<滝口朔>
やがて、先ほどとは別の、集積された木材が崩れている個所に出た。やはりバリケードのようになっている。同じように隙間をくぐり抜け、物陰に身を隠す。
地面に落ちていた板材を使い、バリケードの穴を塞ぐ。
……うまく行くだろうか。
追うようにして、ざっざっと地面を擦る足音がした。名河内十太だ。
利き腕を負傷し、銃を上手く扱えない身体状況であることは、もう察知されてしまっているだろう。
サバイバルナイフをポケットから取り出し、握りしめる。
視線をさげると、手足からぼたぼたと零れおちる血液が小さな池となっている。
積み重ねられ、壁のようになった木材に背を預け、すっと息をのむ。
呼吸を小さく刻み、落ち着かせる、一度目をギュッと閉じた。
目を閉じることで、彼の気配を濃密に感じ取ることができた。
脳裏に、彼が慎重な足取りで歩く姿が浮かぶ。すらりとした長身。浅黒い肌。短かった髪は二カ月を経て幾分伸びている。そして、脇に抱えたサブマシンガン。
木材の山と山の間、ちょうど通路のようになった個所まで充分に引き付け……サバイバルナイフの刃を木材を束ねていたロープに叩きつけた。
ぎりぎりと刃を動かし、ロープを削ぎ切る。
うち捨てられた期間が腐食を進めたのか、強度はそれほどでもなく、容易に切ることができた。
ばちっと跳ねるようにしてロープが解け、木材の束縛も解放される。
「ああっ」
勢いをつけ、木材の山に体当たりをする。
肩が痛んだ。
この辺りは地震でもとから集積が崩れかけていた。束ねていたロープもなくなり、山がぐらりと揺れる。
そして。
そして、地響きのような音を立て、木材が一気に崩れ落ちた。
同時、横っ跳びに離れる。
木材が地面に落ちる轟音の中、骨が砕ける音がした。木材が十太を押しつぶし、ひしゃげた叫び声を上げさせる。
圧倒的な重量、地面が沈んだような感覚が迫ってくる。
十太はさらに感じているだろう。あるいは、もう何も感じられなくなっているか。
土埃が舞い、あたりが白く煙った。
煙を吸い込んでしまい、ひとしきり咳をした後、「うまく、行った……」朔は地面にへたり込んだ。
土埃は次第に晴れ、視界がクリアになっていく。
止血を解いたのは、彼が追ってくるルートを固定させるためだった。
血の痕を追わせ、木材が崩れかけている個所に彼を導き、山を崩す。単純なトリックだったが、勝算はあると睨んでいた。
果たして、十太を仕留めることができた。
首を上に向け、天井を仰ぐ。
ばちばちと音がしていた。
製材所の外を見やると、いつの間にか雨が降り出していた。雨粒が天板を叩いている。
これでまた気温が下がるだろう。
身ぶるいは寒さからか、ひとを殺してしまったという恐怖からか。
ふっと息をついた数秒後、朔はばっと振り返った。
崩れ落ちた木材。巨人がスケールの大きな積み木を無茶苦茶に重ねたようになっている。
十太のものだろう、地面の隙間から血がじわりと滲み出ていた。
「まさか……。いや、でも」
次いで、視線を右手首の腕時計に移す。
兵士の腕時計は特別製だ。ボタンを操作すれば、画面が切り替わり、本部からの指令や情報が表示されるようになっている。
……いつまでたっても腕時計が振動しない。
振動は、情報が到達した証だ。
先ほども、徳山愛梨や桐神蓮子、瀬戸晦の死亡情報が振動とともに届いていた。
選手の死亡は、首輪で選手の心臓パルスを読み取り、把握されている。そして本部から、兵士へと情報が送信されるという流れだ。
今まではすぐに届いていた。
それが、ない。
「ということは……」
ごくりと唾を飲み込んだ瞬間。
撃発音とともに木材の間で何かが赤く爆ぜた。
同時、朔は衝撃に見舞われる。マシンガンの銃撃を受けたのだ。連射のほとんどは命中しなかったが、一部、弾丸が左わき腹と左脚を貫通していった。
地面に膝をつき、血を吐く。
周囲の空気が急に重たくなったような気がした。肩に何かどす黒いものが圧し掛かっている。
「まだ……」
振りしぼられる、台詞。
……まだ、生きているのか。
−04/28−
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