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OBR4 −ダンデライオン−  


072 2005年11月17日08時00分


<凪下南美>

 
 Cスポットがある丘を横断する渓流
 上流域で、ゴツゴツとした大きな岩があちこちに見られる。川そのものは幅10メートルほど。両岸は緑に包まれた急斜面で、V字型の渓谷になっていた。
 その河原に凪下南美 はいた。 
 カーゴパンツに、茶色のマウンテンジャケットに身を包んだ中背。インナーもしっかり着込んでいる。
 丸顔、くりくりと動く大きな瞳。
 開始当初は肩までだった髪は伸び、首のあたりで一本にまとめている。髪色はもとは鮮やかな栗色だったが、黒髪にもどしている。

 かじかむ手を丸め息を吹きかけ、渓流に仕掛けていた笹竹をさぶりと引き上げる。小魚やどじょう、エビ類が葉の間から滑り落ち、河原にぴちぴちと跳ねた。
 束ねた笹を水中に漬けておき、それを寝床にした魚類を捕るという単純な漁だが、毎回まずまずの漁果を得られている。
 これは笹浸し漁といい、現在行動を共にしている西塔紅実から教わったものだ。
 紅実は読書家で知られる。
 小説も読むそうだが、実用書の類を中心によく読んでいたため、様々な方面に知識が豊富だった。

 捕れた魚のうち、サイズの大きなものは干して保存食にすることにする。
 平たい石の上に魚を寝かせ、初期物資に入ってた多機能ナイフで内蔵とエラを取り除き、二枚に切り分ける。
 これを綺麗に洗い、塩の錠剤を溶かした塩水に漬けこんで、数時間天日に干せば完成だ。
 手技は、滝口朔から学んだ。
 ナイフはプログラム開始当初は研ぎを意識していなかったため、錆が入っており、切りにくい。

 プログラム前は魚嫌いだったが、今はメインに食さざるをえない。
 南美は小動物を捕るためのワイヤー製のくくり罠を入手しており、何度か仕掛けたのだが、一度も獲物をとらえていない。
 紅実によると、獣道などの知識が必要で、素人には少々難易度が高いらしい。
 彼女も最近、小動物用の罠をCスポットで入手している。こちらは箱檻型でくくり罠よりも熟練を要さないそうだが、それでも成果は上がっていない。
 まぁ、動物性たんぱく質は魚で補える。
 南美は小動物の捕獲は諦めていた。また、兎だの狸だのをさばくときのことを考えると正直気がめいるので、このままでいいとも思っていた。
 しかし、西塔紅実は場所を変え、手順を変え、挑戦し続けていた。
 彼女ならば、そのうち捕獲に成功するかもしれない。


「凪下」
 名を呼ばれる。
 振り返ると、渓谷の緑をバックに西塔紅実 が立っていた。
 厚手のマウンテンジャケットとパンツを着こんだ、すらりとした長身。釣りあがり気味の瞳に、きれいに整えられた細い眉。
 大人びた細面の中、唇だけがぽってりと厚く、中学生ながら艶っぽい雰囲気だ。
 合流してから気が付いたのだが、彼女の印象が少し変わっていた。
 人は人、自分は自分と言うスタンスは変わらないし、大人びた口調も相変わらずだ。だけど、前のような冷たさを感じない。
 人が変わるには、理由があるだろう。
 紅実はプログラムのほとんどを一人で過ごしており、南美たちとの一件以降は大きな事柄はとくになかったようだ。
 変わるような何かがあったとは思えず、不思議だった。
  
 紅実は食用になる山菜を抱えている。彼女はDスポットの初回物資解放でデジカメを所有しており、食べられる山菜やプログラム会場の風景を写真データとして残していた。
 山菜のデータは食料を集めるときに、風景データは探索するときに、それぞれ便利だ。

 二人して、キャンプ地にしている近くの洞穴へと向かう。
 洞穴は少し奥に行くと鍾乳石が垂れ下がっており、なかなかに神秘的な雰囲気だ。
 さらに奥にはかなり広い空間があるようだが、足場が悪く、また奥へ進入するメリットもないため、入口付近しか使っていなかった。
 この丘には洞穴の入り口が散見している。
 そのいくつかは地中で繋がっているのだろう。
 実は、丘の中腹に南美が使っていた逆三角形の入り口をした洞窟があり、そちらのほうが岩肌が渇いており使いやすいが、離れている間に誰かが寝泊まりした形跡がついていたため、警戒して今は近づいていなかった(桐神蓮子が使った跡だった)。

 洞窟に到達すると、紅美が慣れた手つきで火をおこし、小魚やエビ、山菜を煮始める。
 味付けは醤油。
 醤油は南美がBスポットから持ち出してきたものだ。味の濃い現代の食事に慣れている選手たちにはありがたい調味料だった。 

「そう言えば」
 火に薪をくべながら紅美が言う。
「うん?」
「昨日の夜、何があった?」
 視線をたき火に向けたまま、彼女が訊いてきた。
 どきりと脈が上がった。
 たき火を前に二人並んで平たい岩に腰かけている状況なので、正面から彼女の表情を伺えない。つるりとした横顔をまじまじと見つめる。 
 昨夜、丘のふもとで、大木に背中を預け座り込んでいる馬場賢斗を見つけた。
 右腕に傷を負っており、その傷が化膿したのか腕はどす黒く変色し、膨れ上がっていた。南美が発見した時はすでに瀕死の状態で、かなり辛そうにしていた。自然、ひじりたちと共にきのこの毒に苦しんだときのことが思い出された。
 あのときは、西塔紅実がひじりたちに止めを刺してくれた。
 その記憶が鮮烈だったからだろう、南美が開いた口からは「楽にしてやろうか」という台詞が飛び出した。
 賢斗は頷き、南美は銃口を彼に向けた……。
 正直なところを言えば、賢斗を苦しみから解放してやろうという意識はあまりなかった。
 紅美と同じことをし、彼女にもう一段階近づきたかっただけだったのだ。

 賢斗のことはまだ話していなかった。落ち着いて話すタイミングがなかったのもあったが、人を殺したという事実は存外に重く、口を開けなかったのだ。
 誤魔化すすべはないだろう。
 また、話すことで彼女に認められるのではないかという期待もあったので、何があったかを明かすことにした。
 しかし、紅美は「そ、か」としか返してこなかった。
 顔はやはりたき火に向いたままだ。いささか期待外れだったので、「覚悟」話を続ける。
「覚悟?」
「人を殺すのって、覚悟がいるね。怖かった」
 怖かったけど、やり遂げた。私は、馬場を楽にしてやった。
 言外に語る。
「ジコセキニンだ」
 彼女の台詞を借り、「ねぇ。西塔も、怖かった? ひじりや……文菜を殺したとき、怖かった? 覚悟が要った?」尋ねた。

 ひじりを殺したとき、彼女も躊躇したのだろうか。
 人を殺す重圧を、覚悟で振り切ったのだろうか。
 そう思い、訊いた。
「覚悟……か」
 なぜだか、懐かしむように紅実は言う。
 次いで訪れる沈黙。
 これ以上は返してくれないようだ。


 少しの間の後、紅実が顔を起こし、何気なく周囲をぐるりと見渡した。
 その動きがふと、止まる。
 一拍の後、「覚悟は要ったよ。人を殺したことなんて、もちろん無かったしね。……自己責任。この言葉で、私は私を奮い立たせ、麻山たちを殺したんだ」内心を吐露してきた。そのあと、西塔紅実は皮肉げに笑い、「だけど……もっと」続けた。
「もっと?」
 訊いたが、彼女は軽く目を伏せて返してきた。
 言い過ぎた、という顔をしている。
 そもそも、始めは言い出すつもりもなかったようだ。それなのに、なぜ内心を話してくれたのだろう。

 さらに気になることもあった。
 ……もっと? ひじりたちを殺した時よりも、もっと?
 麻山ひじりたちを殺した時よりももっと覚悟が要る事柄があったということだろうか。
「まぁ、何にせよ、私が覚悟して決めたことだ。自己責任。だから、これから先何があろうと、あんたが気に病む必要はない」
 謎かけのような台詞だった。
 彼女の手がそっと動き、上着のポケットに入る。
「え、どういう……」
 ことなの? と続けようとしたとき、 南美の真横、緑に包まれた藪ががさりと揺れ、何か黒い塊が飛び出してきた。
 同時、紅実にぐいと引き寄せられ、倒される。ばんと、くぐもった音が続いた。
「なっ」
 仰け反るようにして地面に倒れ、腰を強かに打ちつける。

 目を白黒させていると、隣で誰かのうめき声がした。
「いったい、何が」
 頭を振り視界をはっきりさせる。
 まず、目に入ってきたのは鮮やかな赤だった。赤い、飛沫。腰かけていた岩や、付近の枝葉に、先ほどまではなかった赤い液体が付着している。
 たき火とは違う、何かが焦げたような匂いがした。
 次いで、「畜生っ、邪魔しやがって!」口汚い罵りが聞こえたところで、ばっと起き上がった。
 目の前に立っていたのは、塩澤さくら だった。
 手には大ぶりのサバイバルナイフ。刃が赤く濡れている。
「いったい……」
 同じ台詞を繰り返す。
 これが契機になったのか、さくらがサバイバルナイフを振り上げてきた。さらにもう一度、ばんっと音がした。
 見やると、西塔紅実が中腰の大勢でM360Dを構えていた。
 彼女が発砲したのだと分かった。命中はしなかったが、さくらは気圧された様子だ。
 
 そして、南美に遅い事実認識が訪れた。
「西塔!」
 恐怖とともに、その名を呼ぶ。 



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凪下南美
開始早々に仲間ときのこの毒にあたるが、一人生き残る。その後朔たちからサバイバル術を学び、Bスポットから一人出て行った。崖から落ちかけている塩澤さくらを見捨てた。