<桐神蓮子>
「出遅れた」
丘の頂上、Cスポットがある広場に到着した桐神蓮子
は、ちっと舌を打った。
深い雑木林の中、テニスコートほどの広場が口をあけている。
その一角、岸壁を背にCスポットは設営されている。スチール製の四角い箱を格子状に積み重ねた様な形状。駅ロッカーのようにも見える。
Cスポットの前には、すでに何人かの選手の姿があった。
もうすぐ次の物資解放がある。
誰よりも早くに訪れ、物資を一人占めするつもりだったのだが、当てが外れてしまった。
見つからないよう、苔むした木の幹に身を隠し、サブマシンガン、MP5KPDWのグリップを握りしめる。
「どうしよう……」
迷う。
プログラムに積極的に乗るつもりではあった。
しかし、物事には適時というものがある。今は果たしてそのときなのか。
ややあって、蓮子は強く首を振った。
Cスポット前にいるのは、名河内十太、瀬戸晦、徳山愛梨
の三人。
サブマシンガンを入手しているとはいえ、一度に三人を相手にするのは難しい。
また、まだ使ったことがなく、上手く銃撃する自信もなかった。
徳山愛梨はともかくとして、名河内十太は運動神経が良く、瀬戸晦は兵士だ。
十太と晦のどちらか、あるいはその両方を仕損じ、反撃を食らった場合のことを考えると、とても事は起こせなかった。
考えた結果、彼らの前に姿を現すことにした。
愛梨がプログラムに乗っているという話は聞かない。
晦とは対峙したことがあるが、襲っては来なかった。
問題は名河内十太だった。滝口朔によると、彼は水嶋望を殺している。もっとも警戒すべきは、彼だった。
しかし、このまま立ち去るという選択肢はなかった。Bスポットに長くいた蓮子は、生活物資の類をあまり所持していない。補給が必要だ。
もちろん、兵士だって命は惜しいだろう、名河内十太はもとより、瀬戸晦も危険だ。
しかし、どちらにしても、四すくみの状態で事を起こすほど、愚かではあるまい。
そんな予測もあった。
意を決し、木の陰から出る。
サブマシンガンは肩掛けし、すぐに撃てるようにする。この銃の存在が威嚇にもなるはずだ。
目ざとい十太がすぐに気付き、「お、桐神じゃん」手を振ってくる。
「久しぶりですね」
晦が薄く笑う。
「なんとか無事に過ごしてる、よ」
彼には馬場賢斗をけしかけられた経緯があった。
嫌味を込めた台詞だったが、「良かったですね。心配していました」あっさりとかわされる。
「滝口に応急処置してもらってね」
賢斗との戦闘で右手に深い傷は負ったが、晦と同じ兵士である滝口朔の治療で感染等を防ぐことができていた。
兵士と一般生徒。
立場の違いは警戒に値する。
また、彼らはクラスメイトとして潜入していたため、蓮子にも騙されたという思いはある。
滝口朔と親しくしていた中村大河などはショックも大きかったのだろう、憤慨し、朔とは別行動になってしまったそうだ。
ただ、朔によると、兵士の任務はプログラム記録で、積極的にゲームに乗ることは推奨されていないらしい。
瀬戸晦も『兵士は記録だけの立場であるべきだ』と言っていた。
それは、兵士はある程度は安全であるということだ。
実際、滝口朔からは治療も受けている。
瀬戸晦か滝口朔。あるいはその両方に、なんとかして取り入ることはできないだろうか。
蓮子は、そんな風にも考えていた。
最後に徳山愛梨を見、眉を寄せる。
遠くからだと分からなかったが、彼女の視点が定まっていない。ぼうっと突っ立っているだけだ。
「ずっとこの調子でさ」
十太が肩をすくめる。
「最初は暴れて仕方なかったんだけど、今は、こんな感じ。まぁ、今でもたまにやられるけどね。面倒見てやってるのにさ」
口をとがらせ、手の甲の傷を逆手でさする。
それは、一定期間彼女を保護してきたということだ。
意外な行動履歴に、まともに驚いていると、「いや、そんな意外そうな顔されても」十太が苦笑する。
「ヒロが助けてやろうってさ。気まぐれで困るよね」
愛梨の庇護は、碓氷ヒロの主導か。
彼は積極的にプログラムに乗っているはずだ。
また十太は、彼と同行していたはずだった。この場にヒロの姿はなかった。一時だけ別行動をしているのか、完全に別離したのか。
……放送がまだのため、蓮子は碓氷ヒロの死亡を把握していなかった。
「碓氷は? どこにいるの?」
何気なく尋ねると、「あ……」晦が顔を強張らせる。
「死んだよ。誰にだかわからないけど、殺されたんだ」
十太がさらりと答える。「俺は、あいつにはクロであってほしかったんだけどさ。死んじまったら、仕方ねーよな。だから」
「だから?」
「だからさ、かわりに、俺がクロになろうと思って」
そう言うと、十太は目を細めにっと笑った。
どこか凄みのある笑い。
「え?」
蓮子の唇から疑問符が零れると同時、十太の身体が僅かに沈んだ。
そして、流れるような動きでポケットから何か光るものを取り出すのが見えた。
身構える間もなかった。
ただ、彼の右腕が横振られるのを見送る。
一拍ののち、喉に焼けるような痛みが走る。
無意識にひゅっと息を呑み、次いで吐きだそうとしたら、できなかった。息苦しくて喉に手をやる。これを合図にしたように、喉元から赤い何かが噴き出した。
サバイバルナイフで喉を切られたのだと認識するころには、膝の力が抜けていた。
前のめりに、どうと倒れる。
倒れた拍子、かけていた銀縁眼鏡が飛んでしまった。
下生えの草が頬を刺し、顔をしかめる。
矯正を失いぼやけた視界、赤く広がるのは飛沫した自身の血液だ。じきに血だまりの池になるだろう。
銃撃音がした。
倒れた体勢のまま顔だけを上げると、瀬戸晦が小型のリボルバー銃、M360Dを構えていた。命中し、十太の肩口からも血が噴き出している。
チクショウ。
痛みに歯を食いしばり、心の中で舌を打つ。
どうやら、十太のことを買いかぶり過ぎていたようだ。
この状況で事を起こすだなんて、無茶で、無策だ。
案の定、瀬戸晦に撃たれているではないか。彼の短慮に、怒りすら感じる。
怒りの対象は、自分自身でもあった。
十太に関して危険は察知していた。それを四すくみだからとりあえず大丈夫だのと、理知的に考え過ぎたのだ。もっと本能的に、危険を避けるべきだった。
しかし、もう遅い。
「ひとは!」
その十太が声を上げる。
「ひとは、もっとクロになるべきだと、思うよっ」
上ずった、高揚した声色。
蓮子は、西塔紅実が飼っていた猫のクロが、十太のペットだったハムスターを殺めてしまった逸話を知らなかったが、直感として、彼が人はもっと動物的であるべきだと言っていることは分かった。
十太が瀬戸晦にナイフを投げつける。
素人の投てき、命中するはずもなく、ナイフは地面に転がる。
これを見送った晦は表情を変えず、再び銃を構える。
……ほうら、やられた。
遠のく意識の中、十太を馬鹿にする。
こうなったら、アイツがやられるところを見届けてやる。
捨て鉢に、思う。
死は、蓮子のすぐそばまで来ていた。抗うことのできない、現実。
と、「あああああっ」すぐそばで誰かの金切り声がした。
−07/28−
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