×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


OBR1 −変化−


021 2011年10月01日12時00分 


<重原早苗> 


 『……禁止エリアは以上だぁ。掛からないよう、気をつけるんだなー』
 鬼塚教官のアナウンスが唐突に切れ、重原早苗はふっと息をついた。小太りの中背。丸顔を隠すように、ミディアムヘアを内側にカールさせている。髪は以前は栗色に染めていたが、今は黒に戻している。
「気をつけろ、か」
 文字面は生徒の身を案じているが、口調は投げやりで、ぞんざいだった。
 教官の多くは、担当クラスの生徒の命を粗末に扱うと聞く。プログラム説明中に、見せしめと称し、自ら手を下す教官すらいるらしい。
 鬼塚もこのタイプなのだろうか。
 しかし、彼は見せしめは行わなかった。
 説明時、不穏な行動をとった羽村京子に見張りの兵士が銃を向けたが、それを止めたのも彼だった。
 それでいて、生徒たちをからかうような態度を取る。
 よく分からない男だ。

 早苗が潜むのは、島の中ほどに位置する古びた農家だ。
 所々剥げ落ちた土壁。畳はささくれ立ち、縁側の板材も朽ちかけている。
 ただ、まだ住居として使用されていたようで、荒れ果ててはいなかった。
 裏口の鍵がかかっていなかったので、そこから侵入したのだが、各部屋に最近まで住民がいた痕跡が残っていた。
 障子は、最近張り替えたようだ。
 カレンダーには畑仕事のスケジュールが書かれていた。
 気になって手紙束などで確認したところ、どうやら老夫婦が二人で暮らしていたようだ。
 子どもは仕事を求め都会に出、年寄りが二人で先祖代々の土地を守っているというところか。

 ……馬鹿らしい。そんなもの守ったって何にもならないのに。
 自身の価値観に沿い、毒を吐く。
 そして、台所で手に入れた煙草に馴れた手つきで火をつけた。
 肺に紫煙が回る感覚。喫煙は久しぶりだったからだろうか、軽くめまいがした。
 と、「商品価値を下げてどうすんのよ」永井安奈の声が聞こえた様な気がして、慌てて煙草を灰皿に押しつけ、火を消す。
 できるだけ清楚に。そうすれば、男たちに高く身体を売れる。安奈の弁だ。
 髪色を黒にしたのも、安奈の指示だった。
 
 小学校6年生のとき両親が離婚し、早苗は父方に引き取られた。
 離婚の原因は、母の浮気。
 おっとりとして刺激のない父に母は我慢できなかったらしい。そのときは、派手好きな人だったから……と、母を許し、母に裏切られた父を不憫に思いもした。
 しかしそれから半年も経たないうちに父親が再婚し、なおかつ、父とその女が数年来の付き合いだった、つまり父も浮気をしていたことを知ったころから、早苗は荒れはじめた。
 教師にも親にも反抗的な態度をとり……とくに新しい母にはつらくあたった……手を焼かせた。
 だが、比較的短い期間で早苗は世間的に見れば更生した。

 あれは二年の終わりのことだ。
 香川美千留(鮫島学が殺害)から金を巻き上げているところを教師に見つかり、職員室で厳重注意を受けた帰り道、永井安奈から声をかけられた。
「ばっかね、悪いことって隠れてやるからかっこいいのよ」
 もちろん、乱暴に切り返したのだが、「真面目になったふりをして、陰で教師や親を笑ってみな。気持ちいいから」と続けられ、試してみた。
 そうしたら、それまで何をしても決して晴れることのなかった鬱積が、嘘のように消えた。
 染めていた髪を黒に戻し、着崩していた制服を元に戻しただけで……裏では安奈に誘われ、援助交際に身を染めていたのに……周囲の早苗を見る目が変わった。
 教師が、父が、あの女が、「落ち着いて良かった」とほっと胸をなでおろす様を鼻で笑う爽快感。
 
 永井安奈は表向きは教師受けのいい優等生だったが、その裏で様々な悪事に身を染めていた。そんな彼女の裏表は、早苗には特別なものに映った。安奈流の言い方をすれば、「かっこよく」映った。
 彼女が早苗の指針になるまでに、たいした時間はかからなかったように思う。
 安奈自身は早苗が子分のようになることを快く思っていなかったようで、普通の友達として接してきたが、時折得意そうに言っていた。「羽村みたく、表だって悪さをするのは馬鹿のやること」「陰でやる面白み分かった?」
 羽村京子は、死んだ楠悠一郎のグループの一人だ。悠一郎とはいっとき付き合っていたはずだ。
 早苗たちのもう一人の仲間、筒井まゆみも三年になるまでは悠一郎たちと悪さをしていた。
 そして、彼女も三年になって表向きの生活を正していた。
 おそらく、安奈が早苗の時と同じように声をかけたのだろう。
 ただ、まゆみは安奈と対等に接していた。そのため、安奈に心酔し盲従している早苗は、まゆみから呆れるような眼で見られていたものだ。
 でも、それでも良かった。安奈がいればそれで良かった。

「安奈……」
 大切な友の名を呼ぶ。
 永井安奈は12時までの死亡者リストには上がっていなかった。ということは無事なのだろう。
 私物の携帯電話をじっと見つめる。画面には安奈の電話番号が表示されていた。1時間後には、通話制限が前回と同じく30秒解除される。
 何としても連絡を取りたかった。
 初回の通話可能時間前にも同じようにしていたのだが、ちょうど三井田政信が通りかかったため、身を隠すのに必死でできなかったのだ。
 肝心なのは彼がプログラムに乗っているかどうかだが、見当がつかなかった。
 政信は万事にマイペースでいい加減な性格だった。
 身体能力は高く、部活、バスケットボール部でもエース格だったが、いかんせんその性質は団体競技には向かず、部長の矢田啓太郎が他の選手との調整に苦労していた。女性関係も実に大雑把で、クラスでも飯島エリや野本眞姫と同時に交際していたはずだ。
 また、大口径の大型銃……ショットガンを肩掛けしており、見つかるわけにはいかなかったのだ。

 さて、どうするべきか。
 畳の上に置いた鎌を見つめ、早苗はため息をついた。
 刃部が滑らかな曲線を描いているよくある草刈り鎌だ。その刃には赤い血、先ほど切りつけた中村靖史の血が付着している。
 東の集落で遭遇し、思わず切りつけてしまった。
 靖史が逃げ出したので後を追ったが、結局野崎一也の邪魔が入り、取り逃がしてしまった。
 ……思い返してみれば、不思議だった。
 正直なところ、早苗は明確にプログラムに乗っているわけではなかった。
 今でも決心はついていない。
 だけど、襲った。出会ってしまったので襲い、逃げたので後を追っただけだったのだ。
 政信からは隠れたのに、靖史は手に掛けようとした差も分からない。
 今もどうしていいか分からない。
「安奈……」
 もう一度、その名を呼ぶ。

 安奈なら、早苗の道しるべになってくれるだろう。行く道を決めて、指し示してくれるだろう。
 だから、彼女に会いたかった。



 と、窓の外に誰かの姿を認め、早苗はひゅっと息をのんだ。
 20メートルほど先になるだろうか、畑を縫う畦道あぜみちを誰かが歩いていた。バックには緑に包まれた北の山が見える。
 女子生徒、黒木優子だった。
 早苗が屋内にいるため、その存在には気づいていないようだ。
 畦道を北に上っている。黙っていればこのままやり過ごせるだろう。
 迷いに迷った挙句、早苗は優子に声をかけることにした。それは、黒木優子のグループ……というよりは、渡辺沙織のグループと言ったほうがいいのかもしれないが、とにかく彼女たちに概ね好感を抱いていたからだった。
 女子のクラス委員をしていた渡辺沙織はさっぱりとした性格だったし、尾田陽菜も見目がいい割に控え目で大人しい女の子だった。
 そして、優子も明るいプレーンな女子生徒だ。友人も多い。
 彼女なら信用できる。 
 
 逆に、自分を信用してもらえるかどうかが問題だった。
 三年まで荒れた生活をしていたことが悔やまれる。安奈の、悪さは隠れてするべきだと言う論理はやはり正しかったとため息をついた。 
 家屋から外に出、門柱のあたりまで来たところで声をかける。驚いたのだろう、黒木優子がびくりと肩を上げ、こちらを見る。
 胸が鳴り、喉が乾いた。
 
 後ろ手に隠した鎌の柄をぎゅっと握り直し、早苗はごくりと唾を飲み込む。
 優子の友人たち、渡辺沙織も尾田陽菜もすでに死亡している。彼女はきっと心細く感じているはずだ。
 誰かと一緒にいたいと考えているはずだ。
 まずは彼女を呼び込み、しばらく話して情報を得る。そして、この鎌で……殺す。
 ふっと、永井安奈の顔が頭に浮かんだ。
「安奈……。これで、いいよね?」
 安奈がいない。道しるべがない。
 そんな状態での決意だった。果たしてこの選択肢で正しいのか分からないまま、「黒木、こっち!」早苗は黒木優子の名を呼んだ。



−26/32−


□□  バトル×2 1TOP ご意見ご感想 更新お知らせ登録

 
バトル×2
ルール/会場/携帯電話

重原早苗
二年まで荒れていた。中村靖史を襲ったが、一也に邪魔をされた。