<滝口朔>
夕刻、鎖島は夕日の赤に包まれている。
朔が進むのは、Bスポット近くの林道だ。海辺なので、潮の香りが強くする。
もみじやイチョウの色づいた葉が、未舗装の地面に落ちている。枯れ枝が目立ってきており、秋の終わりを感じさせられた。
足取りは重い。振り返ると、海に面した小高い丘の上に、ログハウス風の建物が見えた。
先ほど、中崎祐子ら三人の死を見届けた。
その衝撃は予期していた以上で、全身の力が抜けたようになっている。
彼らに何がおきたかは、物資開放終了の知らせの載った用紙等から、大よそ検討はついていた。
中崎祐子が死に際に『ありがとう』と言ってくれた理由は、落ち着いた今、なんとなくだがわかる。
また彼女とはCスポットで落ち合う約束をしていた。
彼女とは何かしら通じ合っていた。彼女には希望があった。そんな風に考えるのは、おこがましいことだろうか。
Bスポットには、他のメンバー、桐神蓮子や馬場賢斗、瀬戸晦、矢崎ひろ美の姿はなかった。ひろ美は結局何らかの理由で命を落としたようだが……。
祐子には、ひろ美たちのように逃げ出す選択肢もあったはずなのだ。
逃げ出す先に、希望があったはずなのだ。
その希望を打ち砕いたのは、なんだったのだろう。
林道はくねくねと曲がりくねっている。
いま朔が進む道は、コの字型のカーブを経て並走する形になっていた。その先、道と道を挟む雑木林の先、木々の間に、瀬戸晦の横顔が見えた。同じ林道を進んでいたようだ。
中背の華奢な体躯、眼鏡をかけた柔和な顔。
マウンテンジャケットの首元からパーカーのフードが覗く。
晦は同じ任務を受けた兵士仲間だ。
プログラム開始当初、Aスポットで撮影している彼の背に迷いや苦悩を見た。
そのときは彼の善良さに苛立ちを覚え、迷いから危険な状況に陥っても自分には関係ないことだと突き放して考えたものだ。
しかし、今となっては彼と本音を語り合いたかった。
首輪に仕掛けられた盗聴器の心配はあるが、互いに優秀な兵士、読唇術には長けており、声に出さなくても話すことは出来る。
彼の名を呼ぼうとしたところで、何事か晦が話した。
距離があり、その内容は聞こえない。
ややあって、木の陰から、桐神蓮子が姿を現す。
どきりと心拍が跳ねた。
慎重に近づき、道を挟む木々の陰に身を隠す。
「瀬戸……」
蓮子は驚いたような顔をしていた。
待ち合わせていたわけではなく、晦が気づき、声をかけたのだろう。
彼女は制服の上から白いコートを羽織っていた。
銀縁めがねの奥の、一重の切れ長の瞳。能面を思わせるつるりとした細面は、白く透けるようだ。長く艶のある黒髪を、首筋の辺りで髪留めでまとめている。
彼女が左手をコートのポケットに入れようとしたところで、「両手を挙げてください。動けば撃ちます」晦の鋭い指示が飛んだ。
晦の手にはM360D。
銃口がしっかりと彼女を捉えていた。
蓮子も銃を持っているはずだ。ポケットの中に入っているであろう銃を警戒したに違いない。
「……ホントは、そんな話し方なんだ」
指示に従い、両手を挙げた蓮子が眉をあげる。
もともと晦は丁寧な話し方をするが、普段の学校では一般生徒にあわせ砕けた口調にしていた。蓮子は、彼の話し振りの変化に驚いているのだろう。
しかし、彼女の口角が上がり、冷ややかな笑みが浮かぶ。
「瀬戸や滝口が兵士なのは分かってんだ」
これに、晦もまた眉を上げて返した。
朔も驚いていた。どこでばれたのか。
ここで、華奢な彼が何かに気がついたような表情をした。
「盗聴、器ですか。どうして他のメンバーの会話があなたに筒抜けなんだろうとは、思っていたんですが……なるほど」
「Cスポットの物資の中にあったのを、メインホールなんかに仕掛けてた。まぁ、矢崎なんかがチクってくれてた情報もあったけどね」
首輪を介するものではなく、設置式のようだ。
Bスポットにいたとき、エントランスホールで晦と任務について話したことがあった。周囲に人気がないのを確認しての会話だったが、あのときも読唇術を使うべきだったと後悔する。
「あんたが兵士なのは分かってる。で、私が訊きたいのは……なんで、瀬戸は私に協力してくれるか、ってこと」
蓮子の台詞の意図が分からず、戸惑う。
「最初はね、なんかやりやすいなって思ってたの。それで、よくよく考えてみたら、瀬戸が手伝ってくれてたことに気づいた。私が持って行きたい方向へアシストしてくれてた」
少しの間の後、晦が軽く肩をすくめる。
「ちょっと、あからさますぎましたかね」
それは、彼女の推察を事実として認めると言うことだ。
蓮子の計略を止めようとしたら、晦に『プログラムをありのままに記録すべきだ』と説かれたことがある。 Bスポットを出る少し前のことだ。
返す言葉で、Dスポットが海に沈む直前に晦が三上真太郎らに警告していたこととの差異を訊くと、彼は自然に任せるべきだったと言っていた。
あのとき、存外に彼が任務に忠実であることに驚くとともに、非情な観察者になりきれない姿を好ましく思ったものだ。
……どういうことだ?
胸がどきどきと鳴っていた。目の前の景色がぐるぐると回って見える。
「さ、理由を聞かせてくれない?」
蓮子が訊く。
凛とした立ち振る舞い。
宗教かぶれの両親に苦労させられているせいか、中学三年生にしては少し大人びた風情だが、蓮子はごく普通の生徒だった。
その彼女がどうして権力を得ようとしたのか、その心理も気になるが、今は瀬戸晦だ。
彼女の問いは朔の問いでもあった。
雑木林の中、先ほどよりも長い間が流れた。
やがて、瀬戸晦はふっと息を吐くと、「まぁ、あなたのおかげでスムーズに進みましたからね。答えましょうか」穏やかな口調で言った。
その話し振りや態度、表情は、朔のよく知っている晦と変わらない。
なのに、まるで別人のようにも見える。
「Bスポットは、僕の企画なんですよ」
さらりと言う。
「企画?」
桐神蓮子が眉をひそめる。
「立地、建物の内装、開放物資の内容、物資獲得条件、周辺に配置する生徒。全部、僕が案を出しました。ちなみに、あなたはBスポットのキャストではなかったんですけどね。宗教で苦労されていることは事前調査で把握していましたが、まさかあなた自身で教団のようなものを作ろうとするとは予想してませんでした」
「ただの兵士じゃないってこと?」
続く、質問。
「いえ、ただの兵士ですよ。ちなみに、兵士も実験対象なので、僕の首輪にもあなた方同様に爆弾が内蔵されていますし、物資面での優遇措置もありません」
晦はそれ以上は話そうとしなかったので、分からない部分もあったが、だいたいのところは読めた。
どういった経緯かは不明だが、Bスポットの環境は彼が立案したということか。
戸惑いを通り越し、呆然としてしまった。
「私は、あんたの手の平の上だったってこと?」
「いえ、違います。僕はあなたの行動を一切誘導していません。あなたは、あなたの意思でBスポットの状況を幸いと利用しただけですよ。……あなたの人を操る手管は、素晴らしかった。僕がBスポットの動きにあまり介入すると、正確なデータが採れませんからね。あなたの存在はありがたかった」
晦の物言いからは、敬意すら感じられた。
予期していなかった展開に、どきどきと胸が鳴った。
「ただ、あなたがアシストと感じたのならば、きっとそうだったんでしょう。記録だけの存在であるべきだったんですが……まだまだ未熟です」
ありのままの記録をすべきだと言う、朔が受けた台詞は本心だったということだろうか。
……では、どうしてDスポットのときは、彼らを救おうとしたのだろう。
考えていると、「あなたはDスポットでも同じようなことをしたのではないですか? 三上真太郎たちの立て篭もりはあなたのアイデアでしょう。結局彼らを海に沈めたようですが」晦がDスポットの話を持ち出した。
蓮子がちっと舌を打つ。
苦々しい表情から、晦の推察が明答だと知れる。
Dスポットが土砂に流され海に沈む様を、朔や晦は目撃している。その直前、スポット裏の崖上で爆弾のようなものが爆破され、土砂崩れが誘発されたようだ。
あれは、蓮子の仕業だったのか。
「もしよければ、Dスポットを捨てた理由を教えてくれませんか?」
軽く目を伏せた後、「……あいつら、私の身体を狙ってきた」彼女が答える。
「しかし……」
教主としてプロデュースした馬場賢斗とは関係を持ったではないか。
朔も持った疑問は、次の彼女の台詞で解消した。
「あいつらと寝ても優位には立てそうになかったからね。安売りはごめんだ」
掌握できる相手にだけ女の武器を使う。彼女なりのプライドが感じられた。
普段の学校でもそうだったが、蓮子からは荒れた空気は感じない。両親の宗教被れに苦労しながらも、生活が乱れなかったのは、高い自意識ゆえだろう。
「馬場賢斗に情はなかったのですか?」
これに、蓮子は不遜な笑みを返した。
「あるわけ、ないじゃない」
「なるほど……」
感服したように、晦が頷く。
これに気をよくしたのか、「あいつは女に慣れてなかったし、単純だったからね。コントロールしやすかった」さらに賢斗を見下げる。
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