<坂持国生>
「委員長に、坂持か」
青い光の主は野本眞姫(場面としては新出)
だった。
制服の上から紺色のパーカーを羽織っている。女子生徒としては背が高く、手足が長い。ぱっちり二重の瞳に、大ぶりの口。普段は長い茶髪を自然に流しているが、今は首のあたりで一本にまとめ、肩から胸元へ流していた。
全体に華やかな雰囲気だ。
彼女は、バスケットボール部の三井田政信と一時期交際していた。
政信が同じクラスの飯島エリと浮気をしたことから、少し前に別れたはずだが、今でも政信とは親しくしているようだ。
そのあたりの心情は、恋愛経験に乏しい国生には量れないことだった。
他の選手との遭遇は極力避けたかったのでやり過ごそうとしたのだが、その前に眞姫に気づかれ、彼女から声をかけてきた。
気安い雰囲気。
普段親しくしていなかった男子生徒に気圧されないあたり、気の強い彼女らしい。
そして、その手には大ぶりのサバイバルナイフ。
「襲いたいならどうぞ。その代わりめちゃくちゃ抵抗するからね。あんたらの粗末なあそこをえぐってやる」
深い森をバックに、整った顔で凄いことを言う。
「そんなことしないよ」
半自動拳銃……サムライエッジを下げ、顔をしかめるが、彼女は「情報交換しない? 誰か危険な奴知ってない? 通話許可時間に連絡取った奴の居場所でもいいし」気にせず続けられた。
「他の奴らとは遭遇していない。電話もメールもしていない」
学はさらりと嘘をつく。
「ふーん」
てんで信用していない顔で眞姫は「物資でもいいよ。情報と交換」開いた右手を差し出してきた。
彼女が持っていた情報は、但馬亜矢(新出)らの居場所だった。
亜矢は眞姫と似たイメージの少女だ。
普段学校で二人が一緒にいるところは、ぱっと花が咲いたような華やかさがあったものだ。
「亜矢からメールが来てさ、集まらないかって。あの子いま吉野と一緒にいて、吉野が中心になって何人かに声かけてるみたい」
吉野大輝(新出)は放送部に所属している男子生徒だ。
彫りの深い整った顔立ちで、学業成績、運動成績ともに優秀。
とすれば、女子生徒の人気を集めそうなものだが、その方面はあまり芳しくない。独善的な性格が嫌われているようだ。
「吉野か。あいつがやりそうなことだな」
学が苦々しい顔をする。
大輝は競争心が強く、学はクラス委員選挙のときに対抗意識を燃やされて困っていた。
吉野大輝が、北の集落にある児童公園に皆を呼び寄せているらしい。
通話許可時間は二回経過しているが、二回目は吉野自身からメールが来たそうだ。
「私、吉野とメルアド交換してないんだよね。亜矢から聞いたんだろうけど」
眉を寄せる。
彼女も大輝のことをあまり好いていないようだ。
「どうする? 行く?」
眞姫に尋ねられ、「他の選手の居場所はありがたい情報だが、行くメリットはないな」学が答える。
「一也くんとかケイくんがいるんなら、話は別なんだけど」
国生も後に続く。
「そ、か」
残念そうに、眞姫が言う。
「どうかした?」
「さっき西沢に、児童公園に行ってってメールしたんだけど……」
西沢とは、西沢海斗(新出)のことだ。
矢田啓太郎や三井田政信と同じバスケットボール部で、眞姫や政信と普段親しくしていた。
ここで、「ああ、そういうことか」と国生は膝を打った。
「どうした?」
怪訝な顔をしている学に、「野本さんは、僕たちに但馬さんとこに向かって欲しいんだよ」説明する。
「ばれたか」
図星だったのだろう、眞姫が舌を出す。
いたずらっ子のような笑み。なかなかに魅力的だ。
「は? どういうことだ」
「野本さんは、但馬さんのことを心配してるんだ。だから、西沢くんにもメールした」
一人遅れている学に、解説を続ける。
「西沢なら信用できるからね。あいつ、真面目だから。でも、どこにいるかわからないし」
西沢海斗は、明るい雰囲気の生徒だ。
人当たりもよく、国生は好印象を持っていた。
情報交換などと言っていたが、その実、彼女は但馬亜矢の守り手を増やしたかっただけなのだ。
「三井田くんは?」
訊く。
三井田政信は眞姫の元交際相手だ。破局後も友だち付き合いを続けていたようだ。彼とは連絡を取っていないのだろうか。
「三井田か」
ここで、眞姫は腕を組み、考え込むようなポーズをした。
「実際ンとこさ、三井田って今どうしてると思う?」
逆に尋ねられる。
「どうって?」
「私、あいつがゲームに乗っている姿も、物陰で膝を抱えて震えている姿も、誰かを守っている姿も、ふつーに想像できるんだよね。どれも違和感ないというか」
「ああ、なんか、その場その場の気分で行動変えそうだね」
「でしょ?」
矢田啓太郎が政信と親しくしていたこともあって、国生も彼とはそれなりに交流があった。
いい加減な性格の政信のことだ。確かに、どう出るか予想が付かなかった。
やや間をあけて、「ああ、なぁんだ」もう一度膝を打つ。
目をパチクリさせている学に、「僕たちも、信用されてるんだよ」にこりと笑ってやった。
「スルドイ」
感心したように目を見張ったあと、「坂持って、案外侮れないな」眞姫が肩をすくめる。
「はぁ?」
学は良く分かっていない様子だった。
守り手として選ばれたということは、信用をしてもらえているということだ。
「なら、襲われたら云々なんて言わなきゃいいのに。もうちょっと円満にアプローチしてよ」
苦笑する。
彼女のコミュニケーション能力も、学同様にどこか欠けている。
少し、痛快だった。吉野大輝ではないが、学の上手を行けている感覚は素直に喜ばしいことだった。
また、女子生徒に認められるのも嬉しい。それも野本さんのような美人に、と思ってしまうあたり、国生も単純だ。
そして、ふと考えた。
……これも、僕のできることなのかもしれないな。
あまり自覚しては来なかったのだが、どうやら国生は人の心の裏を読み取るのが上手いようだ。それはきっと、その複雑な家庭環境から、いつも大人の目を気にして生きてきたからだろう。
そっと、学を見やる。
この友人は優秀だが、理が走り過ぎるきらいがある。
自分なら、そのフォローができるかもしれない。彼が気づかないような危険にも気づけるかもしれない。
……僕は、そうやって誰かを支えて生きていく。
「人生の、役割」
楠悠一郎と戦ったときにも思い浮かべたフレーズだ。
「なら、さっきの物資を返せよ。交渉は不成立だ」
学が目を三角にする。
「度量の小さな男ね」
眞姫が強かに笑う。
これはどう見ても、彼女のほうが一枚上手だ。
「だいたい、お前が但馬を守ればいいじゃないか」
「亜矢は……私に守られたって喜ばない」
静かに、言ってくる。
彼女たちには彼女たちなりの、複雑な感情のやり取りがあるということだろう。
「まぁ、西沢くんがケイくんに声かけてるかもしれないし。そんだけ揃ってるなら、一也くんやケイくんのことを誰かが知ってるかもしれないよ」
西沢海斗と矢田啓太郎も同じバスケットボール部だったので、やはり親しかった。
「……そうか。一理あるな」
あっさりと、学が頷く。
要するに、納得できればそれでいいのだろう。
北の集落はここからそれほど離れていない。
地図で調べると、この山道の先に集落へと向かう枝道があるようだ。
「んじゃ、交渉成立ってことで」
わざとらしく学の台詞を借り、眞姫が言う。
そして、先陣切って彼女が歩きだした瞬間、ひゅっと何かが風を切る音がし、「ひぐっ」と奇妙につぶれた声が聞こえた。
「え?」
視線の先、眞姫がゆらりと倒れる。
その手から、サバイバルナイフが滑り落ちた。
駆け寄ると、眞姫は身体をくの時に折り曲げて倒れていた。
角度の関係で、顔は見えない。
赤い鮮血が彼女のどこかから流れ出ている。
「野本っ」
学が、彼にしては慌てた様子で、これまた彼らしからぬ悲鳴のような声を上げる。
二人して眞姫を抱き起こそうとすると、彼女の身体が半転し、力の抜けきった両腕が宙を舞った。
おびただしい量の出血。かなり大きな血溜まりがすでに出来ていた。
眞姫の下腹部のあたりに矢のようなものが突き刺さり、背部から抜けている。見たところ鉄製だ。
びくびくと身体を痙攣させている。失血によるショック症状が生じているのだ。
と、近くの藪の中に一人の男子生徒が見えた。制服に身を包んだ華奢な中背。にきびを潰した痕が目立つ白い頬。
それは、木多ミノルだった。
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