OBR4 −ダンデライオン−  


074 2005年11月22日01時00分


<名河内十太>

 
 定期放送で西塔紅実の死を知り、名河内十太なごうち・じった は闇夜に深く息をついた。
 オーバーオールに厚手のトレーナー、そのうえからマウンテンジャケットを羽織っている。
 切れ上がった瞳に、通った鼻梁、浅黒い肌。短かった黒髪は約二カ月の間に伸び、今は自然に前に下ろしていた。
 誰がいつ死んでもおかしくないプログラム。常に刺激を求め、人とは少しずれた感覚の持ち主の十太だが、遠縁で幼馴染の彼女の安否だけは常に案じてきた。
 その死はやはり悲しいが、死そのものよりも、紅実が彼女らしく死ねたかどうかが気にかかった。
 自己責任。彼女が好んで使っていたフレーズだ。
 彼女は彼女らしく、前を向いたまま死ねたのだろうか。

 Cスポットがある丘のふもとに近い杉林。高いもので30メートルはあるだろうか、細長い幹が直立して並んでいる。褐色の樹皮が縦に割れ、ところどころで帯状に剥げ落ちていた。
 現在は廃れてしまっているが、鎖島は林業の島だったらしい。
 この杉林も人工林なのかもしれない。Cスポット近くにも製材所跡があった。
 林道から少し林に入ったところにぽっかりと口を開けた空間。
 そこに簡易テントを張り、十太たちはキャンプ地としていた。
 いまは十太がたき火の番だ。
 火の赤が、暗闇を明るく切り取っている。 
 切株に腰かけ、夜空を見上げる。そのそばには立ち上がり、ふらふらと身体を揺らしている徳山愛梨 。その目はうつろだ。
 すっかり気がふれてしまっており、保護した当初は奇声を上げる、引っ掻いてくるなどの振舞いも目立った。
 時が流れるうちに彼女の状態にも変化が生じ、現在は時折放心が見られるようになっていた。
 このまま落ち着いてくれれば助かるんだけどな……。
 彼女につけられた腕の傷をさすりながら、十太は火に薪をくべる。
 
 と、ごそごそと音がし、簡易テントから碓氷ヒロ が出てきた。
 中背の華奢な痩躯を震わせ、マウンテンジャケットに袖を通している。
 そして、「寒いネ」語尾にアクセントを置く独特の話し方で言う。
 テントの中には、瀬戸晦 が残っている。
 晦とは少し前に合流した。
 十太たちが、彼や滝口朔が兵士だと考えていることは、明かしていない。
 それぞれ偽った状態での合流。
 当然のことながら、十太には緊張感もあった。
 しかし、ヒロは以前と変わらず晦と接している。プログラム前、普段の学校でヒロは瀬戸晦と親しくしていた。わだかまりはないのだろうか。
 のどが渇いたのか、ペットボトルに汲んでおいた清水を飲みはじめる。
 くりくりとよく動く瞳、ぽってりと厚い唇。つるりとした白い肌。決して整っているわけではないが、愛嬌のある可愛らしい顔立ちだ。

 ヒロの傍には、錆ついたサーベルが横倒しになっている。
 最初に殺した崎本透留から彼が奪い、その後も十太を含めた多くのクラスメイトを傷つけてきた刀だが、ろくに手入れもしなかったため、すっかり切れ味が落ちていた。
 水を飲み終わるのを待ち、「紅実が死んだ、な」話しかける。
「そうだネ」
 彼と紅実は交際していた。
「そういやさ、あいつのどこがよかったんだ? あんな可愛げのない女」
 紅実と十太が遠縁で、何でも言い合える仲だったことは、ヒロもよく知っている。
 辛口の品評が親しみからくることは分かっているのだろう、特に気を悪くする様子もなく、「可愛いじゃン、彼女」返してきた。
「悲しいんだ?」
 訊く。
「悲しいんダ」同じフレーズを言い方を少し変えて返してくる。
 およそ変わり者の彼だが、さすがに感じるものはあるのだろう、目を伏せ、暗い表情になった。その様がなまくらになったサーベルと被って見える。
 また、佇まいに何か儚いものを感じ、十太は小さく息をのんだ。
 
 ややって、十太は苦笑いを浮かべた。
 凶刃を置き、悲しみ暮れるヒロに、どこか歯がゆさを感じている自分に気が付いたからだ。
「人はもっとクロになるべきだと思う、よ」
 知らず、口にしていた。
「水嶋サンにもそんなこと言ってたネ」
 クロは西塔紅実が飼っていた黒猫だ。
 幼少時代、彼女はクロとハムスターとの同居を試みようとした。そして、今となっては当然のことながら、クロがハムスターを捕るという結果になった。この小さな事件は紅実に相当の影響を与えたのだろう、それ以来彼女は『自己責任』というフレーズをよく使うようになった。
 ハムスターは十太のペットだった。
 この話を水嶋望にした際、当時の気持ちをヒロに訊かれ、『俺は、クロに、旨かったかい? って訊いたよ。ハムは可哀相だったけど、猫はそういう生き物だもの。仕方ないじゃん』と答えたものだ(45話)。
 この気持ちは、ハムスターを失った当時から変わらない。
 紅実は自らの行動に責を持つことを、十太は自然のあり方を心に刻んだということだろう。

「俺は、人はもっとクロになるべきだと思う。そのほうが刺激的だしね」
 詰まる所、ヒロにはクロであって欲しかった。
 およそ倫理から外れている思考であることは分かっていたが、それが名河内十太であるならば、それも仕方のないことだ。
 ヒロは、何も答えてこない。
「……お前にやってみたらって言ったのって、誰なんだ?」違う質問を投げてみた。
 誰かにそう言われ、プログラムに乗ったそうだ。
 そして、自身が操り人形のようで嫌だとも言っていた。
 前にも訊いたが、答えてくれはしなかった問い。しかし今度は回答を得た。
「瀬戸、だヨ」
 静かに名を告げてくる。

 ……瀬戸晦がヒロの背を押したのか。
 彼が兵士だと予測した今、特に意外は感じなかった。
 この長期プログラムの優勝事件は二つ、最後の一人になるか、三カ月生き延びるかだ。みなが不戦になってしまってはプログラムの意味がない。
 掻きまわし役が必要だろう。
 そしてその役にはヒロは適任だった。
 晦は普段からヒロと親しくしていた。その友情はおそらく偽りだ。
 ヒロの本性を掴み、近づいていたのだ。
「プログラムが始まってすグ、Aスポットであいつに会ってサ。そんときに言われたんダ」苛立ちが見えた。
 これまでの行動が自分の意思でないようで、悔しいのだろう。

 ふと思い立ち、ヒロの携帯音楽プレイヤーを手に持った。
 暇に任せて時折聞かせてもらっており、吹奏楽部でクラッシク音楽に造詣の深いヒロからレクチャーも受けている。
 そのせいで、いつの間にか十太もクラシック音楽に詳しくなっていた。
 クラシックジャンルのプレイリストから一曲を、外部スピーカーで流し始める。
 ピアノ曲。高音域を中心とした、爽やかで軽快なメロディ。きらきらと光を反射する水滴のイメージが音に乗って染み入ってくる。
「……ラヴェルの、水の戯れダネ。それがどしたノ?」
「碓氷ヒロのイメージソング。音の感じもだけどさ、タイトルがまさにお前だ。この曲、俺的には、お前のイメージだよ。自由なイメージが、お前に被る」
「……じ、ゆウ」
 華奢な彼が、何か大切なもののように、復唱する。
 実はこの曲は、ヒロが十太を襲ったときにかけていた曲だった。
 彼の中では、十太のイメージということだ。

 ヒロが瀬戸晦に背中を押されたのは事実だろう。
 だけど、それだけではない。
 この気まぐれで気ままな少年が、誰かに指繰られて動くわけがないのだ。
 詰まるところ、崎本透留や柳早弥を殺したのも、間刈晃司を傷つけたのも、十太を斬りつけて来たのも、全てヒロの意思だ。
 そして、徳山愛梨を保護したのも。
 瀬戸晦はプログラムの掻きまわし役としてヒロを選んだ。その晦が、気の触れたクラスメイトを救わそうとするだろうか。

 愛梨がいた洞穴は、ヒロが連れだしてすぐに禁止エリアに設定されている。
 十太にしてみれば、命の恩人として礼の一つでも言ってほしいところだが、彼女は爪を立ててくるだけだ。
 彼女の世話を主にしているヒロの身体には生傷が絶えない。恩を仇を返すとはこのことだが、彼はまったく気にしていないようだ。 
 ヒロと徳山愛梨の間には、過去何もなかったはずだ。
 話したこともほとんどないと言ってた。
 また、彼はそれまで積極的にゲームに乗り、クラスメイトを手にかけてきていた。
 そのヒロが愛梨を助けると言ったときは驚いたが、気まぐれな彼らしいとも感じた。

 やがてヒロが顔を上げ、「ボクは水なんだってヨ、徳山」愛梨に声をかける。
 その声色は優しかった。
「ほんト、感謝しろよナ。ボクたちだから、無事でいられるんダゾ」
 恩を着せるというよりは、自由だと言われた照れくささを誤魔化す感じだ。
 答えを求めている風でもない。
 実際のところ、拾ったのがヒロだから彼女が無事でいられるというのは、事の正鵠ではある。
 これが乱暴な男子生徒だったら、彼女の性は守られなかったに違いない。
 その点、ヒロは紳士的だ。
 何せこの状態なので、身体を拭くなど介護が必要だが、その際も極力彼女の肌を見ないよう気をつけている。世話をしてやってるんだから……などといった下種な考えとは程遠い位置に彼はいるようだ。
 それがまた、澱みない水のイメージに繋がる。

 ヒロは多くのクラスメイトを傷つけ、殺害している。
 彼彼女らの無念を思えば、こんな風に感じてしまうのは間違いだと承知しているのだが、彼の毒はやはり涼やかで、嫌悪感を抱けない。
 ヒロは紅実と交際していた。
 もしかしたら、彼女に誠実でいようとしてくれているのかもしれない。
 それは、紅実と幼馴染である十太にとっては、ありがたい心情でもあった。

 しかしここで、十太は軽く目を伏せる。
 ……ヒロは、気づいているのかな。
 自由だと考えることは、逃げ道を自ら封鎖するということだ。
 誰かに操られてプログラムに乗ったと考えているうちは、言い訳がつく。
 人殺しは自らの意思ではないと、自分を誤魔化すことが出来る。
 だけど、もう言い逃れはできない。
 自由と責任は二つで一組なのだ。 
 これは、十太自身への戒めでもあった。
 ……水嶋望を殺したことに逃げ口を見つけてはいけない。
 しかし、そう考えることで、何かが晴れたような気がした。
 彼女を殺した後、なんでもない風を装いながらも、何かずっと、わだかまりの様なものを感じていた。心の空に張った、もやもやとした灰色の雲。
 いつの間にか、その雲が風に流され、晴れ間が見えている。 
 気まぐれに、時々の気持ちに正直に生き、その決定に言い訳を作らない。それが、水と言うものだろう。

 そしてこれは、西塔紅実が好んだ生き方でもある。
「ジコセキニン」
 小さく呟いてみたら、ちょうどヒロが同じ台詞を吐いたところだった。



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常に刺激を求め、環境や部活を変えていた。碓氷ヒロと組み、水嶋望を殺害。西塔紅実とは遠縁で幼馴染。