<桐神蓮子>
洞窟の苔むした岩肌に手をやり、蓮子は忌々しげに舌を打った。古代人よろしく、洞窟の入り口付近にキャンプを張り、焚き火もしていたのだが、すでに火は消えていた。
野外生活に慣れていない蓮子のこと、やはり長く火がもたせられなかった。
もう一度火をおこそうとするが、焚き火を作れるような枝木が手元になかった。
「集めなきゃなのか……」
げんなりしていると、空腹を感じた。
火は諦め、ディパックからチョコバーを取り出し、噛り付く。
ペットボトルの水を口に含んだところで、その冷たさに顔をしかめる。暖かいスープが飲みたかった。
強い疲労も感じる。
二時間ほどしか眠れていない。あまりの寒さに眠気は吹き飛んだが、身体が休息を欲していることが良く分かる。
「ヒーター! ベッド! 温かい食事!」
とりあえず今欲しいものを口に出す。
Bスポットから出てまだ半日ほどしか経っていないが、こんな生活耐えられないと、天を仰いだ。
そろりと足を進め、洞窟から出る。
あたりはくぬぎや杉などが密集した雑木林になっている。注意深く伺ったが、人の気配はなかった。
中にいるときよりもさらに寒さを感じ、胴震いが出た。
昨日降った雪はすぐにやんだが、この分だと近いうちに積雪があるかもしれない。
振り返ると、逆三角形の形をした洞窟の入り口が見えた。
この洞窟は誰かがキャンプとして使っていたこともあったようで、焚き火の跡があり、蓮子はそれを使わせてもらっていた。
自分でいちから組み木をするのは難しかっただろう。
……焚き火の跡は凪下南美のものだったが、蓮子にはもちろん知る由はなかった。
中へ戻り寝袋に包まりたかったが、頭を振り意を決した。
懐中電灯の光を頼り、丘の頂、Cスポットを目指す。
もう少ししたら、Cスポット周辺の禁止エリアが解除される。
そのために、タイマーを仕掛けていたのだ。
食料に偏ったBスポットに長くいた蓮子は生活物資をあまり所持していない。誰よりも早くに到着し、物資を独り占めしたいと考えていた。
Cスポットには一度立ち寄ったことがあるので、場所は分かっている。
そのときに、Bスポットに仕掛けた盗聴器を獲得したのだ。
手首の傷が痛み、顔をしかめる。
滝口朔に応急処置はしてもらったが、痛いものは痛い。
朔とは、普段の学校では本読み同士、図書館でよく遭遇はしていたが、あまり話したことはなかった。その強面の容貌から冷淡な性格かと思っていたので、まさか彼に救われるとは思っても見なかった。
朔は蓮子が敗血症にかかることを懸念してた。
彼に指示された通り、汚れた包帯をほどき、初期物資に入っていた消毒液をかける。
その後、清潔な包帯で巻きなおした。
手先は器用なはずだが、苦労した。
こういう作業自体に慣れていないせいだろう。
感染症対策として抗生剤が欲しいところだが、応急セットには市販の総合感冒薬程度しか入っておらず、その後の物資開放でも入手できていない。
それは様々なスポットを回っている朔も同じことのようだった。
彼が薬の所持を伏せていた可能性もあるが、それなら始めから救おうとしないだろう。
朔や瀬戸晦が兵士であったと知ったときは驚いたものだ。しかし、今となっては、怒りやわだかまりのようなものは感じない。
中村大河の気持ちは、分からなくもない。
朔の話では、中村大河は怒りを彼にぶつけてきたそうだ。
二人はもともと親しくしていた。裏切られたという思いもひとしおだろう。
ただ、蓮子は違った。
プログラムは政府のものだ。
兵士はただの手駒に過ぎない。兵士は与えられた任務を……それも、相当に危険な任務をこなしているだけだ。
実際、朔たちに特別待遇はなく、生存条件も一般生徒と等しく掛けられているそうだ。
ならば、自分たちと立場に大差はない。
そう思えるのは、蓮子の冷めた性格ゆえというところもあるが、プログラムを通して彼と接触したことが関係しているのだろう。
命を救ってもらった恩もある。
朔には、借りを受けたままでは居心地が悪いので、『謝礼』として携帯食料をいくらか渡しておいた。
量としては、それほどではない。
助けてもらったのはありがたいし恩も感じるが、だからといって所持物資を必要以上に削る蓮子ではなかった。
*
Cスポットに到着した。
雑木林の中、テニスコートほどの広場がぽっかりと口をあけている。その一角にある岩壁を背にする形で設営されていた。
四角い箱を格子状に重ねた構成。駅ロッカーのように見える。
幸い誰もまだ来ていないようだ。
かじかむ手に息を吹きかけながら、次々と扉を開け箱の中身を確かめる。
やがて、一つの箱を開き、蓮子はごくりと唾を飲み込んだ。
「あった……」
果たして、物資が内蔵されていた。
他にも残っていないか淡い期待も持っていたのだが、どうやら新しく開放されたこの箱の中身しかないようだ。
Cスポットは『バランス型』とのことだった。
一度の物資量は少ないが、食料、衣類、生活物資、武器が毎回バランスよく開放される。
前のほうに入れてあった物資……携帯食料や石鹸などの消耗品を順に取り出す。
覚悟していた以上に、量が少なかった。
衣類は肌着程度で、今回、防寒具はないようだ。抗生剤も入っていなかった。
スポットは吹き曝しの状態なので、林の中に居た頃よりも冷気を強く感じる。
ぶるると身体を震わせ、「これは……無理だ」強かな彼女らしからぬ言葉を口にする。
この三カ月もにわたるプログラムは、まだやっと折り返しに来たところだ。これからもっともっと寒さは厳しくなる。Bスポットに長くいた蓮子には、それに耐える装備も経験もなかった。
やがて、その瞳が見開かれる。
ロッカーの奥に、とある物を見つけたのだ。
それが何であるかはすぐに分かった。
付属の説明書を読む。蓮子が最後にロッカーから取り出した物。それは、ドイツ製MP5KPDW、銃身を短く切ってコンパクトにし秘匿携帯に特化させたサブマシンガンだった。
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