<野崎一也>
宛名は便箋に書かれていた。『子どもたちへ』とある。
本文は、宛名と同文から始まっていた。『子どもたちへ。愚かで弱い私たちを許してほしい。願わくは、無事君が帰還できることを』達筆な、明らかに大人の字だった。筆の使い方から見て、老年、男性だろう。署名はない。
「何これ?」
横から覗きこんでいた靖史に訊かれる。
「さぁ……」
澱みを返したが、幾らかの見当はついていた。
この角島の住人が書いたものだ。そして、プログラムに巻き込まれた神戸第五中学校の生徒たちへのメッセージに違いなかった。
診療所は、生徒が訪れる可能性が高い場所だ。
メッセージを残すには最適だった。
また、手紙の主の混乱も見てとれた。全体への投げかけから始まった文章が唐突に個人宛となっている。
疑問はある。
愚かで弱い私たちとは、どういう意味だろう。
なんでこんなところに張り付けたんだろう。
二つ目はすでに推察を得ているが、それだけではないようにも感じる。
結局のところ良く分からなかったが、いつしか一也は眉をひそめていた。
どういうわけか、この手紙に嫌悪感を抱いていた。免罪を請われ、無事を祈られている内容。特に問題はなさそうなのに、一也は不快感を持った。
「何なんだろ、ほんと」
疑惑は、結局のところ島全体の違和感へと戻る。
遅れて、「ああ、そうか」一也は膝を打った。
質問権付き携帯電話だ。鬼塚教官に尋ねればいい。
脇に置いていた二つ折りの携帯電話を取り上げ、一也は鬼塚教官を呼び出した。
「おお、どうした、野崎」
歳若い教官はやけに楽しそうだった。
「質問です」
「おー、積極的だな」
からかうような口調。
しかし、次いだ「この島は、何なんです?」一也の質問に、「……どういう意味だ?」鬼塚教官の声色が変わった。
真面目なと表現するべきなのか、トーンが一つ低くなった。
「どういう意味だ?」
もう一度訊かれる。
「この島、どっかおかしい。この診療所の設備は、ありえない。路線バスの本数だっておかしい。この島には何があるんです?」
数秒の沈黙。
そして、電話の向こうで鬼塚教官がくつくつと笑いだした。
「野崎、一也」
名前を呼ばれた。
「お前、面白いなー。みんな、ゲームを有利にするための質問しかしてこないのに、そんな質問でいいのか?」
からかうような口調に戻っている。
「……みんな?」
それは、質問者が複数いるということだ。
元々この携帯電話を支給された生徒もいるが、それだけでは「みんな」とは言わないだろう。
では、質問権付き携帯電話は、支給武器として複数の生徒に配られているということか。
プログラムに詳しい鮫島学がいつだったか言っていたのだが、支給武器の選定はある程度担当教官に任されるそうだ。
ここまでのやり取りから見ても、この変わった支給武器は彼の意向に違いない。
一也が引っ掛かりを持ったことは気取られたようだ。
「侮れないな、中学生」
痛快、という様子で鬼塚が言う。
そして、自身が試されていたことに気づく。
含まれた意味に感づくか、試されたのだ。
つくづく不愉快な男だ。
ただ、彼は説明時に見せしめをしなかった。逆らった羽村京子を殺さなかった。口調にそぐわない、その行動。不愉快で、不可解。よく分からない男だ。
やがて、「Eの5エリア」鬼塚から返答があった。
「え?」
「地図を広げて、Eの5エリアを見てみろ」
言われたとおりにすると、指定されたエリアは島の中央辺りにある小高い丘だった。
脇目に、怪訝な顔をしている靖史が見える。
何をしているのかと、戸惑っているのだろう。
靖史には悪いが、今はとりあえず鬼塚教官だ。「丘が、あります」答える。
「そう、その丘だ。そこに答えが、ある」
「答えが……」
復唱すると、「言っておくが、大した答えじゃないぞー。知ったって、お前がプログラムにいるって現実は変わらないしな。まぁ、それでもいいなら、行ってみるんだなー」間延びした口調で、こんな注釈が返ってくる。
そして、「この携帯電話、質問権使用意外でも使っていいからなー。まぁ、俺の番号以外は弾くように設定されているから、話し相手は俺だけだが」変なことを言い出した。
「は?」
「ま、気が向いたらおしゃべりしようぜってことだな」
またくつくつと笑う。気安い雰囲気。
質問権用の携帯電話は通話制限時間にはかからない。話そうと思えばいつでも話せるということだ。
……だからと言って。
拒否感を覚えるが、うまくすれば質問権を使わなくても情報を引き出せるのかと思い直す。
「分かりました」
そう言って一也は電話を切る。
かんかんかん、頭の中で踏切の警報機が鳴っている。
ふと、鮫島学のことを思い出した。
理知的で、論理性を旨とする学。
三年になってからの付き合いだが、彼のことは良く知っている。学ならきっと、「こんなことではなく、生き抜くために質問権や時間を使え」と指摘するだろう。他でもない、プログラム担当官だって暗にそう言っている。
かんかんかん、踏切の音が続いている。
ここで、理解した。
幻想の学は、一也自身が発している警告音だ。
警戒心や自制心が、学や踏切の遮断機の形を借りて出てきているのだ。
移動は危険な誰かとの遭遇確率を上げる。件の丘への移動は非合理的だった。
しかし、この島のあり様が気になって仕方がなかった。
好奇心は猫をも殺す。そんな言葉が頭によぎる。
おかしなものだ。そうも思う。
本来、一也はセーブ役だ。
幼馴染の生谷高志(安東涼が殺害)は、直情型だった。
尾田陽菜にはあからさまにアプローチしていたし、彼女をいじめる佐藤理央とは表だって対立していた。本能に従い思うがままに行動する彼は、トラブルも多かった。高志の諫め役を長年してきたのは一也だ。
だけど、時に一也が手綱を引かれることもあった。「一也ってしっかりしてるように見えるとけど、時々無茶するよな」以前、高志に言われた台詞だ。「そのこだわりは非合理だ」と学に言われたこともある。
……ごめんな。だって俺、ホモだから。もともと合理的じゃないから。無茶なのも分かってるけどさ、やりたいようにやらせてくれよ。
この場にはいない彼らに言い訳をする。
もともと、子孫繁栄という全生物のお題目から目をそむけている非合理な存在なのだから。これは自虐すぎる考えだろうか。
「そう、それに」
口に出してみる。隣で靖史が不思議そうな顔をしている。
「それに、何かやることがあったほうが、いい」
事実だった。
死の恐怖。プログラム開始以来ずっと感じ続けてきた。身体も震えた。ただ、足は止まらなかった。それは目的があったからだ。啓太郎と再会するために、危険をおせたのだ。
だけどいま、その目的がコンプレックスに押し潰されてしまっていた。
本来なら、重圧を跳ねのけ、啓太郎を追ったほうがいいのだろう。
プログラム。いつ彼が死んでしまうか分からない。
だけど、勇気を一也は持てなかった。
支給の地図を広げ、件の丘へのルートを確かめる。遮断機をくぐり抜ける。
くぐり抜けた先に何が見えるのか。今はまだ一也には分からなかった。……今はまだ。
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