<野崎一也>
「啓太郎!」
診療所 のドアは開錠されていた。
ドアノブを回すのももどかしく、野崎一也は中へ飛び込んだ。中村靖史
が後に続く。
先ほど、通信許可時間に矢田啓太郎に電話をかけたが、彼は出なかった。何かがあったのだ。
「けいっ」
友人の名を再度呼ぼうとしたところで、息をのむ。
エントランスの先は待合室のホールとなっていたが、酷い有様だった。きちんと並んでいたであろうソファの配置が大きく乱れている。観葉樹が倒れ、床に土が零れている。あちこちに飛沫した血の痕。
硝煙と血と埃の匂い。頭がくらくらとし、眩暈がした。
「野崎っ」
ぎょっとした顔で靖史が制服の袖を掴んでくる。
ソファの一つに誰かが寝かされていた。……女子生徒だ。恐る恐る二人して近づき、確かめる。
尾田陽菜(黒木優子が殺害)
だった。
血の気を失った白い肌。死んでいるのがひと目で分かる。
体のあちこちを刃物で傷つけられている。特にわき腹の刺し傷が深いようだが、ソファの周囲に血だまりはなかった。
他の場所で刺され、ここまで運ばれたのか。
ただ、彼女の亡骸は衣服がきれいに整えられており、死に顔は安らかだった。
可愛らしい容貌で男子生徒に人気がある一方、佐藤理央(安東涼が殺害)ら女子生徒の一部にはやっかまれていた彼女。
仲間内では、一也の幼馴染の生谷
高志(安東涼が殺害)が彼女のことを好いており、この修学旅行中に告白すると息巻いていたものだ。
一瞬、「高志は彼女に会えたのだろうか」と考え、すぐに頭を振った。
彼の死亡時刻はおおよそ見当が付いている。高志は開始早々に命を落としていた。また彼と尾田陽菜の遺体発見エリアが遠く離れていることから見て、プログラム中に遭遇できなかったとみていいだろう。
その推察が悲しくてやり切れなくて、胸にこみ上げる何かがあった。
「野崎、こっち!」
いつの間にか、中村靖史がホール横の事務室
へ入っていた。
事務室は腰高の囲いで区切られている。
こちらはさらに酷い有様だ。事務机が倒れ、やはり配置が歪んでいる。キャビネットも倒れていた。窓が割れている。床に散乱したペンやファイルケース、ガラスの破片。まるで地震の後のようだ。
そして、ここにもあちこちに血飛沫がついている。
壁にカッターナイフが突き刺さっており、一体何が起きたのかと呆然とする。
指し示す靖史の右手が大きく震えていた。
がちがちと歯と歯が叩き鳴っている。
彼に導かれ、「う、わ……」窓の外を見た一也は大きく息をのんだ。慄然とする。血の気が引き、肌に粟を生じる。身の毛がよだつとはこのことだ。
ここにも女子生徒が倒れていた。
身体がくの字に曲がっている。めくり上がったスカートの裾。頭が割れ、脳漿がとろりと流れ出ている。身体は血だらけだ。
無事だった眼球と視線が合ったような錯覚に陥り、思わず顔をそむけた。
横で、靖史が嘔吐している。つられ、一也も吐いた。
膝をつき、床にひとしきり吐く。
「筒井?」
筒井まゆみ
だ。
様子が変わってしまっていたが、識別はできた。
がくがくと靖史が頷き、「プログラムって、こんな……」両腕で自身の身体を抱きかかえる。
彼はここまで死体を見てこなかったそうだ。鮮烈な印象となったに違いなかった。
生谷高志の死体も似たような有様だったが、あのときは悲しさが先に立っていた。今は、恐怖や悪寒、嫌悪が迫ってきている。
ここで、勢いよく一也は立ち上がった。
「啓太郎!」
焼けつく焦燥感。
矢田啓太郎は安東涼とこの診療所にいたはずだ。彼らは無事なのか。
半ばパニックになりながら一階を捜索したが、他には何も見つからなかった。じゃぁ二階だと階段へ向かうと、その壁に刷毛で付けた様な血の痕を見つけた。
背中の毛がざわざわと逆立ち、脂汗が額に滲む。
明かりとりの窓があるため、見上げた上階はそれほど暗くないはずなのに、一也の眼には漆黒の闇のように映った。
迷いを振り切り、階段を駆け上がる。
*
「この部屋……」
後ろで、靖史の声がする。顔面は蒼白。いまにも倒れそうだ。
二人が立ちつくしているのは、2階にある個室
の一つだった。
中央にベッドが一つ。ナースコール、ベッドに装着する食事台、小さな冷蔵庫。
そして、ここも血だらけだった。床には何かを引きずったような痕があり、出窓にも血に濡れた手のひらの痕があった。外向きについている。
開け放たれた物入れの中には血だまりができており、内壁は穴だらけだった。
何か連弾できる銃が発砲されたのだろう。
窓はあいていたが、空間が狭いためか、ホールや事務室よりも血の匂いが強かった。
探索の結果、二階で何らか痕跡があったのはこの部屋だけだった。
と、部屋の隅に置かれたゴミ箱に何かが入っていることに気づく。
取り上げるとそれは二つ折りの携帯電話だった。はらり、紙片が落ちる。
紙片には説明が書かれていた。ざっと読み、「質問権付き、携帯電話?」自身の手にある携帯電話をまじまじと見つめる。
メタリックなフォルムで、本体色はシルバーだ。
鬼塚教官と繋がるようになっているそうだ。
5回までの質問権が認められており、うち一回だけ嘘の回答が返ってくるとのこと。
二つ折りの本体を開けると、ディスプレイに『残り四回』と表示されていた。一度使われているようだ。
「こんな支給武器もあるのか……」
教官とのコミュニケーションツール。
一也はプログラムにあまり詳しくないが、珍しい支給武器であることは分かった。
「なんか、嫌だな」
呟くと、「教官と話すだなんて、ぞっとするよね」靖史が頷く。
一也としては、嘘の回答で振り回されるシステムが腹立たしかったのだが、靖史は生理的な拒否感が先に立っているようだ。
「この携帯電話、俺が使っていい?」
一応訊くと、「うん」頷いて返してきた。そもそも触れるつもりもない様子だ。
啓太郎と安東涼はすでに診療所を後にしたようだ。どうやって追えばいいのか……。
「あっ」
ここで、閃く。
……質問権だ。
この質問権を使えば、啓太郎の居場所を掴めるかもしれない。
説明書の通り、携帯電話には鬼塚千尋と表示された電話番号のみが入力されていた。
この携帯電話は専用の特別回線に繋がるので、通話制限時間には掛からないが、他のクラスメイトとの通信には使えないとのことだ。
躊躇
いを振り切り、鬼塚教官に電話をかける。
ややあって、「おおっ、お前は野崎かなー?」間延びした声が聞こえてきた。
相変わらずのからかうような口調。
爆弾入り首輪にはGPSや盗聴器も内蔵されており、選手の居場所や動向を把握しているそうだ。
先ほどの中村靖史とのやり取りも聴取されていたのだろう。
「矢田啓太郎の居場所を……」
ここで、一也の口が閉じた。
「どうした?」
電話の向こうで鬼塚教官の声がする。
携帯電話を握る右手に汗がにじんでいるのが分かる。
……矢田啓太郎の居場所を教えてくれ。
そう言えばいい。安否と居場所が同時に知ることができる。
しかし、どうしても訊くことができなかった。
10秒、20秒、沈黙だけが過ぎていく。
会いたい。会いたくてたまらない。それは、一也の偽りない気持ちだ。
だが、果たして彼も同じ気持ちでいてくれているのだろうか。胸にたたまれる懸念。
一也は同性愛者だ。
もちろんそのことは公にはしていない。知っていたのは幼馴染の生谷高志だけだった。それだって、自分から話したわけではない。
そして、啓太郎に淡い恋心を抱いていた。
悟られないよう最大限の注意は払っていたが、彼は気づかれていたのではないだろうか。気味悪がられていたのではないだろうか。だから、啓太郎はこの場にいないではないだろうか。
自分自身への、どうしようもない拒否感、コンプレックス。
頭では分かっている。
例え、感じ取られていたとしても、啓太郎が友人をそんな目で見るはずがない。
診療所はこの惨状だ。ここで戦闘があり、やむを得ず離れたと考えるのが正しい。
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