<瀬戸晦>
大東亜共和国は徴兵制をとっていない。軍役は任意だが、一部例外がある。それが、『強制士官制度』による軍役だ。
政治犯や政治犯の血縁者に懲罰的に適用される制度で、軍役忌避、自主退役も許されない。
拒否者や脱走兵は、死罪となる。
基本的には士官学校を通さない単純兵役で、系統だった知識や技術を学ぶことなくもなく現場に投入され、資材運搬やキャンプ設営などの重労働や、命の危険がある任務にあたる。
政治犯を抱え込む内憂と、『使い捨てられる兵士』の必要性を天秤にかけ、後者に傾いた制度だった。
一部、優秀な者は士官学校への入校が許される。
能力があれば、はある程度の階級まで上ることも可能だ。
ただし、所詮は強制士官者。
肉体労働や危険度の高い任務を中心に受けることに変わりはなかった。
この長期プログラムには、記録役として四人の兵士が潜入させられていた。
それぞれが専守防衛陸軍士官学校の学兵であり、強制士官者だ。
四人のうち、学生生活に憧憬を抱き政府を利用した鈴木弦と、家の復興をのぞんだ水嶋望は、すでに死亡。
滝口朔は強制士官履歴の抹消……自由を求め、現在ももがいている。
任務成功、生還の報酬は、強制士官履歴の抹消。
また、退役か二階級特進を選ぶこともできる。
この任務は危険極まりないせいか、強制士官者にしては珍しく拒否権が認められた。
結局、それぞれがそれぞれの思惑で受命したわけだが、最後の一人である瀬戸晦
にもまた考えるところがあった。
晦は父親が反政府運動に関わった咎を受け、強制士官に至っていたが、彼自身に反政府志向があるわけではない。
かといって、愛国心があるわけでもない。
運命に翻弄され、士官学校に入校しただけだった。
ただそこで晦は、生きていく道を見つけた。
戦況戦術分析の講義を受けたとき、引き寄せられる何かを感じた。心奪われたと言ってもいいのかもしれない。
将来は情報分析官になれたら、と思うようになったのだ。
しかし、大きな壁が一つあった。
強制士官者は、どれだけ優秀だったとしても、重要任務や職にはつけない。戦況、内情を知りえる分析官もその一つだった。
また近い将来、一兵として命を落とすか身体を壊すことになる予感もあった。晦は体格的にも体力的も恵まれていない。自身が重労働に耐えられるとは思えなかったのだ。
だから、このプログラム任務はチャンスだった。
生きて帰れれば強制士官履歴を抹消できるばかりか、昇進もある。
考えた末、受命することにした。
命をかけ未来を切り開こう、そう決意した。
そして、いくつかの実験企画を、今回のプログラム担当官である宇佐木教官に持ち込んだ。
これは、生還した後、分析官の道に進む足がかりになると思ったからだ。
宇佐木教官はとある軍高官の息がかかっている。この高官は積極的にプログラムに関わっていることで有名で、様々なプログラム企画を成功させていた。
上手くいけば、その高官へのルートを手に入れられるかもしれない。
そんな目論見もあった。
水嶋望はプログラムを足がかりに没落してしまった家の復興を願っていたが、晦もまたプログラムを野心に利用しようとしていたのだ。
果たして晦は認められ、四人のうち一人だけ、事前にこのプログラムの全貌を知ることとなる。
ただ晦には、プログラムを生き抜く自信はなかった。
だから、プログラム中自身がその企画に関われるようにした。これなら、仮にもし死ぬことになったとしても、自分なりに納得できる。
有明中学校への事前潜入中は、『Bスポットキャスティング』の精度をあげるため、クラスメイトそれぞれの性質把握につとめた。
もともと立てていた案のうちの一つを、プログラム期間や学力優秀な馬場賢斗などにあわせ修正、Bスポット企画準備を整えた。
碓氷ヒロの本性は、その過程で知った。
危険極まりなく、Bスポットのメンバーに組み込むことはできなかったが、彼はプログラムの掻きまわし役としては最適だった。
滝口朔には「兵士はありのままの記録をするべきだ」と言い、桐神蓮子には「記録だけの存在であるべきだった」と後悔の念を話したが、その実、晦はある程度の介入はすべきだと考えていた。
もちろん過剰な介入は、データ採取を阻害するため、避けなければならないが。
このプログラムは、ルール上、全員優勝も可能だ。
掻きまわし役として、誰かを動かす必要があると考え、プログラムが始まって早々に彼の背を押している。
本当は、もう少し他のクラスメイトの動向を見てからにしたかったのだが、ヒロと長く一緒にいれば自分の命が狙われる危険性があり、プログラムの性質上、離れれば次に会うのは難しい。
考えた結果、プログラムのスタート位置を調整し、Bスポットとは違う場所、Aスポットで彼と一度合流。その後、殺し手として誘導、早々に別離した。
*
そして今、晦はそのヒロの亡骸を前に佇んでいた。
「碓氷!」
鬱蒼とした杉林の中、名河内十太
の叫び声が響く。
ヒロは胸部を刺され、こと切れていた。
地面は血の海だ。鉄臭い血の匂いが鼻をついた。
つい一時間ほど前、食料採集のため、キャンプ地にしていた広場を彼と二人で出た。
もどってきたら、キャンプ地にいたはずの碓氷ヒロの姿はなく、徳山愛梨がぼんやりと座り込んでいるだけだった。
探索に時間はかからなかった。
血の匂いを道しるべに、この茂みに容易にたどり着けた。
殺した誰かは既に立ち去った後で、あたりに人の気配はなかった。
ぶるる、晦の腕時計が軽く振動する。
スイッチを操作すると、碓氷ヒロの死亡情報と死亡位置が腕時計の画面に表示された。
ヒロの身体はまだ温かかった。情報が送られてきたタイミングと併せて考えなくても、死んでからそれほど時間がたっていないのだろう。
「誰が? 誰が殺したんだ?」
十太が訊いてくる。
「分からないよ」答えると、「そのへんの情報は来ないのか。ああ、やっぱ、お前たちもプログラム対象なんだな」十太が呟く。
それは、晦が兵士であると知っているということだ。
まじまじと彼の顔を見つめると、「まぁ、色々あって」十太が軽く肩をすくめてきた。
「桐神さんといい、このクラスは油断ならないですね」
露見しているなら、言葉づかいを合わせる必要はなかった。
口調を元に戻す。
「他は、鈴木と水嶋と滝口」
「本当に、油断ならないですね」
ずばりと言い当てられ、眼鏡の奥の目を剥く。
「鈴木と水嶋は死んだな……」
十太が悼むように言う。
鈴木弦とは、有明中学校潜入時の設定としては、同じ養親に育てられていることになっており、住まいも一緒だった。
社交的で活発な彼には圧倒されていたが、同時に儚さも感じていた。彼が自殺したと聞いたときは不思議な納得感があったものだ。
「水嶋は俺が殺した。悪かったな」
謝罪され、晦は薄く眉を上げた。「それが、プログラムでしょう。彼女は命の危険を十分承知して任務を受けたはずです」本心からの台詞だった。
「クールなんだな。……そういう、ものか」
十太は少し驚いたような顔をしていた。
−07/28−
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