OBR4 −ダンデライオン−  


064 2005年11月14日17時00分


<中崎祐子>


「千代里……」
 ホールの隅で呆然としている河合千代里に近づき、「滝口くんがいるの」囁いた。
「え?」
 細面をあげる。
「さっき、スポットの前に滝口くんが来てて。Cスポットで会おうって約束してるの。だから……」
 千代里が目を見張る。
 希望を得たのだろうか、顔色が少し戻った。
 『逃げればいい』滝口朔からもらった言葉が脳裏に浮かぶ。『いよいよヤバいなと思ったら、逃げればいい』……今がきっとそのときだ。
 どきどきと胸が鳴った。
 朔の言葉が暗闇を灯す明かりとなる。 

 と、「……はめられた、ね」後方から瀬戸晦の声がした。
 振り返ると、ホールの入り口に彼が立っていた。
 華奢な中背。眼鏡の奥の柔らかな瞳は、変わらない。
「作為、だ」
 彼にしては断定的な台詞。
「作為……」
 AスポットとDスポットの設営環境に作為を感じると、彼と朔が話していたことを思い出し、はっと息を呑む。
 そして、続く動作で、深く息を吐いた。 
 ホールを見渡すと、仲間たちが放心状態で座り込んでいた。今日という日、この状態のために仕組まれた作為。

 Bスポットは居住と食料に特化したスポットだ。それは極端なほどで、食料以外の物資開放はないに等しかった。
 住むことは出来る。口を糊することも出来る。
 だけど、それだけだ。
 一度スポットを追い出されれば、丸裸なのだ。
 偏った物資、季節、禁止エリア設定のタイミング。全てが謀られていたと感じた。
 Bスポットでの快適な生活は罠でしかなかったのだ。
 晦は『はめられた』というフレーズをつかった。計略にかけてきていたのは……政府だ。
「僕たちは試されている」
「え?」
「鈴木弦が『俺たちは試されている』って言ってたんだって。これも、試しだったんだろう……ね」
 与えられた環境に疑問を抱けるか。
 外の世界に対応する力を蓄えることが出来るか。

「ああ……」
 だからか。
 だから、凪下南美は出て行ったのか。
 今になって彼女の行動に得心が行く。
 彼女は、滝口朔や中村大河からサバイバル術を学んでいた。また、分担の仕事を替わり、保存の利く食料を集めていた。
 Bスポットの恵まれた環境に疑問を抱き、外の世界に対応する力と物資を手に入れ、出て行ったのだ。

「私たちは、試されている」
 与えられた言葉を自分の言葉で置き換える。
 そして、凪下南美の取った選択がこの試しの正答だったのだと知れた。
 問題を解くことで物資が得られるBスポットのシステム。みなそのシステムにばかり気が回り、それを中心に、生活や関係が成り立ってしまった。
 だけど、もっと大きな問題が最初から提示されていたのだ。
 しかし今になって分かっても、もう遅い。



 最初の説明のとき、各スポットには特徴があると宇佐木教官は言っていた。
 だから、恵まれた住環境もただの特徴だと考えてしまった。
 開放物資に関しては、Aスポットは生活物資、Dスポットは武器に特化しているそうだ。
 だから、Bスポットは食料に特化しているのだと単純に捉えてしまった。
 最初の説明と、伝え聞く他のスポットの特徴が、祐子たちに幻を見せていた。その幻により、思考が止められていたのだと、今になって知れる。

「薪小屋の木材も気になってたんだ。えらく沢山あるなって……。立て篭もらせるためだったんだろうね」
 それも作為だったかと息を吐く。
 立て篭もればさらに外の世界に目が向かなくなる。
 砂上の楼閣。そんなフレーズが頭をよぎる。丘の上の要塞は、実のところ砂の上でしかなかった。千代里に推察を話すと、彼女の顔から希望の色が押し潰されるように消え去った。
 祐子にも訪れる、どす黒いなにかに圧迫されているような感覚。
 息が詰まった。

「……もしかしたら」
 ここで、晦が何か思いついたような顔をした。
「ど……したの?」
 声が掠れた。
「このプログラムは、島にランダムに配置されるところから始まるだろ。……滝口くん、中村くんとスタート位置がほとんど一緒だったんだって。で、それからずっと一緒に動いてたって」
「ああ、そんなこと言ってたね」
 彼らは一時Bスポットに滞在していた。
 それまでどうしていたのか、大体のところは聞いている。 
「僕は、ヒロとスタート位置が近かった。中崎さんも、河合さんと近かったんだろ?」
 それぞれ元々親しかった組み合わせだ。
「うん……。でも、それがどうしたの?」
「これも、きっと作為だったんだ。全員じゃないだろうけど、何人か……何組かは、配置に作為があったんだよ、きっと」
 これは、滝口朔も考えていたことだった(1話)が、もちろん祐子たちにはあずかり知らぬことだった。

 ややあって、「あっ」瀬戸晦が息を呑んだ。
「そうか、そういうことか……」
 一人、得心した顔をする。 
 恐る恐る「瀬戸くん?」訊く。
「馬場賢斗だってそうだ。……馬場くんって、Bスポット近くからスタートしたんだよね」
「……そう、言ってた」
「考えても見てよ、ここの物資開放の条件はテストの8割正答だ。そんなの、うちのクラスじゃ、馬場くんくらいしか無理だ。……いや、この場合、馬場くんの成績なら、8割正答なんて難しくないって言ったほうが正しいのかも」
 晦が言い直す。
「とにかく、馬場くんがBスポット近くに配置されたのが、たまたまだったなんて思えないよ」
「あ……」
 右手で自身の口を覆い、こぼれそうになる悲鳴を抑える。 
 8割正答という高いハードルを越えたゆえの、恵まれた物資。
 Bスポットのみなは、そう考えていた。
 だけど、馬場賢斗の配置を調整することで、選手には知られず、そのハードルを格段に下げることが出来る。
 このような宗教じみた状態までは想定していなかったのだろうが、少なくとも賢斗を中心にした人間関係が形成され、そこに何かしらのものが燻る(くすぶる)と予測されていたのだろう。

 考えてみれば、Bスポットがこれまで一度も禁止エリアに選ばれていないのも不思議な話だ。
 このプログラムの禁止エリア設定は、定期的に切り替えられる。他のスポットはすでに何度か禁止エリアに選ばれているのに、Bスポットだけは無風だった。
 だから、外の世界から目を背けることが出来た。
 これも、今日の日のために仕組まれた作為の一つだったのだ。
 それなのに、誰も疑問に思わずすごしてきた。 

 ……本当に?
 遅れて、思う。
 本当に、誰も疑問に思わなかったんだろうか。
 ……そんなわけがない。
 即座に否定の答えが頭の中に浮かんだ。
 どうして一度も禁止エリアに選ばれないのだろうと、思わなかったはずがない。もし禁止エリアに選ばれたどうしようと、考えなかったわけがない。
 だけど、疑問や不安を、それとして認めるのが怖かったのだ。

 なんて、愚かなんだろう。人は、なんて、愚かなんだろう。

 プログラムは、戦略上必要な実験と称されている。
 実験のために様々な作為が張り巡らされていたとして、なんら不思議ではない。自分たちが実験動物であったことを改めて認識し、祐子は深く肩を落とした。

 河合千代里がわっと泣き出した。
 いつも強気だったはずの彼女が、打ちひしがれて泣いている。その様は酷く哀れを誘った。
 やがて、彼女の震える指先が、テーブルの上に置かれた小瓶に触れる。
「千代里っ」
 声をかけるが、嫌々と首を振って返してきた。この毒物は、苦しむことなく死ねるそうだ。彼女は楽になろうとしている。
「ああ……」
 ここで、最後の得心に至る。
 これが、この心理実験の締めくくりなのだ。

 遠藤健と馬場賢斗も、小瓶を手に取る。吸い寄せられるようにして、祐子も後に続いた。
 頭が重苦しかった。
 もう何も考えたくなかった。
 『逃げろ』滝口朔の言葉がその手を押しとどめようとしてくれる。
 しかし、祐子の首は左に傾ぎ、左目からこぼれた涙が頬を伝う。
「……ごめん」
 小さくつぶやくと、祐子は小瓶に口を付けた。 



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中崎祐子
料理屋の娘で、Bスポットでも調理を担当。朔に親しげに話しかけた。Bスポットの変化に不安を抱く。
瀬戸晦
兵士の一人。肉体派ではないが、分析能力に優れる。