OBR1 −変化−


034 2011年10月01日15時00分 


<鮫島学> 


 木多ミノル
は、山道を覆う深い森 の中、木々の隙間から顔を出していた。
 長銃に弓を合体させたようなもの……ボウガンを両手で抱えている。同時に数本装填できるタイプのようだ。
「き、だ」
 鮫島学 は彼の名を呼んだ。自分でも驚くぐらい、声が震えている。
 その声に、ミノルがびくりと肩を上げた。
 さし向けられるボウガン。鉄製のやじりが太陽の光を反射する。ミノルと視線が交差する。彼は怯えた表情をしていた。顔面が蒼白だ。
 なのに、足がすくんで動かない。
 次の行動を取らなくてはいけないと頭では分かっているのに、身体が強張る。
 蛇に睨まれたカエル。そんなフレーズが頭をよぎり、「え、俺がカエルのほうかよ」学は頭の隅で考える。
 木多ミノルは、素行の悪い楠悠一郎(国生が殺害)の使い走りをしていただけの男だ。
 そんな男の下位に立つなど我慢ならないことだったが、実際に手足が凍りつき、金縛りにあったようになっていた。

 視線の端には、山道の地面に倒れこんだ野本眞姫のもと・まき の姿。
 流れ出る大量の血が、彼女の体のまわりにとろっとした赤い池を作っている。むせかえる様な血の匂いが周囲に充満しつつあった。
 荒い息。痙攣の間隔が少しずつ広がって来ている。学の位置からは顔は良く見えないが、彼女が死に向かっているという事実が嫌というほど突きつけられる。
「う、わ……」
 ミノルの乾いた声。
 彼の震えにあわせて揺れていたボウガンが持ち直された。
 撃たれる!
 思わず目を瞑った瞬間、「サメくん!」坂持国生が学に飛びかかってきた。腰のあたりに抱きつかれ、そのまま彼と一緒に地面に倒れこむ。
 果たして、発射された矢は右の肩口の肉を掠め取るに終わった。
 走る激痛。遅れて、国生に助けられたのだと理解する。

 この俺が!
 自身が誰かに助けられたということが受け入れ難く、顔をしかめる。
 他から見れば、泣き笑いのような表情に見えただろう。
 未だ動かない身体。学を守るかのように国生が膝をついて中腰の体勢になる。国生の手にはいつの間にか、彼の支給武器である銃があった。
 銃口はミノルを向いていた。
 サムライエッジ。遊底の上面を大きく切り取ったデザインが特徴的な、9mm口径の半自動拳銃だ。使用弾薬が9mmパラベラム弾のため比較的反動が小さく、扱いやすい銃。また、20発以上と装弾数が多い。
 銃の詳細知識なんて今必要ないことが、頭を駆け巡る。
 自身が混乱していることが嫌でも分かった。
 今すべきなのは……国生がしている行動だ。

 三連続の撃発音。
 外れてしまったのか、わざと外したのか、弾丸は全て森の奥へと消えた。
 しかし、これで充分だった。
「ひいっ」
 おくした様子でミノルが後じさり、そのまま踵を返して駆けていった。


 
 二人分の荒い息が聞こえる。
 遅れて、三人ではないことの意味が追いついてくる。
 見やると、野本眞姫の痙攣がとまっていた。見開かれた瞳、拡散した瞳孔。死んでいるのだ。
 はっきり言って好きなタイプの女ではなかった。
 女子生徒と積極的に話す学ではないので、どこか気圧されるものを感じ、そんな風にさせる彼女が苦手だった。
 先ほどの会話も、なんて生意気な女なんだと思いながらしていた。
 だけどその死は、衝撃を伴って学へと到達していた。
「ひどい、こんなことって……」
 国生がぎりぎりと歯ぎしりをする。
 彼に救われた。
 自分と言えば、身体がすくんで何もできなかった。
 情けないと思った。みじめだった。

 以前からプログラムには備えていた。プログラム開始前から、身体を鍛え、射撃場にも通っていた。
 クラスメイトを殺してでも生き残るという意志を固めていた。
 実際、ここまでは自分らしくいられた。
 理知的に振舞えていた。香川美千留も、冷静に手に掛けられた。
 しかし、今はどうだろう。
 身体は萎縮し、ボウガンで撃たれると分かっていたのに動けなかった。
 国生に助けられていなかったら、野本眞姫と同様に命を失っていたのかもしれない。
 
 覚悟が足らなかったのだ。と、思う。
 人を殺す覚悟はできていたが、殺されるかもしれないという覚悟ができていなかった。
 いや、人殺しの覚悟もできているか怪しいものだ。
 香川美千留は油断しきっていたし、彼女を殺めたのは後ろからだ。
 国生に銃を向けたこともあったが、そのとき彼は寝ていた。
 果たして自分は、正面から向き合い、戦うことができるのだろうか。
 ……国生のように。彼は楠悠一郎と真っ向勝負をし、勝利している。今もミノルに向かって射撃できていた。動けていた。
 正直なところ、今まで運動能力、体力に欠ける彼のことを下に見ていた。
 当たり前のように先導してきた。
 それが、酷く愚かしいことだったと気づく。 

 こんなにも打ちのめされたことが情けなく、腹立たしかった。
 そして、自己嫌悪に陥らしてくる政府が、プログラムが憎かった。
 学がプログラムに備えてきたのは、決して制度に賛同していからではない。
 それは、政府と言う強大な組織が強いてくる制度に逆らうのは現実的ではないと、その枠の中で生き延びることだけを考えてきたからだ。
 だけど今初めて、学は制度や政府に怒気を向けていた。
 血管が膨れ上がり、身体が火照る。握りしめた拳はぶるぶると震え、噛みしめた歯と歯はぎりぎりと鳴っている。

 ややあって、いい傾向だと思った。
 敵愾心てきがいしんは、反発心、闘争心に繋がる。自嘲に浸るよりはよっぽど建設的だ。
 遅れて、皮肉げに笑う。
 それでこそ自分だ。
 どんなときでも頭の隅に冷静な部分を残し、理知的に考え、行動する。
 ただ、現実主義は少し捨てようと考えた。
 知らず、自身から選択の幅を狭めていた。
 何かできるはずだ。何か。
 前を見据える。
  
「傷が……」
 ディバッグから包帯や消毒液を取り出し、国生が処置をしてくれる。
 意外にも手慣れていた。
「傷口を心臓より高い位置でキープしなきゃだから、寝転がらないで。うまく出来るか分からないけど、直接圧迫止血法からやってみるね」
 ガーゼを傷口にあて、手で直接押さえ付けてくる。 
 自信がないようなことを言っていたが、的確だったのだろう、やがて出血がおさまった。
「良かった」
 国生がほっと息をつく。
 遅れて、違和感。
「お前、医学の知識があるのか?」
 そうとしか思えない言動だった。
 特殊な事情なら文字で答えるだろうと、ノートを差し出す。
「ああ、そういう役割があてられていたから」
 国生は謎な台詞を吐いた。
「どういう意味だ?」
「うーん、また落ち着いたら話すよ」
 はぐらかされてしまう。
 気になったが、後で話してくれるようなので、今のところはそれ以上追及しないでおく。
 
 気づくと、国生が野本眞姫の身体を整えてやっていた。
 学も立ちあがる。本格的に弔うことはできなかったが、とりあえず両手を合わせ、目を閉じさせた。
 急にうす暗くなったような気がし、見上げると、空に厚い雲が広がりつつあった。
 濃灰色の空。
「雨が、くる」
 言うと同時、小さな雨粒が学の頬を打った。



−野本眞姫死亡 23/32−


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坂持国生 
香川県出身。プログラム担当官をしていた父親が、プログラム中に参加選手に殺されている。楠悠一郎に襲われ、返り討ちにした。
鮫島学 
クラス委員長。香川美千留を殺害している。以前からプログラムに備えていた。