<鮫島学>
坂持国生は、楠悠一郎を殺している。
ただ、襲われ反撃しただけで、状況としては正当防衛となる。学とはそのあり方が違うが、やはり罪悪感には苦しめられていようだった。
彼は中学に入るまでは香川県で過ごしていらしい。今は、心臓病の治療のために神戸の叔母の家に居候の身だそうだ。
国生のことは良く知っている。身体は弱く、筋力体力にもかけるが、実は負けず嫌いで気が強い。
また、彼の父親は香川県の地方官僚だった。プログラムの担当教官もしていたらしい。そして、十数年前、プログラム中に参加生徒らによって殺されている。
その生徒たちは、プログラムから脱出。敵性国家であるアメリカ国へと渡ったようだ。
このあたりは、国生が転校する前からネットのアングラサイトで知っていた。
もちろん公的には伏せられているが、人の口に戸は立てられなかった。
坂持。そうそうある名字ではない。国生が転入してきたときにもしやと思い調べてみたのだが、やはり血縁者だった。
国生は父親のことを周囲に明かしていないので、彼がどのように考えているかは分からなかった。
父親に対してどんな感情を持っているのか、プログラムとはどのように折り合いをつけているのか……興味はある。
他人の感情への関心。
これは、最近急速に出てきたものだ。
以前はクラス内で孤立しないようにうまく立ち回ってはいたが、その秀でた能力故、他人を見下したところがあり、当然友人と呼べるものはできなかった。
しかし、三年に上がって野崎一也と同じクラスとなったことで、学は変わった。
学は海外サイトへのアクセスの咎で思想統制院に送られた経験があるが、一也も反政府志向を疑われ、捕縛されていた。
彼に関しては完全に冤罪だったようだが、同じ体験をした者への興味あり、学から近づいた。始めはそれだけだったが、彼の心の奥底に何かしら秘められたものを感じ、さらに探究心を煽られた。
そうこうしているうちに、所謂
友だち付き合いとなり、生谷高志ら一也の友人たちとも親しくなった。
野崎一也が隠しているものの正体は未だに分からないが、いつか掴んでやろうと思っている。
執着、関心、注目。
彼にかかる自身の心を何と表現して良いか、わからない。
何しろ初めてできた友人だ。心の置きどころが見つからないのだとも言える。
「俺は、頭脳、運動能力には優れていたが、社会性には欠けていた」
学らしい台詞回し。
「社会性の向上は精神的成長につながる。……望むところだ」
遅れて、国生に聞かれたら「普通に、友だちができてうれしいとか言えないの?」などと突っ込まれそうだと、皮肉げに笑う。
また、15歳男子として、女の子への関心も出てきた。
プログラム前は高志にそのあたりを訊かれ「俺に見合った女が出てきたら」と茶化して返したが、実は同じクラスに気になる女子生徒がいる。
永井安奈
(新出)。
香川美千留から金を巻き上げるなどしていた重原早苗の友人だ。
また彼女たちの仲間には、筒井まゆみがいる。まゆみは三年までは楠悠一郎らのグループの一員だった。
安奈、早苗、まゆみの付き合いは三年からのようだ。
安奈自体は、ごく普通の女の子だった。学業成績がよく、教師の受けもいい。そんな彼女が、早苗やまゆみと一緒にいるのはいかにも不思議だった。
ただ、早苗とまゆみは、安奈と親しくなって急速に生活が落ち着いた。
派手に染めていた髪を黒く戻し、授業にもきちんと出る。教師に反発もしなくなった。
学は、担任の高橋教諭が、早苗に「いい友だちを持ったな」と話しているのを聞いたことがある。永井安奈のことだ。
高橋は、早苗が安奈のおかげで荒れた生活を正したと考えたのだろう。
この見解に、学は懐疑的だった。
三年までの早苗は無茶苦茶だった。
楠悠一郎や木多ミノル、羽村京子といった素行の悪い生徒たちとつるむことはなく、一人でしていたが、教師に反抗的な態度を取り、クラスメイトに暴力をふるっていた。夜遅くまで繁華街に繰り出し、授業にはほとんど出なかった。
まゆみは同じ学校の生徒に手を上げることはなかったが、生活の乱れは似た様なものだった。
人なんて早々変われるものではない。
早苗やまゆみの変化には、必ず裏がある。
そう思い、調べた。
実は、学の銀行残高は年齢に見合わない額になっている。
学の父親は既に死んでいるが、母親が夫の興した貿易会社を継いでおり、学はその手伝いをしていた。
大東亜共和国は準鎖国政策を取っており、貿易は友好国とされる国に籍がある企業相手のみ許されている。
学はパソコンに強かったので、その方面の業務を手伝っていた。
もちろん、対価はもらう。貯金はそうして貯めたものだった。
海外通信は許可された国、企業のみに制限をかけられていたが、知識と技術があれば突破は可能だった。
自身の能力を試すことに労を惜しまない学のこと、試さない手はなかった。
そして、その咎として、思想統制院送りとなってしまった。
そこに手段があり自身にその能力があったからやって見ただけの話で、反政府的な理由ではなかったため、厳重注意と再教育の後、解放されたが、母の立場は相当にまずくなったようだ。
貿易権を取り上げられかけるところまで行ったようだが、上手く立ち回り、それまで通りに商売は続けている。
……きっと、身体を使ったんだ。
唾棄混じりの推察。
学の母親は、美貌の人だった。
そして、その美貌を極めて有効に使っていた。産み育ててくれたことは感謝しているが、決して尊敬はできない生き方だ。
まぁ、とにかく。世の中、金をかければ、ほとんどのものは得られる。
永井安奈たちの裏は、すぐに掴めた。
彼女たちは援助交際、売春行為に身を染めていた。驚いたのは、安奈がその元締めだったということだ。
学校では優等生、その裏では売春組織の首領。
そこで嫌悪感を抱かないあたり、自分らしいと苦笑するところではあるのだが、その裏表に学は惹かれていた。
その関心を恋愛感情と呼ぶかどうかは、学にもよくわからなかった。
学に恋愛経験、女性経験はない。
母親の生き様に拒否反応を示してしまうのも、その未熟さ潔癖さからだろう。
安奈は自分の体は売っていないようだ。
比べ、母親はおそらく売っている。
その違いは、学の中では大きかった。
坂持国生、野崎一也、永井安奈。
学が気にするクラスメイトに共通するのは、それぞれに秘められているであろう裏の顔、事情だ。
もう一度国生を見やる。
学の手には、国生の支給武器であるサムライエッジがあった。
この銃はモデルガンに触れたことがあった。カスタムしやすい銃なせいか、違うバリエーションだったが、基本的な構造は同じはずだ。
安全装置を外し、しっかりと両手で構え、国生に向ける。
銃器は殺傷能力が高く、生き残りには有効な支給武器だが、素人には取扱が難しい。学の銃に対する評価は低い。
しかし、この至近距離だ。外すことはないだろう。
ほとんど押しつけるようにし、グリップを握り直す。
彼の抱える事情に興味はあるし、当座行動を共にするつもりだった。だから、合流した。しかし……。
「戦え、生きろ」
分校の黒板に書かれていた鬼塚教官のメッセージを復唱する。
間延びした口調、緊張感のない態度で説明をしていた彼のものとは思えないような指示だった。
「戦え、生きろ」
再度、口にする。
生きるためには、戦わなくてはいけない。
クラスメイトの、友人の命を奪わなくてはいけない。
それが、プログラムだ。
ごくり、唾液を呑み込む音が保健室に響いた。
そして今まさに銃撃しようとした瞬間、国生の唇から「ノリコ……さん」こんな台詞がもれた。覚醒したのかとびくりと肩を上げるが、どうやら寝言だったようだ。
規則正しい寝息が続く。
「ノリコさん?」
戸惑う。
クラスの女子にはない名前だった。
……他のクラスの女? 坂持、好きな女がいたのか? 紀子? 乃里子?
「あっ」
ここで学ははっと息をのんだ。
……典子。
中川典子。十数年前、プログラムからの脱出に成功した生徒は二人いた。そのうちの一人の名前だ。
まさかとすぐに推察を打ち消すが、頭の芯の部分は「中川典子だ」と判じていた。
もちろん、全くの別人のことだという可能性はある。
しかし、プログラム進行中、プログラム担当官の息子が「ノリコ」という名前を口に出した。
中川典子で間違いないのではないか?
合理性を旨とする学にしては運命論的な思考だが、それが正解だと思えた。
ちっと舌を打ち、銃を下げる。
これは、話を聞くべきだろう。
学を支配する好奇心が、国生をこの場で殺すことに拒否反応を示していた。
ふと、好奇心は猫をも殺すなんて言葉が頭をよぎったが、これを振り切り、学は回転椅子へと戻った。
逆向き、椅子の背に前向きに寄りかかり、足をぶらぶらとさせる。
「ああ、チクショウッ」
がりがりと頭を掻き、やがて学は皮肉げに笑う。
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