<中村大河>
倒れこむようにして、洞穴の中へ入る。
岩壁に背を預け、まずは呼吸を整える。そしてたき火を起こし、暖をとった。
彼女の額に手を置くと、焼けるように熱かった。顔は紅潮しており、ぜいぜいと喘ぐような息。閉じられた瞼が小刻みに震えている。
朔が死んだときと同じ状態だった。
医療品に乏しいのは相変わらずだ。
試しに南美のバッグも探ってみたが、解熱剤や抗生剤は出てこなかった。
とりあえず消毒液で傷の消毒をし、止血、包帯で覆う。
幸い、傷はそれほど深くないようだった。
疲弊した身体をおして、彼女を背負い、洞穴まで運んだ。
消毒などできる限りのことはやった。
暖も与えている。
……やるべきことはやった。
座り込むが、すぐにいやと頭を振り、立ち上がった。
これは、安易に流れているだけだ。自分に言い訳をしているだけだ。まだ、手は尽くせる。何かできることがある。
もう一度彼女の荷物を探る。すると、紙に包まれた肉片が出てきた。
何かの燻製肉だ。
熱にうなされる彼女の顔をまじまじと見つめる。
「答えを……見つけてた、んだ」
南美は箱檻型の罠を使って、小動物を捉えようとしていた。
釣り糸と針があれば何とかなる魚とは違い、兎などの捕獲は獣道などの知識が必要で、素人には難易度が高い。
一緒にいた時は一度も成功していなかったが、それでも諦めず挑戦し続けていた。
小動物の捕獲は、彼女にとって何かの象徴なのだろうと思っていたが……。
南美は一つの試しに答えを見つけていた。
「燻製までしちゃってさ」
なぜだか分からないが、心地よい敗北感を得る。
……じゃぁ、俺は?
「俺たちは、試されている」
目の前に倒れる南美。朔を失い彼女も失えば、たとえ優勝できたとしても、課せられた試しの答えは一生見えなくなる。
当たり前の生活には、戻れなくなる。
「思い出せ……思い、だせ」
呟きを繰り返す。
胸にくすぐられるものは、感じていた。
何か、あったはずだった。
プログラム中に、何か疑問を得ていたはずだ。
そこにヒントがある。そんな、予感がした。
岩肌の天井を見上げる。
ちらちらと動く火が赤に照らされている。
ぐるりとあたりを見渡す。洞穴の入り口に雪が吹きだまっている。雪を手にすくい、冷やした手で顔を拭う。これで少し思考がクリアになった。
「……朔だ」
そう、朔がずっと気にしてた事柄があった。
Aスポットの扉にはクローバーの組木飾りがしてあった。
Bスポットのエントランスホール、その天窓にはスペードのガラス飾りがあった。
海に沈んだDスポットのデッキの床板には、ハートの床飾りが施してあったそうだ。
朔は一番最初、Aスポットのクローバーを見たときから気にかかっていたようで、各スポットに行く前に遭遇した佐藤慶介や瀬戸晦などに装飾の有無を尋ねていた。
ここで、大河も一つの疑問を得る。
「あれ、Cスポット……?」
Cスポットに、スート、トランプマークの装飾はなかったように思う。
あったのは、各ロッカーの解錠未解錠を示すトライアングル、三角形の形をした装飾だけだ。
パターンからすれば、ダイヤのスートがどこかになければならないはずだ。なのに、あったのは三角形だ。
凪下南美の荷物をひっくり返す。取り出したのは南美が西塔紅実から引き継いだデジタルカメラだった。
保存された画像を確認する。
食べられる野草、食べられない野草、住居に向いたいくつかの洞窟、獣道……。タッチペンで画像につけられたメモと一緒に、様々な画像が表示される。
やがて、Cスポットの映像が出てきた。
四角い箱を積み重ねた、駅ロッカーのような形状。
その箱の一つ一つに三角形の装飾が施されている。
もとは黒色だが、解錠された際に白色に切り替わる仕組み。
Cスポットは角度を変えて何枚か映っていたが、やはりダイヤのマークは見当たらない。あるのは、三角形だ。
「どゆこと?」
落ちる疑問符。
しかしここで、「ああっ」大河に稲光のような天啓が落ちた。
デジタルカメラを操作し、画像の一つを表示させる。
「そうか、そういうことか……」
一人うなづいた後、首を動かし、洞窟の外を見やる。
得た推察が正しいとも限らない。『あの場所』に、願う物資があるとは限らない。だが、『あの場所』は後一時間もすれば禁止エリアに指定されることになっていた。
迷っている時間はなかった。
幸い、行き道は分かる。
「すぐ戻ってくるから」
聞こえてはいないだろうが、南美に声をかけ、洞窟を飛び出す。
風は強まっていた。雪が斜めに降り、大河の皮膚を叩く。
ふと、朔の顔が学園生活の風景に繋がっていたことを思い出し、皮肉を感じた。
彼は本当の学生ではなく、兵士だったのに。
立場を偽って潜入していただけだったのに。
だけど、かけがえのない友人だった。その死を思い出し、胸を詰まらせる。切ないような、悲しいような感覚。
裏切られていたのは事実だが、この感覚も大河にとっての事実だ。
目を閉じれば、有明中学校の校舎が見える。
チャイムの音。生徒たちの歓声。埃っぽい廊下。落書きだらけの教室。仲間と馬鹿をやる。教師にしかられる。
俺は……。
「俺は、あそこに帰る」
思いを口に出す。
そのためには、生き残らなければならず、南美を救わなくてはいけなかった。
理知的に自身の生存だけを考えるのならば、今取っている行動は間違いだ。だけど、試しの答えを得るためには、正しい選択なはずだ。
*
雪と風に足を取られながら、雑木林を進む。
やがて、視界が開け、10メートルほど先に目指す場所が見えた。
先ほど大河がいたものとは違う洞窟。でたらめな方向に灌木が飛び出した岩壁にぽっかりと口をあけており、すぐそばが斜面になっている。
足を踏み外せば奈落の底だ。
きゅっと唇を噛み、気を引き締める。
しかしここで、風が横殴りになり、激しい吹雪となった。
降る雪、積もっていた雪が、ごうごうと音を立てて巻き上げられる。
叩きつけられる雪、風。風に煽られ倒れそうになり、一歩足を引き、地面に踏ん張った。体感温度がいっきに下がる。
と、視界が真っ白になり、雪原と空が一体化した。
太陽がどこにあるか分からなくなり、天地の識別すらできなくなる。
耳をつんざいていた雪風の音が消える。
息をのむ。
……なんだ、これは?
右腕で一度視界を遮る。
しかし、仕切り直しても目前の白は変わらなかった。
大河を覆う音は、胸の鼓動だけだ。どっどと激しく、不安を示すリズム。
要するに、ホワイトアウトを起こしていたが、大河に気象現象の知識は乏しく、惑う。
ただ、目的地はすぐそばだ。
行き道に障害はないが、逸れれば斜面となっていたことを思い出す。
落ちれば、一たまりもない。
動きべきか悩んだが、結局足を踏み出した。その判断が正しいのかどうかも分からないまま、慎重に歩を進める。
10メートルの道のりが酷く遠く感じた。
長く感じるだけに不安も増す。
……俺は本当にまっすぐ進んでいるんだろうか。斜面に向かっていないのだろうか。
−02/28−
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