OBR1 −変化−


035 2011年10月01日17時30分 


<加賀山陽平> 


「何か当番があったほうがいいと思うんだ」
 唐突に吉野大輝よしの・だいき(場面としては新出)が立ちあがった。大柄で精悍な肢体。くっきりとした眉に、厚い唇。多少くどくはあるが整った顔立ちをしている。
「当番って何よ」
 肩までの茶髪を撫でつけながら、但馬亜矢たじま・あや(場面としては新出)が口をとがらせる。馬鹿にしたような口調だ。
 加賀山陽平かがやま・ようへい(新出)は、慌てて「何をしたらいいの?」間に入った。
 横にも縦にも幅のある、クラス一の巨漢。丸顔、ばさっとした前髪の下、黒縁の眼鏡が光る。
 三人とも制服姿だ。

 北の集落の中ほどに位置する児童公園
 ジャングルジム、ブランコ、滑り台。小さな島ながら遊具はそろっていた。公園自体は古くからあるようだが、遊具は最近揃えなおしたようだ。錆が少ない。
 周囲には、家屋が建ち並んでいる。
 陽平はブランコの横にある木造りのベンチに腰掛けていた。すぐそばに大きな木が植えられており、陰になっている。
 木の幹はまっすぐで、樹皮は緑色で平滑へいかつだ。枝には、手のひら大の大きな葉が下向き加減についていた。紅葉樹なのだろう、葉は黄色く色づいている。
 舟形の赤い実がついていた。
 根元の立て札には『アオギリ』と書かれていた。
 陽平の地元、神戸でも見かける公園樹だ。
 
 先ほど少し雨が降ったが、今はやんでいた。
 空には濃灰色の雲がかかっている。
 午後17時、このまま暗い夜へと向かうのだろう。少し肌寒い。 
「それぞれが何をするかは、これから決めよう」
 腰に手を当て、大輝は放送部で鍛えられたよく通る声で言う。
「あ……、そう」
 いささか拍子抜けし、陽平は肩を落とした。
 何も決めずに言ったのか。 
 考えなしの台詞と堂々とした態度の組み合わせの滑稽さにも、亜矢から蔑視されていることにも、本人は気づいていないようだ。

 プログラム中、電気とガスは止められているが、水道は生きている。
 水飲み場へ大輝が水を汲みに行っているすきに、「俺は馬鹿ですって宣言してるようなものなのにね」亜矢が小声で囁いてきた。
 ふっと甘い香りがし、陽平の心臓がどきりと跳ね上がる。
「加賀山が来てくれてよかった」
 八重歯を覗かせながら、亜矢が艶っぽく笑う。
 目じりの落ちる垂れ目、ふっくらとした頬。肉感的な身体。同じ15歳とは思えない色気を感じ、どぎまぎしてしまう。
「あいつとずっと二人だなんて、ぞっとする」
 たいした嫌い様だ。
 この児童公園にいるのは、大輝、亜矢、陽平の三人だった。
 最初は亜矢と大輝の二人だったようだ。たまたま遭遇したらしい。

 陽平は大輝からメールをもらって公園に来ていた。
 メールは一斉送信さえており、宛先を伏せていなかったので、誰と誰に送ったのかが知れていた。
 大輝は他に、藤谷龍二(場面としては未出)と小島すばる (新出)にメールを送っていた。
 また、亜矢から強引に聞きだして、野本眞姫(木多ミノルが殺害)にも声をかけていた。
 大輝が集めようとした男子生徒は、陽平を含めてみな地味だ。
 逆に、亜矢と眞姫は華やかな女子生徒だった。
 そのあたりの人選に、大輝の浅はかな意図が見て取れた。
 要するに、集団のリーダーを取り、亜矢や眞姫をはべらせたかったのだろう。
 残念ながら、その意図は成功しているとは言い難かった。
 吉野大輝は見目は良いのだが、その我の強さから、もともと女子生徒人気は芳しくない。リーダーシップも取れていなかった。

 大輝は初期配置が北の集落だったそうだ。
 彼によると、近くの教会に飯島エリと吾川琴音がいるらしい。
 単に入っていくところを見ただけと言っていたが、おそらく声をかけ断られたのではないかと、陽平は踏んでいた。
 吾川琴音は大人しいが、飯島エリははっきりとした性格だ。
 断りついでに、それなりの台詞を見舞っているかもしれない。
 また、大輝ではないが、エリも集団を好む性質だ。
 通話許可時間を使って、彼女も越智柚香など仲間を集めるに違いない。

 集団の形成。それはプログラムという現状、良策なのだろうか。
 児童公園の地面に枝木で意味のない図形を描きながら、考える。
 

 大輝はクラスメイトの多くと携帯電話番号とメールアドレスを交換している。
 携帯電話を持つようになってから知ったのだが、電話帳の埋まり具合……特に異性の番号の集まり具合を、何か勲章のように感じる手合いがいる。
 大輝は間違いなくその人種だった。
 眞姫のメールアドレスを自身の携帯電話に登録するとき、大輝は満足そうな顔をしていたものだ。
 陽平は大輝とは二年、三年と同じクラスだ。二年前の時点でメールアドレスは交換していたが、彼からメールが来たのは、二年時と今年のクラス委員選挙のときだけだ。『選挙、よろしくな』とだけ入力されたメール。
 もちろん、投票はしなかった。
 二度とも、友人の西沢海斗にしざわ・かいと に票を入れた。
 結果、二年のときは海斗が、三年の現在は鮫島学がクラス委員長になっている。

 西沢海斗は、バスケットボール部に所属しているスポーツマンで、成績も悪くない。家が不動産業で成功を収めており、端正な顔立ち。
 性格も明るく、クラスで目立つ存在だ。
 部活仲間(三井田政信や矢田啓太郎だ)のほか、亜矢や野本眞姫など女子生徒とも仲がいい。
 その華やかさが大輝の闘争心を煽ってしまうようで、何かにつけ競われ、困惑していた。海斗自身は争いごとを好まない質だ。
 陽平は海斗とは一年からずっと同じクラスだったが、親しくなったのは二年からだ。
 二年に入ってすぐ、京都エリアのミニシアターで偶然出会ったのが始まりだった。
 陽平の趣味は映画鑑賞で、大作から学生の自主製作映画まで幅広く観る。
 海斗も映画が好きだったらしい。
 少し、意外だった。
 海斗と遭遇した作品は上映館が少なく、関西で放映されていたのは件の映画館だけだった。陽平たちの住まいは神戸だ。中学生身分での神戸京都間はそれなりに距離がある。
 内容は地味で暗く、出ている役者も無名。
 彼のような華やかな少年がわざわざ遠方まで繰り出すような映画とは、とても思えなかった。

 また、友人の多い彼が一人で観に来ていたのも意外だった。 
 それに、例え詰まらない映画でも、彼と一緒に休日に出かけることに意味を持つ女子生徒は掃いて捨てるほどいるはずだ。
 どうして一人なのか訊いたとき、彼は孤高を気取るわけでもなく、「この作品のよさは一般人には分からない」と傲慢に語るでもなく、「だって、付き合わせるの悪いし。どーしても、この系の映画って当たり外れ激しいから」のんびりと答えてきた。
「今回は?」
 訊くと、いたずらっ子のような笑みが返ってきた。
 すぐに何を求めらているか分かった。せえので、「外れだったね」と二人同じセリフを吐いたものだ。
 そして二人してくすくすと笑いあった。

 以来急速に親しくなった。
 彼に嫉妬を感じないかと言えば、嘘になる。
 それは男子生徒の多くが感じているもののようだ。
 出来すぎた彼は、常に羨望や揶揄の的だった。吉野大輝などはあからさまに敵愾心てきがいしん を向けていたものだ。
 だけど海斗はそんな視線もさらりとかわしていた。
 
 ただ、素直に嫉妬を表すことができる彼らもまた、陽平にとっては羨ましい存在だった。
 それは、陽平にはできないことだ。
 身体は大きいものの、地味な容貌や気弱な質が災いし、小学校時代は所謂悪ガキに、中学校に入ってからは不良生徒に目を付けられることの多かった陽平だが、二年からは海斗のそばにいることで、難も逃れることができた。
 また、海斗の友人たち、亜矢や野本眞姫、三井田政信といった陽平とはおよそタイプの違う生徒とも交流が持てた。平和な学生生活が送れるようになった。
 彼と不調和になれば、そんな日常も泡と消える。
 だから、陽平は海斗への羨望を胸の内にしまっていた。
 これを打算と言うならば、そうなのだろう。
 しかし、彼のことを好ましく思っているから一緒にいる。それもまた事実だった。
 プログラム。
 生き残るのは一人だけだ。放送によるとすでに何人ものクラスメイトが命を落としたようだ。
 人と争うことを嫌うというよりは、争うことそのものができない自分のこと、きっと長くは生きられない。
 その前に海斗と会っておきたかった。
 そして、礼を言いたかった。
 考えてみれば、彼からは得るばかりだ。様々に与えられ助けられてきたのに、一度も礼を言っていない。



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