<中村大河>
朔の亡骸を前に呆然としている大河に、「後で、徳山とか……を、埋めるなりしなきゃね」南美が声をかけてくる。
人は死ねば腐る。
現実は厳しく、醜悪だ。
腐敗臭を警戒すれば遭遇を概ね避けられるため、至近距離で直視したことはないが、ふとした拍子に変わり果てたクラスメイトの亡骸を遠目にし、息をのむこともあった。
Cスポットにはこれからも物資を取りに行く。
彼女たちの亡骸を埋葬する必要があった。
大河の気持ちを考慮しわざと事務的に振舞っているのだろうか、それともすでに感覚がマヒしているのだろうか。
南美は落ち着いた様子で、デジタルカメラの画像を確認し始めた。
カメラは、西塔紅実がどこかの解放物資で入手していたものだ。
タッチペンを用い画像にメモを残せる機種で、紅実は様々な情報を残してくれていた。今は南美が引き継いでいるようだ。
何度か見せてもらったが、食べられる野草や居住に向いた洞穴の入り口など、役に立つ画像が多く保存されている。
「このへんかな……」
Cスポット近くで埋葬にむいた場所の画像を探していたようだ。
「明日にでも、ここに埋めよう」
その台詞が朔にも向けられているように聞こえ、どきりと拍が上がる。
そして、実際に台詞が朔にも向けられているという事実、朔も埋めることになるという事実に思い至った。
……朔を、埋める。
心の中で復唱する。
これが彼の死の受け入れとなったのだろうか、涙がぼろぼろと零れ始めた。
続く、嗚咽。
泣き崩れ、地面に四つん這いになる。肩が震えた。
「俺がっ、俺が、一人にしたからっ」
一緒にいれば、こんな無茶はさせなかった。
ややあって、いや違うと、頭を振る。
そもそも朔が傷や疲労をおして移動したのは、自分に会うためだ。銃で撃ったのはクラスメイトの誰かだが、朔に無理をさせたのは自分だ。
それは、探知機を拾い上げたときも考えたことだった。胸を切るような、再認識。
南美が肩をさすってくれる。
「…あり、がとう」
礼を言おうと振り返ったら、その拍子に手と手が触れ合った。
これを、ばっと払いのけられる。
「え?」
「あ、や、ごめん」
南美も自身の行動に戸惑っているようだ。
一拍を置いて、二人同時にはっと息をのみ、見つめ合う。すっと、あたりを包む空気が冷え渡ったような気がした。
プログラムの現実は、感傷や後悔に浸ることすら許してくれないらしい。
このプログラムの優勝条件は二つ。
最後の一人になるか、三カ月を生き延びるか、だ。後者の展開になれば、複数の優勝者が出る。
つい先ほどまで大河は後者を選ぼうとしていた。
プログラムの現実、自身の心の闇を見詰めたうえで、後者を選んでいた。
それは、凪下南美も一緒だったはずだ。
二人は『ジコセキニン』のもと、覚悟したはずだった。
しかし、朔が死に、二人きりとなった今、その覚悟が揺らぎ始めていた。
というよりも、覚悟自体が甘かったのだろう。
残り一ヶ月。
プログラムの一ヶ月を二人で過ごす厳しさを、大河はいま、本当の意味で感じていた。それは南美も同じことだった。だから、手を払いのけた後に息をのんだ。
手を払いのけたのは、彼女にとっては、本能的な危険へのシグナルだったに違いない。
そのシグナルには、女性としての危険も含まれているだろう。
大河には女性経験はない。
もちろん正常な15歳男子としての欲求はあるが、「無理やりにだなんて……」と顔をしかめる。
しかし、ややあって、顔色が蒼白になった。
……本当に? 本当に、俺はそんなことをしないでいられるんだろうか。
拒否感を強く持っていたのに、結局はクラスメイトを手に掛けた。事実が突きつけられる。
では、暴行だって分からない。推察が平手を打ってくる。
見つめ合う二対の瞳。
互いに逸らすことができない。
プログラムの現実は、二人とも骨身にしみている。
ともすれば、自身がその暗闇にのまれるということも、よく分かっている。相手がすでにクラスメイトを複数殺めていることも、知っている。
一度は踏み外した道だ。次の一歩を夜陰へと向けるのは容易に違いない。
冬季のサバイバル。
また、たった今、12月となった。雪は重く降り続けている。積雪した状態でのサバイバル。その苛酷さはこれまでの比ではないだろう。
残り一ヶ月の間に、共倒れになる危険性は十分にある。
考え、いけないと頭を振った。
共倒れになるぐらいなら今。と、思考が転がり落ちそうになったのだ。
別々に過ごしたほうがいいのだろうかとも考えるが、提案には至れなかった。
距離を取れば、気持ちも離れる。
今は少なからず同士、共闘者のような感覚があるが、隔たりにより、限られた物資を競い争う外敵関係になってしまう危険性があった。
二人でプログラムを一カ月生き延びる。その厳しさ。
指先から始まった震えが、全身に至る。また、この震えは予期から来るものにしか過ぎないという認識が、さらに大河を揺さぶる。
推察だけでこれだけの恐怖感なのだ。
実際の一か月はどれほどのものなのだろう。
歩こうとしている道は、長く険しい。一歩踏み外せば、楽になれる苛酷な道。果たして、闇にのまれず進むことができるのだろうか。
先ほど、朔に二度謝られた。二度目の謝罪の真意を捉える事が出来ず戸惑ったのだが、やっと分かった。
あれは、「二人にしてしまって、すまない」という意味だったのか。
ボトルの毒物を流した意味も理解できた。
毒物は直接手を下さず、人を殺すことができる。罪悪感のハードルを下げることができる。また、自殺の用具ともなりえるだろう。
その存在が『二人の一ヶ月』を狭めないようにしてくれたのだ。
最後の最後、滝口朔は残る者たちの身を案じていた。
彼の優しさを知る。
この間も、二人は見つめ合っていた。
その目が同時に逸らされ、「ああ……」吐息も同じタイミングで漏れる。
「俺たちは、試されている」
「え?」
「元は鈴木弦が言った台詞らしいけど、朔もよく言ってた。俺たちは試されているんだって、さ」
「試されている」
「そう、試されている」
鈴木弦は兵士の一人だったが、プログラムが始まったことに絶望し、自らの命の幕を閉じた。
南美はその弦と一時期交際していた。
大河と南美。残された二人は兵士とのかかわりが深い。
そして、これは、学園生活に憧憬を抱いていた兵士二人から投げられた課題だと思った。
互いを信じ、自身を信じ、二人でプログラムを一カ月生き延びることができるか。
最後にして最大の課題だった。
−02/28−
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