<馬場賢斗>
会場中央部の平地、苔むした大木に背を預け、馬場賢斗は座り込んでいた。
朦朧とする思考、Cスポットがあるという丘を目指していたはずだが、自分が今どこにいるかもわからない。
地図はあったが、コンパスを忘れてBスポットを出てしまったので、方位が読めなかった。
深夜。空の大部分を厚い雲に覆われ、星や月の導きはほとんどないが、遮蔽物がないので遠くまで見通せた。
なだらかな傾斜の向こうに、山が黒いシルエットでそびえている。
小柄で華奢な体躯。
茶色地のブレザーに、グレーのズボン、学校指定のカーディガンという制服姿だ。
防寒は無いに等しい。
せめてもと、バスタオルをマントのようにしているが、暖にはなっていなかった。
二日前、怒りにまかせて桐神蓮子を襲ったが返り討ちにあい、右の肘を撃たれてしまった。
未熟な知識に沿って、肩のあたりにタオルをきつく縛り止血したのだが、はずすタイミングが分からず、そのままになっている。
右手は腫れあがり、黒く変色していた。感覚はいつのころからか、ない。
悪寒が止まらない。体温計など所持していないので、正確な値はわからないが、かなりの熱発もしているようだ。
体がだるく、吐き気もする。やたらとのどが渇いた。
賢斗は蓮子とは違い適切な処置が行えなかったので、右手は壊死してしまい、細菌感染が全身に回った結果、敗血症を起こしていた。
また、無傷の左手も、指先が黒ずみはじめていた。
痺れるような疼くような感覚。ぴりぴりとした痛みも感じる。
知識のない賢斗には右手が痺れる理由が分からなかったし、すでに理由を考えるような考察力も残っていなかったが、凍傷を起こしかけている状態だ。
意図せず首が傾ぎ、そのままどうと地面に横倒しになる。
身体をくの字に曲げ、「あああっ」声を上げた。
苦しくて苦しくて、堪らない。
……どうして、こんなことに、なった、んだろう。
切れ切れの思考。切れ切れの呼吸。
ほんの数日前まで、Bスポットで教主のように振舞っていた。
それが、今はこんな姿だ。
分からなかった。
分かるのは、桐神蓮子に捨てられたという事実だけだ。
「れ、ん……こ」
彼女の名前を呼ぶ。
と、なにか冷たいものが頬に触れた。白いものが舞っている。
「雪だ」
近くから、誰かが呟く声が聞こえた。
懐中電灯の明かりをあてられる。
見やると、凪下南美が傍に立っていた。きゅっと唇を結び、厳しい顔をしている。
マウンテンジャケットを羽織り、厚手の手袋を身につけ、しっかりと防寒している。
背負うディバックには生活物資が入っているのだろう。
しんしんと空から降りてくる白。
地面に落ちた雪は溶けず、溜まっていく一方だ。
「馬場か。苦しいのか?」
可憐な容貌にそぐわないしっかりとした話し口で、南美が言う。
彼女も一時Bスポットのメンバーだった。プログラム開始早々にきのこの毒にあたり、苦しんだらしい。Bスポットに来てからも伏せっていた。
しかし、体調が回復してしばらくして、自ら出て行ってしまっていた。
どうしてこんな快適な場所から出ていくのだろうと、そのときは不思議に思ったものだが……。
たったいま、その理由がわかったような気がした。
……僕みたく、ならないようにするためだ。
居住性と食糧に特化したBスポットの環境に甘んじた者と、甘んじなかった者の差が、今の状況差だ。危機感の有無の差とも言える。
賢斗が、中崎祐子らと一緒に死ななかったのは、どうしても死ぬ勇気が持てなかったからだ。彼女らのように毒を口にすることができなかった。
外に出ればなんとかなるんじゃないか、そんな期待もあった。
だけど、実際はそう甘くはなく、今の状態だ。
現実は厳しい。
閉鎖前に出て行った凪下南美や滝口朔たちは、そのことをよく知っていた。
閉鎖後に服毒死した祐子らも、きっと知っていた。だからこそ、死を選択したのだろう。
……知らなかったのは、僕だけだ。
そして、現実を生き抜くだけの知識も装備もない。壊死してしまった右腕を見やり、賢斗は息をつく。
おとなしい質のこと、ひけらかしはしなかったが、学力はひそかな自慢だった。
プログラムでもそう、Bスポットにおいて学力は最強の武器となった。
だけど、そこから放りだされてしまえば、この通りだ。蓄えた学力は何の役にも立ちはしない。
「楽にしてやろうか?」
南美に訊かれ、一瞬の迷いもなく、頷く。
かすむ視線の先、彼女が拳銃を握っているのが見えた。
やがて銃口が火を噴き、教主は呆気ない死を遂げた。
−馬場賢斗死亡 10/28−
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