨みつけられる。
 二人が近くにいることが気に食わないのだろう。
「何も」
 亜矢は立ちあがると、すたすたと歩き出した。
「どこへ行くんだ?」
「トイレ。そんなことまで断らなきゃなの?」
 公園の片隅に設備の整ったトイレがあるのだ。
 掃除も行き届いており、清潔だった。
 茶髪をなびかせながら遠のいていく彼女の背を見送った大輝が、「おい、余計なことをするなよ」小突いてきた。
「何もしないよ」
 陽平は首をすくめる。
「あいつは、俺の女にするからな。諦めろ」
 本心から物にできると思っている様子だ。自惚れもここまで来ると清々しい。

 海斗という共通の友人がいる関係で、亜矢と陽平は日ごろからそれなりに親しい。
 大輝なりに警戒しているのかもしれない。
 何にしても、プログラムと言う現状で呑気な話だ。

 まぁ、もとより彼女と進んだ関係になるつもりはない。
 むしろ、馬鹿にされないだけ有難いと自虐的に考えていたぐらいだ。
 同じ気の強い女でも、野本眞姫はからりとした性格だが、亜矢は多少の毒を含んでいる。
 海斗と一緒じゃなかったら、普段の学校生活で彼女の毒を向けられる瞬間もあったのだろう。
 総じて、亜矢のような華やかな女子生徒は、地味な男子生徒に厳しいものだ。
 そんな亜矢と日頃から馴染み、今は多少なりとも頼られている。
 そこに、西沢海斗という存在が関与していることは明白だ。亜矢は陽平が海斗の友人だから、親しくしてくれている。
 ただ、少なくとも嫌われてはいないとは、思う。
 その意味では、亜矢は非常に分かりやすい。今大輝にしているように、気にいらない者にはあからさまに距離を置く。
 きっかけは海斗だが、その後の人間関係は陽平と亜矢のものだ。
 まさか自分が、亜矢のような女子生徒と打ち解けるとは思っても見なかった。
 もちろん、そこから先を願うことはない。
 自分にはもっと大人しい女の子があっている。……まぁ、彼女からしても、陽平など願い下げだろうが。

 この一年ほどだが、陽平は変わりつつある自分を感じていた。
 前はもっと陰気だった。誰かの目を見て話すのが苦手だった。自信なんてかけらも持てなかった。
 今は幾分前を向いているような気がする。
 それは海斗と知り合ったからだろう。
 海斗は時折、陽平の部屋に遊びに来るのだが、いい友だちができたと両親も喜んでくれているようだ。
 陽平には一つ下に妹がいるのだが、海斗が来るたびに色めきだっている。
 そんな明度の上がった生活がプログラムによって破壊されようとしていた。
「プログラム、か……」
 呟くと、「プログラム……」近くで大輝が復唱した。
 見やると、彼のこめかみがぴくぴくと波打っていた。
 余裕のない横顔。
 自覚しているのかいないのか、定期放送ごとに彼の焦燥感は増してきている。
 プログラムの現実が、彼を追い立てているのだろう。

 大輝の支給武器は手榴弾だ。
 体格にも恵まれている。また、癇癪持ちでもあった。海斗に手榴弾を投げつけかねず、あまり刺激できない。
 他の二人、陽平の支給武器はバスタオルで、亜矢は携帯電話の充電器だった。

 一度そっと目を瞑った後、上空を見上げる。
 日は陰り、暗く、澱んでいた。
 その閉そく感に、陽平はそっと溜息をつく。




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