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OBR1 −変化−


015 2011年10月01日07時00分 


<安東涼> 


「ありがとう、か」
 矢田啓太郎の台詞を繰り返し、安藤涼 は眉を軽く上げた。
 彼の携帯電話に先ほど野崎一也から連絡が入った。そのときの言葉だ。
「なんか慌てちゃって、上手く話せなかった……」肩を落とす啓太郎 には晴れやかな笑みが浮かぶ。
 連絡をくれたこと自体が嬉しかったようだ。
 まぁ、気持ちは分からなくもない。
 通信時間が限られるということは、通信相手が限られるということだ。
 指定された時間から30秒。この状況では、一人以上は難しい。連絡を取ってくるということは、その一人に選ばれたということだ。
 既に他の友人と合流しているなど、こちらからは見えない相手側の事情もあるが、大切に思われている、信用されている証拠だろう。

 しかし、啓太郎の顔はすぐに曇った。
 視線の先には待合室の床に寝かされた尾田陽菜の亡骸。 制服は土に汚れ、わき腹や胸元から流れ出た血液が赤い血だまりになっていた。
 ここは、東の集落にある診療所 だ。最近新設されたのか、建て替えられたのか、真新しい建物だった。
 フローリングの床、白い壁。受付の壁には検診を勧めるポスターが貼られている。
 二階建てで、入院設備もある。各種検査室、手術室、薬剤室……。
 高齢化、過疎化が進んでいる角島の住人には心強い施設に違いない。
 プログラムに放り込まれた安東たちにとっても同様だった。包帯や消毒薬、傷薬、抗生剤などを拝借していた。

 涼はすでにクラスメイトを手にかけている。
「結局、みんなゲームに乗る。違いは、それが早いか遅いかだ」
 啓太郎に聞かれないよう、小さく呟く。
 誰もクラスメイトを殺さずに全員の首輪が爆破されて終了。
 そんなことはあり得ないだろう。

 冷めたペシミスト。その思考は、その生まれ育った環境ゆえだろうか。
 涼の両親は、10歳のときに死んだ。そして、涼はそれを当然のものとして受け止めていた。父親はやくざ崩れで、暴力をふるうことでしか自己表現ができない男だったし、母親は水商売のストレスのはけ口を子どもたちに向けた。
 涼には4つ下の弟がいるが、兄弟には生傷が絶えなかった。
 そして、誰も助けてくれなかった。教師も近所の大人たちも、涼たちを苦境から救ってはくれなかった。
 両親が事故で死んだとき、涼はその死を悲しまなかった。
 それどころか、やっと解放されると、安堵したものだ。
 引き取り手のなかった兄弟はそれぞれ別の孤児院に送られ、弟とはその時点で離ればなれになった。
 涼を収容したのは、慈恵院という全国各地にあるカソリック系の施設だった。
 慈恵院での生活はそれなりに温かなものだったが、それまでの経歴から何事にも冷めた視線を向ける性質はすでに形成されており、友人はできなかった。

 学校でも同じだ。群れることは好まず、一人で過ごしていた。
 木多ミノルとは同じ孤児院で生活しているが、会話はない。不良グループに入り、学業をおろそかにしている彼の生き方はとても賛同できるものではなかったし、向こうも話しかけては来なかった。
 気の弱いミノルが他人を寄せ付けない雰囲気の涼を怖がっていた節も、ある。
 かろうじて会話があったのは、クラス委員長の鮫島学ぐらいだ。
 似たような質、徹底した合理主義者の彼とは、気があった。
 ただ、学が信用できるかと言えば、別問題だ。現実的に考えれば、プログラムを生き抜くためには、クラスメイトを殺さなければならない。
 涼はそう考えた。そして、学も同じように考えるはずだった。

 ただし、最初からゲームに乗ろうと考えていたわけではない。
 幸いにして殺傷能力の高いサブマシンガンを支給されたが、ゲームに乗るべきかどうか思案し、頭を抱えた。
 サブマシンガンは、拳銃弾をフルオート連射機能を持った銃器だ。小型のため、手で保持できる。涼の支給されたのは、M3A1サブマシンガンだった。太い注射器に持ち手を付けた様な形状で、何かを注入する工具のようだ。
 銃身の一部が撃発により熱を持つため、手袋も一緒に支給されている。

 南の集落の入り口付近で生谷高志と佐藤理央を見かけたときも、彼らと合流し、恐怖を慰め合うことも考えた。
 尾田陽菜をいじめていた理央はともかくとして、熱血漢で正義感の強い高志となら当座一緒にいても安全だろうと思えた。
 ただ、涼にはプログラムに巻き込まれたと知って以来考えていた事柄があった。
 それは、プログラム優勝報酬のことだった。優勝は名誉なこととされ、総統直筆の色紙と一生涯の生活保障が与えられる。
 生活保障。つまり、金だ。

 ちらりと啓太郎を見やる。
 今は彼が見張り当番だ。エントランスの物陰に身を隠し、外の様子を伺っている。無防備な背中。
 彼が見張りに集中していることを確かめてから、涼はジップアップシャツの胸ポケットから一枚の写真を取り出した。  
 そして、「佑介ゆうすけ ……」啓太郎に聞こえないよう、弟の名前を小声でつぶやく。
 両親が死んでからのどさくさのなか一枚だけ持ち出した、兄弟が一緒に映っている写真だった。
 撮ったのは母親だと記憶している。何の気まぐれだったのか今となっては知る由もないが、兄弟そろっての写真を撮りたがったのだ。
 背景は、当時住んでいた大阪の下町だ。
 夕陽に照らされ紅い顔をした幼い兄弟の姿が、幸せそうに笑う姿が、そこにあった。
 写真を裏返す。
 そこには弟の名前と、ある施設の所在が書いてある。
 佑介が収容されたのは、国立の孤児院だった。公設養護施設の劣悪な環境は有名な話だ。兵士養成所と化しているという噂すらある。
 そんな環境に、たった一人の肉親がいる。
 それは、涼にとって、身を切り裂かれるような現実だった。

 迎えに行きたいが、何の後ろ盾もない15歳にはどうしようもなかった。
 神戸第五中学校では基本的にアルバイト禁止だが、経済的にひっ迫している家庭は特例として認められている。
 涼も孤児という身の上から許可されていたので、休みの日には日銭を稼ぎ、貯金していた。
 ただ、たいした額ではない。
 また、中学卒業後は社会に出ることになるが、その賃金も想像がついた。そして、おそらく住居費を浮かすために住み込みで働くことも。
 住み込みでは佑介を迎えることなど不可能だし、そうでなくとも弟を養える金を持てるとは、とても思えなかった。
 しかしプログラムで優勝すれば、一生涯の生活保障……まとまった金が手に入る。
 チャンスだった。涼たち兄弟、特に今も辛い毎日を送っているはずの佑介が幸せを掴むチャンスだった。
 だから、涼はゲームに乗った。
 ……分かっている。
 結局のところ自身が死にたくないから、クラスメイトを手に掛けていることは、充分に分かっている。
 だけど、弟の幸せを祈り死地を選んだことも確かだった。
 
 もちろん銃器を使った経験などなかったので、うまく操作できず戸惑ったし、良心の呵責、クラスメイトを人を殺してしまったことへの悔恨を感じた。取り返しのつかないことをした、と震えも増した。
 高志らの亡骸に捧げた「すまない」という台詞。あれは、涼の本心だった。



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安東涼
孤児院育ち。生谷高志らを殺害したが、彼らに弔いもしている。