OBR1 −変化−


014 2011年10月01日07時00分 


<飯島エリ> 


「……うん、いま北の集落の教会にいるの。待ってるから」
 電話を切り、飯島エリ(場面としては新出)は、きゅっと口を閉じた。
 制服に身を包んだすらりとした長身。長く伸ばしたストレートの髪。顔も細面で、全体的に細長いイメージだ。日に焼けた健康的な肌をしている。
 腰に手を当て、「そっちは?」傍に立つ少女に訊く。
 声をかけられた小柄な少女はびくりと肩を上げた。
「で、出なかった。……ごめんね」
 怒られるとでも思ったのか、謝ってくる。
「まぁ、仕方ないか。知らない番号から掛かってきたら警戒するだろうし」
「そ、そうだね」
 ほっとしたように頷いたのは、吾川琴音あがわ・ことね(新出)だ。青白く、血色の悪い顔。前髪が重く、元々暗い表情がさらに陰っている。
 琴音が小さく咳をした。
 彼女は重度の喘息を抱えている。幸い、発作には至らなかったようだ。礼拝堂の椅子で身体を小さくしている。

 エリと吾川琴音は、北の集落にある教会にいた。
 礼拝堂には木製の長椅子がいくつかと、祭壇がおかれている。天井にはステンドグラス。知識のないエリには何という様式かは分からないが、大理石の壁には浮き彫りが施され、多色使いのタイルがはめ込まれている。
 規模は小さいが、過疎の島にしては、豪奢で美麗な内装だった。また、最近建て替えられたのだろうか、真新しく、清潔だ。 
 この教会を管理している聖職者の住まいだろう、同じ敷地内に二階建ての家屋もあった。
 
 エリはここに立て篭もろうと考えていた。
 鍵は掛かっていたので裏窓を破ってしまっているが、後で内側から板でも打ちつければいい。
 仲間も集める。一人は怖かったし、たまたま合流できた吾川琴音とは普段親しくしていなかった。気心知れた仲間が必要だった。
 先ほど電話をかけていた相手は、同じテニス部の越智柚香おち・ゆずか (新出)だった。彼女は南の山付近にいると言っていた。北の集落まではしばらくかかるだろうが、後で合流できるだろう。
 他に、空手部の津山都つやま・みやこ (新出)にも連絡を取ろうと、吾川琴音にかけてもらったが、出なかったようだ。 
 二人は電話番号を交換していなかったので、都の番号を教えたのだが、知らない番号を警戒されたのだろうか。エリが二人ともにかけられれば良かったのだが、制限時間が30秒ではどうしようもなかった。

 琴音は琴音で普段親しくしている木沢希美きざわ・のぞみ (新出)などにかけたかったようだが、エリは気づかないふりを決め込んでいる。
 彼女は、気の強いエリのことを怖がっているようだった。これからも上手く利用してやろうと、腹に決める。
 吾川琴音は大人しく、他人づきあいが苦手だった。
 クラスでも携帯電話番号を交換しているのは、数人だろう。
 そういった意味では残酷な支給物資だった。
 普段の人間関係、信頼関係が如実に表れる。

 また、琴音が木沢希美に電話をかけていたとして、連絡がついていたかどうかは疑わしい。
 希美は写真部の中村靖史なかむら・やすし (新出)と交際している。カップルが未だ合流できていなかったのならば、通信許可時間で連絡を取りあうだろう。
 琴音がかけても話し中だった可能性が高かった。


 
 エリは佐藤理央のグループの一人だ。理央はすでに死亡している。さきほどの死亡者リストにあがっていた。
 また、理央と同じバレーボール部の香川美千留の名前も呼ばれていた。
 理央はエリに輪をかけて気が強く独善的で、気にいらない生徒……尾田陽菜ひな のことだ……には辛く当っていた。
 香川美千留も理央やエリと一緒に陽菜をいじめていたが、本意ではなかったようだった。
 もともとは大人しい性格だ。
 仲間外れになるのが怖かったのだろう。
 また彼女は素行の悪い重原早苗しげはら・さなえ (新出)に目を付けられていた時期があった。二年の春ごろのことだ。君子危うきに近づかず。エリは放っていたが、佐藤理央は美千留を守ってやっていた。理央はきつい性格だったが、一度仲間と捉えた者には優しかった。美千留はそのことを恩義に感じていたようだ。
 大人しい美千留がいじめに参加していたのは、そのあたりの関係性があったのだろう。
 その二人は死んだ。
 理央とは、プログラム説明時に兵士の目を盗んで北の集落で落ち合う約束をしていたが、それも叶わなかった。
 決して善良とは言えないエリだが、やはり友だちの死は悲しい。
「誰に殺されたんだろう……」
 ふっと、重い息をつく。

 ……なんで、こんなことに。
 次ぐ、苛立ち混じりの絶望。
 プログラムの年間対象クラス数はそれほど多くない。まさか、自分が死地に立つことになろうとは考えていなかった。
 ここで思い出すのは、かつて交際していた三井田政信のことだった。
 政信は、もう引退したがバスケットボールに所属していたスポーツマンだ。またトークも洒脱で、一部の女子生徒に人気があった。
 だけど、実にいい加減な男で、交際中に何度も浮気され、それが原因で別れた。
 同じ部活の主将をしていた矢田啓太郎も、彼の奔放さには頭を悩ませていたようだ。
 ただエリは別れた今も、彼のこと自体は決して嫌いではない。迷惑をかけられていた啓太郎も同じみたいだった。
 その飄々ひょうひょうとしたキャラクターのなせる技なのだろうか、なぜだか憎めないのだ。
 彼を見ていると、何かに悩み苦しむことが馬鹿らしくなる。

 そして今も、彼を思い出すことで、気が少し楽になった。
 ありがとうと、礼を言うべきなのだろうか。
 苦笑するエリ。
 と、自身の携帯電話に電子メールが着信していることに気づく。
 誰かが送ってきてくれていたようだ。
 慌ててメールを開封し、エリは「え……」戸惑い声をあげた。
 送信者の名前が『佐藤理央』となっていた。
 死んだはずの友人からのメール。
「どう、いうこと……?」
 眉を寄せるエリに、「どうかしたの?」琴音が怪訝な視線を送ってきた。



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佐藤理央らと親しい。尾田陽菜に辛く当っていた。