<鮫島学>
午前8時、鮫島学は分校
にいた。地図上は、角島の中央辺りになる。
年代を感じさせる木造校舎。学がいるのは、その保健室
だ。養護教諭用のデスクに備え付けられた椅子に座り、室内を見渡す。
カーテンで仕切られたベッドが二つ、そのそばには体重計。
壁の一面は棚になっており、薬品や書籍、ファイルなどが並ぶ。
ベッドの一つでは坂持国生
が寝ている。国生は心臓を悪くしており、身体が弱い。楠悠一郎との戦いで身体は疲弊しきっており、休ませる必要があった。
窓からは分校の裏庭が見通せた。
先ほど、校内を回った。裏庭には鶏小屋があったが、中には何もなかった。プログラム中は飼育動物を他所に移動させているのだろう。
体育館、理科室、図書室、職員室……どこにもクラスメイトの姿はなかった。
国生は他の選手の居場所を表示できる探知機を持っており、分校に入る際に調べてもらっていた。
そのうえで、校舎をめぐり、誰もいないことを確認した。
学としては、これでやっと探知機に信頼を持てた。
分校に立ち寄ったのは、身体の弱い国生を休ませる目的もあったが、説明会場が本当に分校だったのか確認しておきたかったからだ。
教室にもそれぞれ人気がなかったが、そのうちのひとつだけ、机と椅子が隅に積み上げられていた。板壁の汚れに見覚えのあるところがあり、また黒板に『戦え、生きろ』と白いチョークで書かれていた。
説明時、要点を板書していた鬼塚の書き文字に似ていた。
彼からのメッセージだろうと推察するとともに、説明会場が分校であったと確証を得た。
どちらにしても政府の言うことを鵜呑みにしたくなかっただけなのだが、国生は「サメくんらしくはあるけど……呆れるぐらい疑い深いね」と苦笑していたものだ。
携帯電話に関しても、その質は発揮されている。
7時から30秒間通信が可能になったが、それまでに学は様々な検証を行っていた。
まず、通信が許可時間以外は基本的に不能であることは確かなようだった。
ただ、通常の電波不通状態と同じで、メール作成機能や写真撮影機能、録音機能は使えた。事前にメール等を作成し、許可時間に送ることは可能だ。
また先ほど、香川美千留の携帯電話から自身の携帯電話へと通信実験をしてみたのだが、普通に繋がっていた。美千留の携帯電話を所持していることは国生には話していないので、彼の目を盗んで実験は行った。
彼女は死んだが、携帯電話は生きていた。そこに学は皮肉を感じる。
回線に関しては、大東亜ネットの通信システムをローカル適用しているだけだった。
大東亜ネットとは、大東亜共和国の情報通信ネットワークのことで、国内だけに限定されたイントラネットだ。しかし、世界各地に繋ぐことは可能で、限定された行政機関や業者は監視つきで許可されていた。
一般人は遮断されているが、技術と知識のあるものは容易に突破できる。
学はその方面に強く、違法アクセスはお手の物だった。まぁ、その咎で思想統制院送りになったのだが。このあたりは一也や国生も知るところだ。
今はプログラム会場内に制限されており、島の外には通信不能だ。
一つ、学を後悔させているのは、知識不足だった。
回線があれば痕跡を残さずに障壁を突破する自信はある。
しかし、通信許可時間の壁は学には難しかった。おそらく突破自体はできる。しかし、高確率で作戦本部に捕捉されてしまうだろう。
安全策を取るのならば、通信許可時間を使うしかない。
数時間ごとに30秒では、できることは限られている。
ただ、この状況で島外に繋げて何になるのか、という思いもある。
危険をおして島外に通信したところで、プログラム前に一也の部屋で見た動画の彼のように、首輪を爆破されるだけだ。
友人の少ない学には他のクラスに親しくしていた者はいない。
家族だってそうだ。
鮫島家は父親はすでに病死しており、母子家庭だ。そして、親子仲には距離があった。
学が最後に母親の声を聞きたいなどと願うことはない。
*
国生が身体を休ませているパイプベッドは、新品だった。新しく買い直したのか。
見れば、仕切りのカーテンも真新しかった。
「公立校なんて、どこも予算不足だろうに……」
疑問には思ったが、仮に答えを見つけたとしてプログラムという現状は変わらないと、追及はやめる。
合理主義者の学らしい判断だった。
回転椅子に身を沈め、ぐっと伸びをする。
国生ほどではないが、学も疲弊していた。
それは、香川美千留を殺したことも関係しているのだろうか。
彼女とは、配置された場所が近く、プログラム早々に南の集落で出くわしてしまった。特段親しかったわけではないが、行きがかり上合流した。
美千留はバレーボール部、運動部に所属していたが、いたって大人しい女の子だった。
一時期、素行の悪い重原早苗のターゲットにもなっていたようだ。
佐藤理央らに引きずられる形で尾田陽菜のいじめにも参加していたが、本意ではなかったのだろう、居心地悪そうにしていたものだ。
プログラム中もそのおどおどとした立ち居振る舞いは変わらず、ある意味では安心して行動を共にできた。
そして夜が明けるころ、木立の中で、彼女を麻縄で絞め殺した。
麻縄は美千留の支給武器だった。
あまりにも無警戒に背中を見せてくるし、せっかく支給された麻縄も無造作に地面に置いていたので、殺した。
そこに、さしたる気負いや覚悟はなかった。
学の支給武器はリモコン式の時限爆弾だった。
ボタンのような小さなスイッチが別に支給されており、スイッチを押して10秒後に爆破されるそうだ。
爆破の規模は半径一メートルほどしかないが、殺傷能力は十分とのことだった。
変わっているのは、その外装だ。
熊のぬいぐるみ。
小さな熊のぬいぐるみに、爆弾が内蔵されているのだ。
国生にはもちろん爆弾のことは明かしていない。ぬいぐるみはディバッグの中にしまってあり、存在自体を伏せてある。
疑い深い学のこと、その規模など実験をしてみたいところだが、こればかりはどうしようもない。
使いどころが難しく、美千留を殺す際も凶器にはできなかったが、まぁ、当たりの部類に入る支給武器だった。
いずれ、使う時が来るだろう。
香川美千留はプログラムが始まったことは理解していたが、本当に殺し合いとなるのか信じられない様子だった。
しかし学は信じていた。殺し合いは起きると信じていた。
そして、実は、プログラム以前からもし巻き込まれたらゲームに乗ると決めていた。また、そのための覚悟もすでに終わっていた。
学は幸いにして聡明に生まれた。
そして、持って生まれた頭脳を生かす努力もしている。
将来は科学者になりたい。そんな夢もある。
能力に対する自負は人並み以上にあり、発揮する場ももとめていた。
プログラムへの参加を望んでいたわけではもちろんないが、もし巻き込まれたら……それはそれで、自身の判断力や運動能力、気力を試すことができると考えており、学らしく備えは欠かしていなかった。
まずはクラッキングの技術を磨き、プログラムからの脱出できないかと考えたが、過去に香川県でのプログラムで作戦本部のパソコンが乗っ取られかけるなどしたことがあり、その後セキュリティが堅固になっていた。
首輪のシステムも改良が重ねられ、素人では手出しできなくなっている。
脱出は諦め、素直に優勝を目指したほうがよいと早々に判断した。
身体は鍛えている。また、仲間内にも明かしていなかったが、射撃場や空手の道場にも通っていた。
様々なサバイバル術も学んでいる。
生き残るための努力は、欠かしていない。
精神的にも備えていた。
しかし実際のところ、心は痛み、手は小刻みに震えていた。
ほとんど付き合いはなかったとはいえ、クラスメイトだ。美千留を手に掛けて以来、彼女が佐藤理央ら仲間と笑いあうイメージが、頭から離れない。
覚悟はしており実行もできたが、罪悪感や後悔の念は抱かずにはおられないというところか。
「俺って、案外健全だったんだな」
苦笑交じりに呟く。
と、「神様、助けて……」ベッドの上の国生が口を開いた。
起きていたのか。
「寝ておいたほうがいい。お前は休息を取るべきだ」
「疲れてるし、ぼーっとしているんだけど、なんだか、気が高ぶって寝れないんだ」
「それに、神などいない」
「ひどい試練だよね……。神様は、残酷だ」
どうやらプログラムを神の試練とし、助けを求めているようだ。
「違う。文字通りいないんだ。この世の出来事に、超自然的な力など介入しない。プログラムは馬鹿な政治家が敷いた、いち制度に過ぎないし、俺たちがプログラムに選ばれたのは、抽選……恣意的に選ばれることもあるそうだが……の結果だ」
学の弁に、「相変わらず、理屈っぽいね」国生が皮肉げに笑う。
「理知的と言ってくれ。そもそも神に助けを求めること自体が無意味だ」
「そりゃまぁ、俺だって、本気で神様がいるだなんて思ってないけどさ」
「拠り所は常に自分自身だ。だから、疲弊は排除しておいたほうがいい」
国生は一瞬ぽかんと口をあけ、にやりと笑う。
「……つまり、休んでおけって言ってくれているんだね」
「最初からそう言っている」
今度は声をあげて笑い、「ありがと、なんか和んだ」布団を鼻先まであげる。
今の会話のどこで和んだのか学には不明だったが、気は休まったようだ。
しばらくすると、規則的な寝息が聞こえてきた。
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