OBR4 −ダンデライオン−  


082 2005年11月30日16時00分


<滝口朔>


 やがて、先ほどとは別の、集積された木材が崩れている個所に出た。やはりバリケードのようになっている。同じように隙間をくぐり抜け、物陰に身を隠す。
 地面に落ちていた板材を使い、バリケードの穴を塞ぐ。
 ……うまく行くだろうか。
 追うようにして、ざっざっと地面を擦る足音がした。名河内十太だ。
 利き腕を負傷し、銃を上手く扱えない身体状況であることは、もう察知されてしまっているだろう。
 サバイバルナイフをポケットから取り出し、握りしめる。
 視線をさげると、手足からぼたぼたと零れおちる血液が小さな池となっている。

 積み重ねられ、壁のようになった木材に背を預け、すっと息をのむ。
 呼吸を小さく刻み、落ち着かせる、一度目をギュッと閉じた。
 目を閉じることで、彼の気配を濃密に感じ取ることができた。
 脳裏に、彼が慎重な足取りで歩く姿が浮かぶ。すらりとした長身。浅黒い肌。短かった髪は二カ月を経て幾分伸びている。そして、脇に抱えたサブマシンガン。
 木材の山と山の間、ちょうど通路のようになった個所まで充分に引き付け……サバイバルナイフの刃を木材を束ねていたロープに叩きつけた。
 ぎりぎりと刃を動かし、ロープを削ぎ切る。
 うち捨てられた期間が腐食を進めたのか、強度はそれほどでもなく、容易に切ることができた。
 ばちっと跳ねるようにしてロープが解け、木材の束縛も解放される。
「ああっ」
 勢いをつけ、木材の山に体当たりをする。
 肩が痛んだ。
 この辺りは地震でもとから集積が崩れかけていた。束ねていたロープもなくなり、山がぐらりと揺れる。
 そして。
 そして、地響きのような音を立て、木材が一気に崩れ落ちた。
 同時、横っ跳びに離れる。
 
 木材が地面に落ちる轟音の中、骨が砕ける音がした。木材が十太を押しつぶし、ひしゃげた叫び声を上げさせる。
 圧倒的な重量、地面が沈んだような感覚が迫ってくる。
 十太はさらに感じているだろう。あるいは、もう何も感じられなくなっているか。
 土埃が舞い、あたりが白く煙った。
 煙を吸い込んでしまい、ひとしきり咳をした後、「うまく、行った……」朔は地面にへたり込んだ。
 土埃は次第に晴れ、視界がクリアになっていく。

 止血を解いたのは、彼が追ってくるルートを固定させるためだった。
 血の痕を追わせ、木材が崩れかけている個所に彼を導き、山を崩す。単純なトリックだったが、勝算はあると睨んでいた。
 果たして、十太を仕留めることができた。

 首を上に向け、天井を仰ぐ。
 ばちばちと音がしていた。
 製材所の外を見やると、いつの間にか雨が降り出していた。雨粒が天板を叩いている。
 これでまた気温が下がるだろう。
 身ぶるいは寒さからか、ひとを殺してしまったという恐怖からか。

 ふっと息をついた数秒後、朔はばっと振り返った。
 崩れ落ちた木材。巨人がスケールの大きな積み木を無茶苦茶に重ねたようになっている。
 十太のものだろう、地面の隙間から血がじわりと滲み出ていた。
「まさか……。いや、でも」
 次いで、視線を右手首の腕時計に移す。
 兵士の腕時計は特別製だ。ボタンを操作すれば、画面が切り替わり、本部からの指令や情報が表示されるようになっている。
 ……いつまでたっても腕時計が振動しない。
 振動は、情報が到達した証だ。
 先ほども、徳山愛梨や桐神蓮子、瀬戸晦の死亡情報が振動とともに届いていた。
 選手の死亡は、首輪で選手の心臓パルスを読み取り、把握されている。そして本部から、兵士へと情報が送信されるという流れだ。
 今まではすぐに届いていた。
 それが、ない。
「ということは……」
 ごくりと唾を飲み込んだ瞬間。
 撃発音とともに木材の間で何かが赤く爆ぜた。
 同時、朔は衝撃に見舞われる。マシンガンの銃撃を受けたのだ。連射のほとんどは命中しなかったが、一部、弾丸が左わき腹と左脚を貫通していった。

 地面に膝をつき、血を吐く。
 周囲の空気が急に重たくなったような気がした。肩に何かどす黒いものが圧し掛かっている。
「まだ……」
 振りしぼられる、台詞。
 ……まだ、生きているのか。



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滝口朔
記録撮影のために潜入している兵士の一人。任務を成功による強制士官免除が望み。孤児院育ち。