<中村大河>
Cスポットが設置されている丘の中腹。
雑木林の中、ぽっかりと口を開けた空間に、大河
と凪下南美はキャンプを張っていた。
簡易テントを二つ並べている。その前には、大きな石で火床をコの字型に囲み、平たい石を上に置いた手作りのかまどがあった。
ちらちらと赤い火が揺れており、解放物資で手に入れた小さな鍋がかけられていた。
大河の簡易テントには、滝口朔
が寝かされている。
雨はすでに止んでいるが、気温がぐっと下がったような気がする。日は暮れ、鎖島は闇夜を迎えつつある。
凪下南美の姿はない。
彼女はいま、Cスポットへ物資を取りに行っている。
数日前、大河は碓氷ヒロを殺めた。その後、自決しようとしたところを南美に止められた。
それからずっと行動を共にしている。
どうして助けてくれたのかという大河の問いには、彼女は「いろんなことへの罪滅ぼしをしたかった」と答えていた。
大河は高木航平や矢崎ひろ美、碓氷ヒロを殺している。
彼女もまた、誰かを殺めたのだろうか。その罪の意識を、他のクラスメイトを助けることで整理しようとしたのだろうか。
……死にたかったのに、どうして助けたんだ。
そんな意識がないわけではないが、大半を占めているわけでもなかった。
大河は生を諦めていない。自身のこめかみを撃ち抜こうとしたのは……罪悪感や混乱の濁流に一時的に呑み込まれただけだ。
彼女は大河を助けたことについて、「これも自己責任」と言っていた。
南美も、大河同様に生にしがみついている。
ライバルが一人減る。それは生還への近道だろう。
大河を見捨てる選択もあったはずだが、彼女はその選択肢はとらなかった。そして、選んだ道を胸を張って歩こうとしている。
彼女はプログラム開始早々にきのこの毒にあたり、長く患った。
それを助けたのが大河や朔だ。
そのあたりの礼もあるようだった。
ただ、「ぶっちゃけ、後悔もしてるけどね」とも話していた。
冗談っぽく誤魔化していたが、本心だろう。
それは、彼女にはまだ大河に手をかける道が見えているという吐露だ。そのうえで、助けてくれた。
多くを語りあったわけではないが、とても正直なところを話してくれていると思った。彼女は弱く、強い。
思えば、開始当初の自分は、プログラムの現実から目を背け、正論だけを吐いていた。心の黒い部分を見ないふりをして、つたない倫理感を振りかざしていた。
それは、不自然だ。
不自然だったから、歪み、クラスメイトを手に掛けた。
残り一ヶ月のプログラム期間を生き延びることへの焦りは、今は薄まっていた。
滝口朔が兵士だったと知ったときに生じた動揺、混乱も落ち着いた。
その変化の理由は良くわからない。碓氷ヒロとのやり取りがあり、凪下南美とのやり取りがあったからだろうか。
混迷に混迷を重ね、行きつくところまで行ったのかもしれない。
嵐が通り過ぎた後のような、ぽっかりとした喪失感。
そこには清涼な感覚もあった。
南美はプログラムの現実を見たうえで、他のクラスメイト……大河と残り一ヶ月を生きようとしている。
大河もまた同じ思いに至っていた。
朔に対する不信感は、消えていた。
たしかに彼は、大河の信を裏切っていた。兵士であることを隠し、クラスメイトを装っていた。だけどその質は本物だったはずだ。
彼と過ごした時間は……最初は嘘だったのかもしれないが……偽りではなかった。
もちろん、わだかまりが無いわけではないが、少なくともそう思えていたところに、滝口朔が現れた。
また、先ほど放送があり、選手の残りがこの三人だけになったことが告げられた。
三人で、生き延びれられたら。生き延びたい。
今はそう思う。
しかしいま、三人目の命が危険にさらされていた。
朔と遭遇してから一時間ほどが経っていた。
再会してすぐに気を失ってしまっているので、彼がこれまでどうしていたか、どうしてこんなにも負傷しているのかは分からない。
右腕と左半身にいくつか銃弾を撃ち込まれている。
そのほか、新しい擦り傷や痣がいくつもできていた。
止血はタオルを使い自分でやっていたようだが、ずいふん汚れてしまっており、身体はぐっしょりと濡れている。
このままでは風邪をひいてしまうし、感染症も起こしてしまう。
いや、すでに起こしているのだろう。
朔は高熱にうなされている。眉を寄せ、ぜいぜいと肩で息をしている。唇が渇き、ひび割れていた。
苦労して衣類を脱がせ、沸かした湯で汗や泥を拭う。
汚れたタオルは取り除き、初期物資に入っていた簡易医療キッドで処置を施した。といっても、消毒液と包帯ぐらいしかない。
スポットから得られる物資には、医療系のものが少ない。
本当は抗生剤があるといいのだが……。
南美がCスポットへ向かったのは、医療物資を望んでのことだった。ただ、これまでの解放物資の傾向を見るに、望みは薄い。
新しい服を着せようとしたところで、朔の身体が鍛え抜かれていることの意味に、改めて気づく。
兵士だと知らなかったうちは、スポーツをやっているわけでもないのにと疑問に感じていたが、軍事訓練の賜物だったのか。
彼が元々着ていたマウンテンジャケットのポケットからは、探知機や小さなボトル、文庫本などが出てきた。
文庫本はAスポットの初回解放で手に入れた『ダンデライオン』という小説だった。
行動を共にしていたころに、大河も読ませてもらっていた。
陸上部に籍を置く中学生のごく普通の日常生活を描いた作品で、特に事件が起こるわけでもなく、話は完結していた。
特段有名な作品ではない。
何十年も前に発刊されたようだが、よく絶版にならなかったものだ。
ただ、その中で気になった一節があった。
「全てには、意味がある」
口に出してみる。
では、この経験には意味があるのだろうか。この変化にも意味があるのだろうか。
朔は、植物の種が入った小袋をしおり代わりにしていた。
種は、Aスポットの初回解放物資のひとつで、蒲公英のものだった。英名をダンデライオンというらしい。
小説タイトルとの符合から、使っていたのだろう。
彼がこの本を入手したのはプログラム開始早々だが、最初はそれほど興味がわいていなかったように思う。
Bスポットの仮初めの平和に触れたくらいから、熱心に読みこんでいた。
それからも何度も読み返したのか、小説はぼろぼろになっていた。
ボトルは毒物だった。
どうしてこんなものをと、熱にうなされる朔の顔をまじまじと見やる。
ボトルは、中崎祐子らが自殺の際に使ったものの残りで、Bスポットを訪れた朔が持ち出したのだが、大河は事情を知らない。
そして、探知機。
これはCスポットで手に入れたものだ。あのとき、「もしはぐれたら、俺を見つけてよ」と大河は冗談めかした台詞を投げ、朔は「そうだな」と頷いていた。
まさか、本当に探し出してくれるなんて……。
ふっと息をつく。
朔が自分に会おうとしてくれたことを、今は有難く思う。
ただ、探そうとした時間が朔の首を絞めたのは明らかだった。
これだけの負傷、困憊だ。
身体を休め、傷を癒してからでもよかったはずだ。また、かつての朔ならば、理知的にそう判断し、実行したはずだった。
プログラム中、大河は彼の変化を粒さに感じ取り、嬉しく感じていた。
しかし今はその変化が恨めしい。
「もっと、自分を大切にしてくれよ……」
憤りをぶつけた者の台詞ではないとも思うが、素直な気持ちでの呟きだった。
ざっと音がし、簡易テントの入り口が陰った。
振り返ると、青色のマウンテンジャケットを着込んだ凪下南美
の姿があった。
くりくりとした大きな瞳、つるりとした丸顔。
「駄目だった。薬はなかった」
可憐な容貌にそぐわないしっかりとした話し口が、彼女の特徴の一つだ。
「とりあえず全部取ってきた」
Cスポットの解放物資を地面に並べ始める。
携帯食料と生活物資、衣類が少しずつ。銃弾が詰められた小箱が一つ。Cスポットはロッカータイプで解放の一回量が少ないが、様々な物資がバランスよく貯蔵されている。
「Cスポット……ひどい有様だった」
南美が顔をしかめる。
瀬戸晦、桐神蓮子、徳山愛梨の亡骸があったらしい。
……まさか、朔が。
同じ思いだったらしい。南美も、複雑な表情で朔の顔を見下ろしている。
「まぁ、私も人のこと言えないから」
それは、クラスメイトを手に掛けたという吐露だ。
特に意外は感じなかった。二か月を生き延びたのだ。何もなかったほうがおかしい。
訊くと、あっさりと答えてくれた。
襲ってきた塩澤さくらを返り討ちにしたほか、敗血症を起こし死にかけていた馬場賢斗を殺したそうだ。
「これも、ジコセキニン」
前にも聞いたフレーズ。
手の内を明かしたことへの返りは甘んじて受ける、ということか。
自己責任。
元は、西塔紅実が好んで使っていた言葉だそうだ。
しかし、借り物には聞こえなかった。すでに彼女の中で消化され、血肉になっているのだろう。……その過程ではきっと、苦しんだはずだ。
馬場賢斗と今の朔の状態は非常に似通っているそうで、彼女は懸念を絶望的な表情で言い添えてきた。
−03/28−
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