<坂持国生>
角島の北に位置する山は、クヌギやコナラといった雑多な樹木に覆われていた。人の手が入った山道が深い森を縫う。
その山道を坂持国生は慎重な足取りで歩いていた。
上空を厚く覆う林冠が光をさえぎっているせいか、うす暗かった。地面はじっとりと水気を含んでいる。
ここは、山の中腹あたりに位置する。
振り返れば、木々の隙間から南の方角に小高い丘が見え、そのふもとにプログラム説明会場となった分校が見えた。分校の木造校舎に数時間前まで身を潜めていたのだが、禁止エリアに指定されてしまったため、移動してきた。
学校指定の制服に身を包んだ痩せぎすの身体、病的に青白い肌。実際、心臓に疾患を持っており、医師から運動を控えるように指示されている。
すぐに息が上がる。
ふっと重い息を吐いていると、「おい、休もう」傍にいる少年が言ってくる。
中背、茶の入ったベリーショート、細身フレームの眼鏡の奥に光る三白眼。その理知的な佇まいは、クラス委員長の鮫島学だ。
「まだ大丈夫」
半ば意地になりながら返すと、「医師から無理をするなと言われているんだろ? 指示は医学的根拠に基づいているんだ。従え」相変わらずの固い口調で学が話し、藪から突き出した岩に座る。
仕方なく国生は学に倣った。
「僕なりに鍛えてるんだけど、な」
「前から言ってるだろ。お前は頭脳労働者を目指すべきだ。肉体的魅力は諦めろ」
そう言う学は、運動部に所属しておらず、特にトレーニングしている風でも無いのだが、程よく筋肉の乗ったバランスの良い体格をしている。運動神経も良い。
その差異に、国生はため息をついた。
「だから、もうちょっとオブラートに包んでよ」
苦笑交じりに言う。一昨日の会話を踏まえた依頼だ。
勉強にスポーツにと万能な学だが、コミュニケーション能力は著しく欠損している。知りあった当初は、歯に衣着せぬ物言いに傷つき、腹を立てることもあった。
まぁでも、彼に悪気は決してない。
今も国生の体調を彼なりに気遣ってくれているのだ。
ディバッグからノートを取り出し、『一也くんたち、大丈夫かな』ペンを走らせる。
一也くんとは、国生たちの共通の友人である野崎一也のことだ。
ノートやペンは分校で入手したものだ。
学によると、プログラム参加選手が漏れなく装着させられている金属製の首輪には、爆弾のほか、盗聴器が仕込まれているそうだ。彼は以前からプログラムに興味を持っていたようで、システムや仕様に詳しい。
学の先導で、聞かれたくない会話は筆談でしていた。
学はペンを取り、『この程度なら聞かれても大丈夫』と返してきた。
読みにくい。走り書きであることを考慮しても汚い字だ。
国生は今世話になっている叔母がしつけに厳しく、仕込まれているので、中学生男子としては整った字体だ。
コミュニケーション、筆記。
……僕にだってサメくんに勝てることがある。
遅れて、何を考えているんだと頭を振る。
学といると対抗心を煽られる。学は勝負をしている意識なんてないだろうに、どうしても空回ってしまう。
これは、コンプレックスの裏返しだろうか。
「かと言って、木多くんみたくするのもなぁ」
頭をぽりぽりと掻く。
木多ミノルも国生に近い体躯だ。彼も体格に劣等感を持っているようで、周囲にあからさまに嫉妬の目を向けている。また、楠悠一郎(国生が殺害)の威を借る狐になることで、クラスで優位に立とうとしていたものだ。
「野崎、どうしてるかな」
学が国生のメモを拾い上げる。
「ケイくんとかと合流できてるといいんだけど」
お人よしこと、矢田啓太郎のことだ。
「生谷、死んだしな」
生谷高志は一也の幼馴染だ。その悲しみは、国生たち以上だろう。
先ほどの通話許可時間に学が一也に、国生が啓太郎に電話をかけたのだが、それぞれ出なかった。
あえて出なかったのか、出れないような状況だったのか。プログラムという現状、どのような可能性も考えられる。
「無茶してないといいんだけど……」
「あいつ、慎重派なわりに、たまに無茶するからなぁ」
眼鏡の委員長が口をへの字に曲げ、「ああ、そうだ。お前、野崎から何か聞いてないか?」続けてきた。
「何を?」
「……な、悩みごととか」
なぜだか照れくさそうに口ごもる。
「さぁ? 高志くんなら聞いてたかもしれないけど」
友情は残念ながら均等ではない。
国生も親しくはしていたが、彼ら二人には幼いころから培った信頼関係があり、踏み込めない部分があった。
「そ、か」
さらに口が曲がる。憮然とした雰囲気だ。
彼はどうやら悩みを打ち明けてくれない友人に苛立っているようだ。
……サメくんでも、そんなこと気にするんだ。
学が珍しくこだわっていることに、意外を感じる。
プログラムという現状は、一也の悩みの種が分かったところで何も変わらない。合理的な思考を旨とする彼なら、些事だと切り捨てそうなものなのに。
しかしまぁ、嬉しい発見だった。
ともすれば精密機械のように見えてしまう彼にも人間らしい部分があると確認できた。
くすくすと笑い、「そのうち話してくれるよ」と投げかける。
学はまた憮然とした顔をし、「プログラムにそのうちなんてない」腕を組む。
がつんと殴られたような感覚。
いつ命を落とすか分からないプログラム。
確かに、そのうちなんてない。今度なんて、次なんてない。
じゃぁ今できることは何なんだろうなどと考えながら、ポケットから探知機を取り出す。
液晶画面が大部分を占める手のひらサイズの携帯端末だ。
選手につけられた首輪から発せられる微弱信号をキャッチし、その所在を表示する。寸借は半径50メートルと決して広くなく、10分間で電源が自動的に落ちる仕組み。さらに10回の使用制限がある。
決して万能ではないが、使いようによっては天使にも悪魔にもなれる支給武器だった。
この探知機を支給された楠悠一郎は悪魔になることを選んだ。
悠一郎はクラスメイトを襲うためにこの探知機を使った。そんな彼を殺したのは、他でもない国生だ。
その事実は、国生に重くのしかかる。
学にその思いを告げれば、「襲われ反撃した結果なのだから、これはプログラムなのだから、気にするな。それが合理的思考だ」などと言ってくるのだろうが……。
すでに数回使っている。
減っていく制限回数に、これからどう使っていくべきか国生は決めかねていた。
「今使っていい?」
尋ねると、「それは坂持のもんだから、好きにしろ。まぁ、積極的に使うべきだというのが俺の意見だが。後生大事にしてるうちに誰かに襲われたら馬鹿らしい」これまた彼らしい台詞が返ってきた。
起動させると、中央に青い点滅が二つ表示された。
青は生存者を指し示す信号だ。ちなみに死亡者は赤い点滅で表示される。
そして。
「サメくん……」
目を見開く。学の三白眼も眼鏡の奥で大きく開かれる。
液晶画面の右下に青い点滅があり、その光が近づいてきていた。
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