<瀬戸晦>
クール、冷淡と言われると、確かにそうなのかもしれなかった。
プログラムに巻き込まれた時点で、みな覚悟をしなければならないと晦は考えていた。
プログラムに乗る乗らないは個人の自由だ。だけど、人を殺す覚悟、殺される覚悟はしなければならない。
水嶋望は覚悟してこの任務を受命したはずだ。名河内十太は覚悟して水嶋望にナイフを突き立てたはずだ。
だから、十太は謝る必要などない。
思っていることを話す。十太の気持ちを慮ったつもりはなかったのだが、彼は「そ、か」救われたような面持ちで頷いていた。
もちろんこのスタンスは晦自身にも、Bスポットメンバーにもあてはまる。
Bスポットの心理実験は粛々と進めたし、中崎祐子の絶望感も煽った。
そこに後悔はない。
彼らはプログラムに選ばれた時点で、死を覚悟していたはずだ。
また、ちゃんと考えればBスポットの作為からも逃れられるようにしていた。現に、凪下南美はBスポットから出て行ったではないか。
割り切った思考。
ただ、その中でも胸の奥に何か疼くものはあった。
ふと思いつき、ヒロの瞼を閉じ、両手を前に併せてやる。
ここまでの言動にそぐわないのか、十太がまともに驚いた顔をした。
「悲しいんだ?」
訊かれる。
台詞に覚えがあった。
数日前、テントの中で十太とヒロの会話を聞いた。
そのときに十太が西塔紅実の死を悲しむヒロに向けていたのと同じ問いだった。
「それなりには、悲しいですね」
突き放した物言いにしたが、言われてみれば、寂しいような切ないような感情はあった。
ヒロとは、プログラム中に背を押す必要性から、普段親しくしていた。
特異な性質であるが、さっぱりとした性格の彼は、一緒にいて心地よい相手ではあった。
自覚していなかったが、友情に近い感情も抱いていたのだろう。その死は予期していた以上の衝撃を晦にあたえていた。
「そか、悲しいんだ」
噛みしめるように十太は言い、「そういや、Dスポットで、三上たちを助けようとしてたもんな」微かに笑う。
訊けば、中村大河に設定された受信機を西塔紅実が所持しており、Dスポット崩落を予期した晦が彼らに警告していたシーンも聴取されていたのだと言う。
「本当に、油断ならないですね」
それだけの情報を得ていたのに普通に接してきていた彼に、感心してしまう。
また、痛いところを突かれた、そう思った。
覚悟云々などと言っても、結局のところ、冷徹な分析官としての色だけではいられなかったということか。十太にはそのあたりまで見透かされているようだ。
ただこれは、好意が含まれた看破だ。
三上真太郎らを救おうとした理由は、今でもよくわからない。
粗暴な真太郎たちの印象は悪く、ヒロのような友情は抱いていなかった。
だけど、気づけば叫んでいた。崖崩れの危険を訴えていた。
晦は自身のことを決して善良だとは捉えていない。
本当に善良な心の持ち主だったら、そもそも実験企画など立てないだろう。
たしかにDスポットの作為は邪魔したが、その後はBスポットの作為を推し進め、中崎祐子の絶望感をあおった。
長期プログラムでなければ。
そんな風にも思う。
Dスポット関連の行動は生還後の処遇にも影響するかもしれなかった。命をかけた将来の夢に、自ら傷をつけてしまった。
通常の三日間開催ならきっと一色でいられた。将来の夢に傷など付けなかった。何のためらいもなく、クラスメイトのみなを踏み台にできた。
ここまで考えて、晦はふっと笑った。
……「クラスメイト」って。
それは、自身もクラスの一員だと考えているということだ。いつの間に潜入者としての意識が薄れていたのか。
気づけば、名河内十太が音楽プレーヤーのジョブダイヤルを操作していた。
やがて、軽快なメロディが外部スピーカーで流れ始める。高音を中心にしたピアノ曲だった。
「ラヴェルですか」
ラヴェルの水の戯れ。プログラム前からヒロが好んで聞いていた曲だ。
「瀬戸ってさ、パンには何をつけるんだ?」
唐突に尋ねられる。
「は?」
戸惑っていると、「俺は、断然ジャムなんだ。オレンジ、いちご、ブルーベリー。互いに旨みを引き立てるっていうかさ、ベストパートナーというかさ。ジャムって自己主張強いから、バランス難しいんだけどね。料理なんて全然しないんだけど、俺、ジャムだけは自分で作るんだぜ。これ、結構な秘密。キャラじゃないし、恥ずかしいから、誰にも言うなよ」およそ関係があるとは思えない話が続く。
晦は十太とはそれほど親しくしていなかったため、彼独特の話の運びに慣れていなかった。
「……この曲ってさ、タイトルもメロディもヒロにぴったりだよね」
そう言って、十太は口を結ぶ。
なるほど、碓氷ヒロにあった葬送曲だと言いたいのか。
確かに、気まぐれで気ままな彼は戯れる水のようだった。
また、扇動などしなくても碓氷ヒロはプログラムに乗っていただろうと思った。
気が触れたクラスメイトを庇護しろだなんて、晦は指示していない。
だけど彼はそうした。
小賢しい操作など、自由な彼には無意味だったということだ。
ヒロの亡骸を見やれば、彼がただ敗れたわけではないことが分かる。
血糊のつき方からして、襲撃者を傷つけその返り血も浴びていると判断していいだろう。
襲撃者が誰なのかは判断付かなかった。ここまで来れば、誰が乗っていても不思議はない。
水は流されているわけではない。ただ流れているのだ。
いつだったか、滝口朔に借りて読んだ本の一節だ。彼は……流されているように思う。晦自身も。そして、碓氷ヒロを襲った誰かも。
この流れの先に何があるか。晦にも分からなかった。
−07/28−
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