<中崎祐子>
「ったく、冗談じゃない」
毒を吐きつつ、矢崎ひろ美はあぜ道を進んでいた。稲田は打ち捨てられてから相当の年月が経っているらしく、草木が伸び、すっかり荒れ果てている。
制服の上から学校指定のカーディガンを羽織っただけの格好。
両手で自身の身体を抱き、身震いをする。
障害物のない吹きさらしで、寒くてたまらなかった。
やがて、紅葉に包まれた小高い丘が見えてきた。
あの丘の上に、Cスポットがあるのだという。
Bスポットから出てきて数時間、やっと目的地が見えてきた。
Bスポットと外界とを遮断していた木壁の扉は開け放してきた。危険な生徒に侵入されるかもしれないが、他人の安全など知ったことではなかった。
もともと、Bスポットのメンバーのことは斜めに見てきた。
大勢に呑まれるには、彼女の精神はすれ過ぎていた。
彼らの宗教じみた振る舞いにあわせていたのも、単に物資が欲しかったからだ。
だからだろう、Bスポット崩壊のショックからもいち早く立ち直ることができ、こうして逃げ出している。
それに扉が開いていようが閉まっていようが、あの様子ではみな自殺してしまいそうだ。
「冗談じゃ、ない」
もう一度繰り返す。
茶色く染色した長い髪に、顎先のとがった細面。
普段の学校では大人しくしていたが、外ではそれなりに遊んでいた。
これからも怠惰に、面白おかしく生きていく。
……そのためには、生き延びなくてはいけない。
顔をしかめる。
自殺の選択肢はひろ美にはない。だからと言って、積極的にクラスメイトを殺す気にもなれない。
そうこうしている内に、丘の裾野に到着した。
頂に伸びる道を探そうと、周辺を探っていたところで、木の陰から飛び出した誰かと正面衝突した。
「うわっ」
弾き飛ばされ、雑草が茂った地面にしりもちをつく。
「あに、すんだよっ」
罵声を飛ばしたところで、その相手が中村大河だと気づいた。
ほっと息をつく。
彼なら安全だ。
明るく健全な中学生。普段は馬鹿にしていた彼を言い表すフレーズが、ありがたく感じる。
いつも一緒に居た滝口朔の姿は見えない。
はぐれたのだろうか?
強面で無愛想な朔は信頼ならなかった。彼が居ないのは好都合だ。
大河はマウンテンジャケットに厚手のナイロンパンツという姿。背負っているディバッグには様々な物資が詰まっているようだし、簡易寝袋も所持している。
ごくりとつばを落とす。
これは、新たな寄生先になるのではないだろうか。
純粋でウブな大河のことだ、色仕掛けも効果覿面だろう。
倒れた拍子に乱れたスカートのすそに手を置く。
「ね、中村……」
さっそく始めようとしたところで、息苦しさに襲われた。
気づけば、中村大河の両手がひろ美の首に掛かっている。
「ぐ……」
最初は何の冗談かと思った。
しかし、大河と目と目が合い、状況を理解した。
彼から表情がそぎ落とされている。また、鳶色の丸い目が淀んでいた。
頬はこけ、肌は黒ずんでいる。
すっかり様変わりしてしまった大河。その変化が内面にも侵食していることが、瞳の色から知れた。
そこに疑問は感じなかった。
一週間。彼らがBスポットから出て行って一週間。それだけあれば、人が変わるには十分だ。
純粋とは程遠い質のひろ美らしい思考。
また、大人しく殺されるひろ美ではない。
両手の爪を立て、がりがりと大河の手を掻く。
そして、両足を一度折りたたみ、勢いを付けて彼の腹を蹴り上げた。
「がっ」
前のめりになり、うめき声を上げる大河。締め付けていた手が外れた。
大河は銃を持っているはずだ。
構える時間を与えてはならない。
間髪いれず、地面に落ちていた石を拾い、殴りかかる。横殴りにこめかみの辺りを殴打すると、大河の身体が傾いだ。彼の額から血が飛び散り、ひろ美の顔にも掛かる。
殴った反動で、手がじんじんと痺れた。
夜遊び、繁華街の常連ではあったが、暴力沙汰とは無縁だった。
人を殴った経験、傷つけた経験もなかった。
血の赤が瞳に焼きつき、手が震える。
「チクショウッ」
人を殺したくはないし、恐ろしくてたまらないが、これは正当防衛だ。
やらなければ、やられる。
……なら、やるしかないっ。
馬乗りになり、第二撃を与えようとしたところで、今度は大河に蹴り飛ばされた。
木の幹に背を強かに打ち付けた。
一瞬、息が出来なくなる。目の前が暗くなった。
頭を振り、視界と意識をはっきりさせたところで、大河が両手に石を抱えているのが見えた。石というよりは岩と言う表現が正しいのかもしれないと思えるサイズだった。
「あああっ」
大河の悲鳴にも似た叫び。割れた額から血が飛まつする。
同時、ひろ美の頭上めがけ、彼の両腕が振り下ろされた。
防衛本能が、ひろ美の目を瞑らせ、顔を背けさせる。しかし、それだけだった。
−矢崎ひろ美死亡 14/28−
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