OBR4 −ダンデライオン−  


085 2005年11月30日19時00分


<中村大河>


 Cスポットが設置されている丘の中腹。
 雑木林の中、ぽっかりと口を開けた空間に、大河 と凪下南美はキャンプを張っていた。
 簡易テントを二つ並べている。その前には、大きな石で火床をコの字型に囲み、平たい石を上に置いた手作りのかまどがあった。
 ちらちらと赤い火が揺れており、解放物資で手に入れた小さな鍋がかけられていた。
 大河の簡易テントには、滝口朔 が寝かされている。
 雨はすでに止んでいるが、気温がぐっと下がったような気がする。日は暮れ、鎖島は闇夜を迎えつつある。

 凪下南美の姿はない。
 彼女はいま、Cスポットへ物資を取りに行っている。

 数日前、大河は碓氷ヒロを殺めた。その後、自決しようとしたところを南美に止められた。
 それからずっと行動を共にしている。
 どうして助けてくれたのかという大河の問いには、彼女は「いろんなことへの罪滅ぼしをしたかった」と答えていた。
 大河は高木航平や矢崎ひろ美、碓氷ヒロを殺している。
 彼女もまた、誰かを殺めたのだろうか。その罪の意識を、他のクラスメイトを助けることで整理しようとしたのだろうか。
 ……死にたかったのに、どうして助けたんだ。
 そんな意識がないわけではないが、大半を占めているわけでもなかった。
 大河は生を諦めていない。自身のこめかみを撃ち抜こうとしたのは……罪悪感や混乱の濁流に一時的に呑み込まれただけだ。

 彼女は大河を助けたことについて、「これも自己責任」と言っていた。
 南美も、大河同様に生にしがみついている。
 ライバルが一人減る。それは生還への近道だろう。
 大河を見捨てる選択もあったはずだが、彼女はその選択肢はとらなかった。そして、選んだ道を胸を張って歩こうとしている。
 彼女はプログラム開始早々にきのこの毒にあたり、長く患った。
 それを助けたのが大河や朔だ。
 そのあたりの礼もあるようだった。
 ただ、「ぶっちゃけ、後悔もしてるけどね」とも話していた。
 冗談っぽく誤魔化していたが、本心だろう。
 それは、彼女にはまだ大河に手をかける道が見えているという吐露だ。そのうえで、助けてくれた。
 多くを語りあったわけではないが、とても正直なところを話してくれていると思った。彼女は弱く、強い。
 
 思えば、開始当初の自分は、プログラムの現実から目を背け、正論だけを吐いていた。心の黒い部分を見ないふりをして、つたない倫理感を振りかざしていた。
 それは、不自然だ。
 不自然だったから、歪み、クラスメイトを手に掛けた。 

 残り一ヶ月のプログラム期間を生き延びることへの焦りは、今は薄まっていた。
 滝口朔が兵士だったと知ったときに生じた動揺、混乱も落ち着いた。
 その変化の理由は良くわからない。碓氷ヒロとのやり取りがあり、凪下南美とのやり取りがあったからだろうか。 
 混迷に混迷を重ね、行きつくところまで行ったのかもしれない。
 嵐が通り過ぎた後のような、ぽっかりとした喪失感。
 そこには清涼な感覚もあった。
 南美はプログラムの現実を見たうえで、他のクラスメイト……大河と残り一ヶ月を生きようとしている。
 大河もまた同じ思いに至っていた。
 
 朔に対する不信感は、消えていた。
 たしかに彼は、大河の信を裏切っていた。兵士であることを隠し、クラスメイトを装っていた。だけどその質は本物だったはずだ。
 彼と過ごした時間は……最初は嘘だったのかもしれないが……偽りではなかった。
 もちろん、わだかまりが無いわけではないが、少なくともそう思えていたところに、滝口朔が現れた。
 また、先ほど放送があり、選手の残りがこの三人だけになったことが告げられた。 
 三人で、生き延びれられたら。生き延びたい。
 今はそう思う。

 
 しかしいま、三人目の命が危険にさらされていた。  
 朔と遭遇してから一時間ほどが経っていた。
 再会してすぐに気を失ってしまっているので、彼がこれまでどうしていたか、どうしてこんなにも負傷しているのかは分からない。
 右腕と左半身にいくつか銃弾を撃ち込まれている。
 そのほか、新しい擦り傷や痣がいくつもできていた。
 止血はタオルを使い自分でやっていたようだが、ずいふん汚れてしまっており、身体はぐっしょりと濡れている。
 このままでは風邪をひいてしまうし、感染症も起こしてしまう。
 いや、すでに起こしているのだろう。
 朔は高熱にうなされている。眉を寄せ、ぜいぜいと肩で息をしている。唇が渇き、ひび割れていた。

 苦労して衣類を脱がせ、沸かした湯で汗や泥を拭う。
 汚れたタオルは取り除き、初期物資に入っていた簡易医療キッドで処置を施した。といっても、消毒液と包帯ぐらいしかない。
 スポットから得られる物資には、医療系のものが少ない。
 本当は抗生剤があるといいのだが……。
 南美がCスポットへ向かったのは、医療物資を望んでのことだった。ただ、これまでの解放物資の傾向を見るに、望みは薄い。

 新しい服を着せようとしたところで、朔の身体が鍛え抜かれていることの意味に、改めて気づく。
 兵士だと知らなかったうちは、スポーツをやっているわけでもないのにと疑問に感じていたが、軍事訓練の賜物だったのか。
 彼が元々着ていたマウンテンジャケットのポケットからは、探知機や小さなボトル、文庫本などが出てきた。
 文庫本はAスポットの初回解放で手に入れた『ダンデライオン』という小説だった。
 行動を共にしていたころに、大河も読ませてもらっていた。
 陸上部に籍を置く中学生のごく普通の日常生活を描いた作品で、特に事件が起こるわけでもなく、話は完結していた。
 特段有名な作品ではない。 
 何十年も前に発刊されたようだが、よく絶版にならなかったものだ。
 ただ、その中で気になった一節があった。
「全てには、意味がある」
 口に出してみる。
 では、この経験には意味があるのだろうか。この変化にも意味があるのだろうか。
 
 朔は、植物の種が入った小袋をしおり代わりにしていた。
 種は、Aスポットの初回解放物資のひとつで、蒲公英たんぽぽのものだった。英名をダンデライオンというらしい。
 小説タイトルとの符合から、使っていたのだろう。
 彼がこの本を入手したのはプログラム開始早々だが、最初はそれほど興味がわいていなかったように思う。
 Bスポットの仮初めの平和に触れたくらいから、熱心に読みこんでいた。
 それからも何度も読み返したのか、小説はぼろぼろになっていた。

 ボトルは毒物だった。
 どうしてこんなものをと、熱にうなされる朔の顔をまじまじと見やる。
 ボトルは、中崎祐子らが自殺の際に使ったものの残りで、Bスポットを訪れた朔が持ち出したのだが、大河は事情を知らない。
 
 そして、探知機。
 これはCスポットで手に入れたものだ。あのとき、「もしはぐれたら、俺を見つけてよ」と大河は冗談めかした台詞を投げ、朔は「そうだな」と頷いていた。
 まさか、本当に探し出してくれるなんて……。
 ふっと息をつく。
 朔が自分に会おうとしてくれたことを、今は有難く思う。
 ただ、探そうとした時間が朔の首を絞めたのは明らかだった。
 これだけの負傷、困憊だ。
 身体を休め、傷を癒してからでもよかったはずだ。また、かつての朔ならば、理知的にそう判断し、実行したはずだった。
 プログラム中、大河は彼の変化を粒さに感じ取り、嬉しく感じていた。
 しかし今はその変化が恨めしい。
「もっと、自分を大切にしてくれよ……」
 憤りをぶつけた者の台詞ではないとも思うが、素直な気持ちでの呟きだった。


 ざっと音がし、簡易テントの入り口が陰った。
 振り返ると、青色のマウンテンジャケットを着込んだ凪下南美 の姿があった。
 くりくりとした大きな瞳、つるりとした丸顔。
「駄目だった。薬はなかった」
 可憐な容貌にそぐわないしっかりとした話し口が、彼女の特徴の一つだ。 
「とりあえず全部取ってきた」
 Cスポットの解放物資を地面に並べ始める。
 携帯食料と生活物資、衣類が少しずつ。銃弾が詰められた小箱が一つ。Cスポットはロッカータイプで解放の一回量が少ないが、様々な物資がバランスよく貯蔵されている。
「Cスポット……ひどい有様だった」
 南美が顔をしかめる。
 瀬戸晦、桐神蓮子、徳山愛梨の亡骸があったらしい。
 ……まさか、朔が。
 同じ思いだったらしい。南美も、複雑な表情で朔の顔を見下ろしている。

「まぁ、私も人のこと言えないから」
 それは、クラスメイトを手に掛けたという吐露だ。
 特に意外は感じなかった。二か月を生き延びたのだ。何もなかったほうがおかしい。
 訊くと、あっさりと答えてくれた。
 襲ってきた塩澤さくらを返り討ちにしたほか、敗血症を起こし死にかけていた馬場賢斗を殺したそうだ。
「これも、ジコセキニン」
 前にも聞いたフレーズ。
 手の内を明かしたことへの返りは甘んじて受ける、ということか。
 自己責任。
 元は、西塔紅実が好んで使っていた言葉だそうだ。
 しかし、借り物には聞こえなかった。すでに彼女の中で消化され、血肉になっているのだろう。……その過程ではきっと、苦しんだはずだ。
 馬場賢斗と今の朔の状態は非常に似通っているそうで、彼女は懸念を絶望的な表情で言い添えてきた。



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中村大河
朔と親しくしていた。朔が兵士だったことを隠していたと知り、怒りをぶつけた。プログラムを経て変化し、矢崎ひろ美らを殺した。